「野球に触れ合って、好きになってほしい」 子どもたちに野球の楽しさを伝える松井秀喜
2012年に現役を引退した松井秀喜。日本球界で10年、メジャーリーグでも10年、合計20年間のプロ野球選手人生にピリオドを打ち、指導者として新たな野球人生を歩んでいる。
ニューヨーク・ヤンキースのGM特別アドバイザーとして、名門球団のチーム作りに関わる一方で、昨春にはNPO法人「松井55ベースボールファウンデーション」を設立。「野球というスポーツ、そして応援して下さったファンの皆様への恩返しの一環として」立ち上げられたこの財団は、「少年少女野球の発展および普及」と「野球を通じての少年少女の健全育成」を理念に掲げて活動している。
昨年は10月にニューヨークでアメリカ人の野球少年を集め、11月にもロサンゼルスで日本人/日系人の少年少女を対象とした野球教室を開催。
今年1月には日本全国各都道府県から抽選で選ばれた46人の小学生を、松井が若い頃に汗を流した読売ジャイアンツ球場(神奈川県川崎市)に招待して指導。5月にはニューヨークのリトルリーガー向けの野球教室を開催した。
9月下旬のサンフランシスコでの野球教室は日本語を話す子どもたちを対象としたもので、リトルリーグで活躍する子から初めて野球に触れるような子までさまざまなレベルの子どもたち約30人が松井から野球の楽しさを教わった。
そして、10月16日には松井が野球に出会った石川県で野球教室を開催する。
「僕の故郷である石川県で野球教室を開催することになりました。自分が生まれ育った街ですから、同じところで育った子どもたちと野球をやるのが楽しみです」
野球教室では「少しでも野球に触れ合って、好きになってくれたらいい。出発点として、情熱が湧いてくれれば嬉しいなと思います」との願いを込めて、最初から最後まで松井自身が子供たちを直接指導する。
ランニングやストレッチから子供に混じって行ない、守備と打撃に関して分かりやすいシンプルなアドバイスを送る。
「好きになって、続けたい、うまくなりたいと思って、少しでも情熱を傾けてくれればいい。少しでもうまくいって楽しいとか、自分ができなかったことをできるようになって嬉しいとか、そういうちょっとしたことを感じてくれたら……。うまくなれば、もっと好きになるでしょうから……。」
初めはキャッチボールもきちんとできなかった子も、松井のアドバイスに耳を傾けた後には様になっている。
打撃では一人ひとりが打席に立って打つ機会が設けられているが、子どもたち全員が松井の投げた球を打つというなんとも贅沢な内容だ。
「達成感を感じてほしい。打てたら嬉しいわけですから、打ってほしいと思いながら投げています」
子どもたち全員が打った後には、松井が打席に立ちフリー打撃を披露。引退後はあまりバットを振っていないらしく、最初はタイミングが合わなかったが、エンジンが掛かってくると4本の柵越えを放って子どもたちから大歓声を浴びた。
最後は子供からの質疑応答とサイン会で3時間弱の野球教室を終えたが、参加した子どもたちは誰もが満面の笑みを浮かべてフィールドを去っていく。
参加した子供の中には現役時代の松井の姿を見たことがない子も少くないはずだが、どの子供も憧れのヒーローを見る目で松井を見つめる。それ以上に熱心だったのは、フェンスの外側から見学していた親たちで、松井の姿を必死にカメラに抑えていた。
「(子どもたちは)僕のことを知らないですよ。親に言われただけでしょ(笑)。ここに来るまでの車の中で、親から散々レクチャーされてきたんですよ(笑)」
子供と直接触れ合った時間は3時間ほどだったが、子どもたちの心に刻まれた思い出は一生のもの。一流選手から野球の楽しさを教えてもらった子たちは野球に興味を示し、すでに野球をやっていた子どもたちはさらに野球が好きになったに違いない。
「基本的なことはもちろん言いますけど、大切なのは練習しないとうまくならない、やってみないとうまくならないよということを感じてほしいです」
ヤンキースのマイナーリーグの選手を指導する一方で、草の根活動的に少年少女への野球啓蒙にも力を入れている松井は、「(引退してからここまで)あっと言う間でした。もう4年経ったんだという感じですね。そういう意味では日々なんだかんだとやっているんでしょうけど、自分のペースでやっています」と指導者として新たな野球人生をエンジョイしている。
'''スマホ版Yahoo! JAPANアプリにて『松井秀喜 独占インタビュー 「導かれるままに、アメリカで」』を好評連載中!'''