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武蔵野市の住民投票条例案、注目される理由と外国籍住民への投票権付与の是非は

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
外国籍の住民に常設型住民投票の投票権を与えるかどうかが焦点となる(提供:toyotoyo/イメージマート)

 東京都武蔵野市で、「武蔵野市住民投票条例」の制定是非が話題となっており、同市だけでなく全国的な注目が集まっています。住民自治の礎となる住民投票において、同条例の案では「3か月以上市内に住む外国籍住民」にも投票権を与えると定めており、この点を中心に賛成派・反対派による論議が巻き起こっています。13日に行われた市議会総務委員会では可決しており、21日の本会議での採決に向けて更なる議論の加速が見込まれますが、この住民投票条例が注目される理由と賛成派・反対派の主張について深掘りしたいと思います。

住民投票条例とは

 我が国における民主主義は、間接民主制である議会制民主主義を採用しています。すなわち、住民は選挙によって首長(市長)や議員を選び、選ばれた議員は議会の構成員として住民の意見を代表する仕組みとなっています。民主主義の効率性の観点から、ほぼすべての国で間接民主制である議会制民主主義が採用されています。

 一方、個別の政策において首長(市長)と議会(議員)が対立することや、選挙時に焦点となっていなかった問題が起きることがあります。そういった際に、直近の民意を反映させる仕組みとして住民投票という制度があります。

 住民投票には、「法律」に定めのあるものと、そうではないものがあります。法律に定めのあるもので有名なものに解職請求(リコール)があります。議会の解散や首長・議員の解職請求(リコール)は、必要な署名を集めた後に住民投票を行わなければなりません。この制度は地方自治法に定められたものであり、住民投票の結果に拘束される(=住民投票の結果、過半数の同意があれば議会解散や議員・首長の解職となる)こととなっています。こういったリコールなどの住民投票は、法律に定められたものですので、全国すべての自治体で同様のルールとなっています。

 今回、武蔵野市で問題となっているのは、こうした法定の住民投票ではなく、地方公共団体が条例で定めるものです。この条例で定める住民投票は、解職請求(リコール)のような法定の問題だけでなく、かなり広範囲にわたって住民投票を通じて住民の意見を聞くことができる仕組み(ただし、結果には拘束されない諮問型」が一般的)となっています。そして、その方法には「非常置型」と「常置型」の2つのパターンがあります。

 非常置型というのは、首長や議員による提案や、住民による直接請求(有権者の50分の1)により、個別の案件ごとに議会の議決を経た上で住民投票条例を制定し、住民投票を実施するというものです。個別の案件ごとに議会で住民投票の必要性を審議するという点において、制度の濫用を防ぐことができるとされていますが、時間がかかることや議会構成に大きく依存してしまい直接民主制たる住民投票への阻害となるのでは、という見方もあります。

 一方常置型というのは、住民投票の対象や範囲、発議や仕組みを定めた条例を予め決めており、一定数の署名など条例に定めた要件を満たした場合には、議会を経ずにいつでも投票が実施できるというものです。短時間で実施でき、議会構成に依存せずに直接民主制が実現できることが利点といえますが、制度の濫用が憂慮されるほか、要件を満たせば住民投票がいつでもできるということでコスト的な問題もあります。また、常置型の住民投票を行う条例を制定する際には、発議の要件(発議に必要な署名数や、投票権を与える年齢や国籍など)をどのように設定するのかが大きな課題となります。

 今回の武蔵野市の場合には、常置型住民投票を実現するための「武蔵野市住民投票条例」において、投票権を「年齢満18年以上の日本国籍を有する者又は定住外国人であって、かつ、武蔵野市に住民票が作成された日から引き続き3月以上武蔵野市の住民基本台帳に記録されている者」(太字、筆者)としていることが、問題の焦点です。

 なお、武蔵野市によれば、常設型住民投票条例を定めている全国78自治体のうち、投票資格者に外国籍住民を含めているのは43自治体(令和2年12月時点)で、このうち外国籍住民の要件を日本国籍の住民と実質的に同じとしているのは神奈川県逗子市と大阪・豊中市の2市のみです。(「武蔵野市住民投票条例(仮称)骨子案」

外国籍住民に投票権を与える賛成派・反対派の主張

賛成派の主張と反対派の主張
賛成派の主張と反対派の主張提供:nozomin/イメージマート

 外国籍の住民に投票権を与えるということは、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。

賛成派の主張

 まず賛成派の主張です。市議会では立憲や共産が賛成の立場を採り、「今や外国籍市民はコミュニティーの一員。受け入れるのにふさわしいかを議論すること自体に違和感がある」と述べた市議がいたことも報道されています。

