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兵庫県知事選挙は、本当に「テレビの敗北、SNSの勝利」だったのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
テレビの敗北、SNSの勝利は事実なのか(写真:イメージマート)

斉藤元彦氏が再選した兵庫県知事選挙では、SNSを中心に選挙戦が展開されたことが話題となりました。一方で、選挙戦全体が従来型のメディアであるオールドメディア(新聞、テレビなど)ではなくSNSを中心に展開されたことで、オールドメディアの敗北などと整理して報じる向きもあります。実際のところ、兵庫県知事選挙とは、本当に「テレビの敗北、SNSの勝利」だったのでしょうか。

オールドメディアの縛りとは

「テレビの敗北、SNSの勝利」という論調の根拠は、色々な説が唱えられていますが、概ね「テレビや新聞といったオールドメディアは選挙期間中、メディアとしての様々な制約や縛りがあり、その一方でSNSはそういった制約がないために、投票先を決定するだけの豊富な情報があるとみなされ、その情報の波に乗って斎藤候補が当選した」といったようなものです。

では、そもそも新聞やテレビなどによる選挙報道にどのような縛りがあるのでしょうか。

放送法や公職選挙法のルール

写真:アフロ

選挙期間中の放送や新聞での報道に関して、法律に規定があるのは事実です。例えば放送法では、第4条第2項に「政治的に公平であること」と定められており、政治的な公平性が保たれるように要求されています。また公職選挙法第148条では、新聞が選挙について報道、評論することについて定められています。これらは、報道の自由と政治の自由という両方の憲法上の権利を守るための条項といえます。

一方で、放送法や公職選挙法では、具体的な報道のあり方について細かくルールが決められているわけではありません。例えば、よく目にする選挙報道のうち、以下のようなルールは不文律であったり、あるいは業界の慣習といえます。

届出順の報道と、人気順の報道

選挙が告示されると、多くの場合選挙報道における候補者の読み上げは届出順に報じられます。候補者が大人数の際、テレビや新聞でどの順番に名前が呼ばれるかは、候補者にとっても重要でしょう。一番最初に名前が呼ばれた方が注目されるのは、最高裁国民審査の投票用紙における順番の決定がくじによるものになっているように、明らかです。意図的に順序を早くした、遅くしたと言われないように、届出順で報道されるのが一般的です。

一方で、ある程度選挙の情勢が見えてくると、情勢順であったり、あるいは他の順で報道されることもあります。必ずしも届出順がルールというわけではなく、候補者を一覧にする場合など、情報を網羅的に報道をする場合は届出順でなされることがほとんどですが、情勢報道などでは情勢にフォーカスする以上、届出順ではないこともあります。

それぞれの候補者の尺や紙面のサイズ

新聞の選挙報道は、紙面の取り扱いなどに注意が払われている
新聞の選挙報道は、紙面の取り扱いなどに注意が払われている写真:イメージマート

それぞれの候補者を同じだけの時間や面積で報じているかという枠の問題もあります。新聞であれば紙面のサイズであったり、テレビであれば番組の尺の問題と言われますが、候補者を構成上で平等に捉えるのであれば、本来同じだけの紙面や尺を用意すべきです。実際、候補者を一覧表示するときには特定の候補者だけの名前を大きくしたり、目立たせるような事はほとんど見受けられません。

一方、取材をした結果、特筆して取り上げることができない候補者がいる場合もあります。具体的な選挙運動がみえない、取材に非協力的であるなど理由はそれぞれですが、情勢を伝えることに主眼を置けば、候補者の取扱に差が出ることは致し方ありません。

選挙報道における根本的な問題点

ここまで述べてきたように、特定の選挙を報道する際に、候補者情報やアンケート結果など「データ」として報道される場合の多くは、公正平等な報道がなされる傾向にあります。一方で、選挙報道そのものが完全に平等であることを法律は求めていませんし、実際に現在の報道シーンでも完全に平等ではなく各社の判断で運用されています。

そもそも公職選挙法第148条では、「新聞紙又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。」と定められており、選挙報道の自由を説いています。たまたま選挙報道の結果、特定の候補を利する結果になったとしても、それが直ちに公職選挙法違反にならないことからも、明らかです。

むしろ課題なのは、選挙期間中に新たに発生した事象について取り上げるとバランスが崩れる、あるいは特定候補の支援(やネガキャン)と捉えかねない、ということといえます。

例えば選挙期間中に特定の候補者に都合の良い情報や不都合な情報が明らかになったとして、その候補者にとってプラス(マイナス)になると考えられれば、大手メディアでは取り上げにくいのが実情です。この特性を理解して、NHKから国民を守る党の立花孝志氏は選挙期間中に斎藤元知事に関する新たな情報として様々な情報を立候補者の立場から発信し、メディアをジャックしました。

これらの情報が(正しい情報か誤っている情報かは別として)SNS上で話題になっても、既存メディアでは上記の理由から取り上げられないことで、既存メディアとSNSとの情報が乖離していきます。さらに、既存メディアが沈黙した話題についてSNS側が情報の流通を支配することで、結果的にSNSで流れている情報が正しい、既存メディアは間違っているという論調が生まれやすく、選挙そのものも支配したといえます。