 推進する立場である市のとりまとめた条例素案では、外国籍住民に投票権を与える理由について、以下のように記載されています。

「多様性を認め合う支え合いのまちづくり」を推進するためには、同じコミュニティの中で共に生活している外国籍の方にも意見を表明していただく必要があります。適法に在留資格が認められ、本市に住民登録のある外国籍の方の投票資格は、日本国籍の方と同様とします。 

(略)

また、他自治体でみられる在留期間等の追加の要件について、本市においては、外国籍住民にのみ在留期間などの要件を設けることには明確な合理性がないと判断し、適法に在留資格を認められ本市に住民登録のある外国籍の人については、日本国籍を有する住民と同じ要件とすることが妥当であると考えます。 ー 武蔵野市住民投票条例(仮称)素案

 また、本条例を推進する立場の松下玲子市長は、「あくまで地域の課題を考えるもので、日本の未来を決めることはおこなわない。住民投票の結果は尊重はするが、市長や議会を拘束もしません」と、同条例による住民投票の結果は非拘束であり、また地域的課題を考えるもので国家的課題を対象とするものではないと説明します。松下市長が「外国人も町の一員であり、住民投票に参画する資格がある」と議会で述べたように、外国籍住民は国民ではないにしろ、地方自治においては紛れもない住民であり、その住民の意見を反映させるのもまた地方自治の姿だというのが賛成派の主張です。

反対派の主張

 一方、反対派の主張についてもみていきましょう。市議会では、自民・公明の会派が「市内に長く暮らす日本人と、住んで3カ月の外国人とを同じレベルで考えるのはナンセンス」「市民の間で理解が進んでいない」と反対の討議を行いました。

 まず、「実質的に外国人参政権が認められる」という憲法違反を問うものです。我が国では外国人参政権は認められていないのは、憲法15条に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定められていることからも明らかです。ただし、憲法の条文は国家公務員について定められたものと解釈されており、地方公務員の選定や罷免については、外国籍住民にも一定の基準により付与することが認められているとされています。ただ、この一定の基準とはいわゆる「永住者」のことを指すのが判例であり、日本に住み続ける意思のある人を指していると反対派は主張します。従って、「引き続き3月以上」では、留学生や短期労働者、さらに旅行者までもが含まれることになり、国民主権の原則や世界各国の先例と大きく異なり、合理性に欠けるというのが反対派の主張です。

 さらに国家安全保障上の観点があります。自民党の保守系国会議員による団体「日本の尊厳と国益を護る会」は、「住民に選ばれた市議による地方議会の存在意義を下げることになりかねず、日本の安全保障に関わる課題が問われた場合には、投票の結果が国政を左右する重大な懸念も存在する」と同条例の制定に反対する声明を発表しました。常置型住民投票は要件さえ満たせば議会を通さずに住民投票を行うことができることから、市政だけでなく国政にも影響を与える内容がテーマになっても住民投票が実施されるという点を危惧しているといえます。

 さらに、住民投票条例への武蔵野市民の反対の署名運動が展開されていることや、コロナ禍にあって条例制定にかかる市民意見交換会が十分に開かれなかったこと、10月に行われた武蔵野市長選挙では、この外国籍住民への投票権付与が焦点とならず、制定過程にかかるプロセスの評価が行われていない問題が存在することも反対派が主張する理由のひとつです。

今後の展開

武蔵野市は人口14万人の中都市だが、吉祥寺や井の頭公園などで全国的な知名度もある
武蔵野市は人口14万人の中都市だが、吉祥寺や井の頭公園などで全国的な知名度もある写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

 13日の武蔵野市議会総務委員会では、委員6名の採決では可否同数となり委員長投票により可決して本会議に送られました。21日の本会議に向けて、賛成派・反対派ともにインターネット上などで論議を呼び起こしているほか、新聞各紙でも信濃毎日新聞が「住民投票条例 国籍で区別する理由ない」との社説、産経新聞が「外国人の住民投票 武蔵野市議会は否決せよ」との社説を発表するなど、賛否両論が更に飛び交うことが想定されます。

 武蔵野市は人口14万あまりの都市ですが、この武蔵野市を発端とする外国人参政権の問題は可否の結果によらず、今後も地方自治の問題として認識され続けることになるでしょう。

 なお、賛成派の主張については、推進する立場の武蔵野市の「骨子案」「素案」が、他自治体の状況などがデータとしてまとめられており、資料として参考になります。また、反対派の主張については、先日の衆議院議員総選挙に武蔵野市を含む東京18区で自民党から立候補し、比例東京ブロックで当選した長島昭久衆院議員のブログ記事「武蔵野市住民投票条例についての一考察」が、法学修士らしく論点を整理の上、条文判例を引用して解説している点においても大変有用です。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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