既存メディアが新たなSNS時代に適応していない

写真:アフロ

ここまで述べてきたのは、今回の兵庫県知事選挙で指摘されていた既存メディアによる報道の問題は、必ずしも公職選挙法や放送法の問題ではないということです。選挙期間中に特定の候補を報道しにくくなったり、あるいは特定の候補を取り上げるような報道がしにくいと言うのは確かに実情としてありますが、一方で「(特定の候補を報道しなかったり、あるいは取り上げて)はならない」という法律ではありません。

あくまで選挙報道に携わる報道機関そのものが選挙に対して敏感になってしまった結果、このような報道姿勢になっているというのが背景にあるといえます。放送法や公職選挙法によって報道に制限があるというのはむしろ誤りで、「メディアの自主規制」によるものといえますし、もっと言えば「メディアの自主規制」を平等性という題目のもと、大SNS時代の到来にあたっても真剣に見直しをしてこなかった、という観点からは、メディアにも一定の責任と課題があると言えます。その上で、テレビや新聞が過剰に、選挙報道の公平性を意識した結果、今回のように特定の事象が起きても報道しなくなり、SNSが世論を支配するような現象が起きてしまいました。

選挙が終わり、「選挙報道の公平性を意識した結果、選挙期間中報道できなかった」といった前例踏襲主義による釈明も見受けられますが、実際はあくまでメディア側の設けたルールによることであり、これこそ大SNS時代のなかで、既存メディアがSNSの世論形成のスピードに対抗し、メディアの自主規制を改める前提のもと、どのような報道をしていくべきかを真剣に考える良い機会です。

「高齢者はSNSを見ない」は事実と異なる

そしてまた、この「テレビの敗北、SNSの勝利」という論調のなかには、世代別投票先のグラフを根拠にし、若年層や中年層は斎藤候補に、高齢者層は稲村候補に入れたから、SNSの勝利だという根拠を持ち合わせている人も多くいます。

しかし、実際に世代別投票先のグラフだけで、その帰結になることはありません。年齢層によって投票先が異なる事はグラフからも明らかなのは事実です。一方で、極端に大きく異なると言うよりはグラデーションになっているところがあり、高齢者層でも斎藤候補を支持した人もいます。

私は高齢者層にもSNSを見て、今回投票先を決めた人が一定程度入ると言う見立てをしています。それはどういうことでしょうか。

「テレビで見た」が、実はYouTubeだった...

写真:當舎慎悟/アフロ

例えば「YouTube」というサービスを考えてみましょう。そもそもYouTubeをSNSと捉えるかどうか、意見が分かれると思います。単なる動画サイトと捉えれば、これはSNSではないという意見が多いように思われます。一方で、動画には必ず投稿主がおり、構成や編集といった動画そのものも投稿主の意図に沿ってつくられているという意味ではコンテンツです。今やプロフェッショナルではなくても簡単にショート動画をアップロードできるようになった時代であることを踏まえれば、YouTubeは動画投稿・視聴がメインのSNSであるといえます。コメント欄やライブ配信などにより双方向コミュニケーションが取れることを踏まえれば、なおのことSNSの要素は大きいでしょう。

この選挙が終わった後に様々な方に話を聞くと、例えば「高齢者の方が、『テレビで斎藤さんは悪くないと言っていた』と言っていた」という声を聞きます。先述の通り、選挙期間中に、「テレビで斎藤候補は悪くない」と報じられる可能性は、選挙報道の公平性の観点から、極めて低いでしょう。

実は、この『テレビで斎藤さんは悪くないと言っていた』を、因数分解すると、テレビのリモコンにYouTubeボタンがついていて、テレビのチャンネル切り替えの感覚でYouTubeを開いている可能性があることに気がつきます。従って『(機械としての)テレビで、(YouTubeのとあるコンテンツで)斎藤候補は悪くない』と言っていた、ということに過ぎないこともあるのです。

少なくない数の高齢者層が自覚なくSNSに触れ、ITリテラシーやネットメディアリテラシーを十分に防御策として持ち合わせないまま、普段地上波で放送している番組を見るぐらいの感覚で主張の強い一方的なコンテンツを見てしまった、という可能性もあることがわかるでしょう。

まとめ

これまでの選挙においても、SNSを候補者側の情報発信に役立てることがあっても、有権者側の弁論空間・世論形成のメインストリームになることは多くありませんでした。今まではテレビや新聞などの既存メディアの報道に対してユーザーが意見を述べ、あるいは候補者陣営から一方的な発信がある場であって、SNSそのもので選挙が行われているというよりは、あくまで観客席のような位置付けが主だったともいえます。今回は、SNSが主戦場となって世論が形成されたこともあり、今後は選挙戦の中でそういう世論形成のあり方もあるのだ、という前提のもと既存メディア側が大きく報道姿勢を変えていく必要があるでしょう。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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