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衆院選最大の関心事「103万円の壁」のボールは、なぜグリーンに乗らないのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

自民党・公明党・国民民主党の3党による、所得税の非課税枠問題、いわゆる「年収103万円の壁」に関し、3党は、一旦は2025年から引き上げることで合意したものの、その後の協議は不調となり、打ち切られました。衆院選で多くの支持を集め、直近の世論調査では支持率で野党第一党の座を得た国民民主党による衆院選一丁目一番地の政策でもあった「103万円の壁」問題ですが、なぜ3党協議は不調になったのでしょうか。

補正予算案と引き換えの合意だったはず

先の衆院選で自公は過半数を取ることができず、少数与党に転落しました。今国会で政府与党は野党の協力がなければ予算案を通過させることができないことから、国民民主党や日本維新の会がいわゆるキャスティングボートを握った状態です。

自公が野党を抱き込まなければ法案を通過できないという状況において、与党からすれば野党との妥協点を見つける協議を行うことは当然です。そこでこの臨時国会では、自民・公明にくわえ、比較的与党に近いとされる国民民主党を交えた3党による政策協議が行われていました。

その協議の結果、

・いわゆる「103万円の壁」は、国民民主党の主張する178万円を目指して、来年から引き上げる。

・いわゆる「ガソリンの暫定税率」は廃止する。

の2点で合意がまとまっています。この合意をもとに、国民民主党は衆議院に提出されていた補正予算案に賛成し、補正予算案は自民・公明・国民・維新の賛成により可決されました(参議院でも可決され、成立)。

従って、合意書には書かれていないものの、上記の合意は、国民民主党による補正予算案の賛否に事実上直結していたと言っても過言ではありません。

「178万円を目指して」では不十分か

ところが、いわゆる「103万円の壁」の具体的な協議は暗礁に乗り上げます。来年度の税制に向けて3党で行われていた税制協議は、自民・公明が、現行の壁(103万円)よりも20万円高い、123万円を提案したのに対し、国民民主党は先の合意書の「178万円を目指して」に反しているとして、反発。玉木代表(役職停止中)も、「3党の幹事長間で『178万円を目指す』と合意したのに123万円では話になりません」とポストしました。

自民党内の財政再建派には、国民民主党が178万円の計算根拠は示しても財源を示さないことに反発する声が多く、党税制調査会メンバーからは、国民民主党のスタンスを「財源を示す責任ある議論が必要」と批判する声もありました。

一方で、先の衆院選における国民民主党の獲得票数やその後の支持状況から、「103万円の壁」は先送りできない問題と認識する与党議員も多く、先の合意に基づき、可及的速やかに178万円を実現するべきとの声もあります。

公明党も西田幹事長が「話になるような提案をしないと前に進まない。できるだけ早い時期に新たな提案をしなければならない」と述べるなど、提案の責任は与党側にあると考えています。

1打目からグリーンに乗せるのか

写真:アフロ

国民民主党の古川税調会長はこの税調協議をゴルフに例え、「まだグリーンも全然見えないような距離しか飛んでいない。このままだと日が暮れてボールがグリーンに届く前にゲームセット」と述べた一方、自民党の宮沢税調会長は「グリーンがどこにあるかわからないもんだから、少し交渉ができるようになるグリーンといったものが、どこにあるのか教えてくださいと。『新たな提案がないんであれば、これ以上協議はできません』ということで、お帰りになったと」と述べたとされています。

103万円から178万円には実に75万円の開きがあり、これまでの税制改正を鑑みれば、一気に178万円に引き上げるのは現実的ではないとの感覚が与党にはあります。また、選挙公約として打ち出したのは国民民主党であり、引き上げに対して必要となる財源を一定示すのも国民民主党側の責任であるべきとの考えも根底にあります。178万円の引き上げを段階的に行うことで、今後の国会運営における交渉材料を残しておきたいとの思惑も透けてみえます。さらに来年夏の参院選を見通したとき、いわゆるガソリンの暫定税率を廃止するなど野党側の提案を認めたことを踏まえれば、現時点で野党である国民民主党にこれ以上多くの実績を渡すのは、選挙戦略上危険との考えもあるでしょう。

一方、国民民主党からすれば、「123万円の案」が早々に打ち出されたことは、財源を示さないでも20万円の引き上げが可能であることの反証であり、さらに与党側が財源を充てる形で提案をすれば、さらに引き上げが可能との目算があります。178万円は選挙公約だったことからも、少なくとも178万円が視野に入る具体的な提案が無ければ、国民民主党に投票した有権者や支持者からの支持が広がらないとの考えもあります。逆に、178万円が視野に入る具体的な合意がなされれば、来年夏の参院選で早々に「ガソリンの暫定税率廃止」「103万円の壁の178万円への引き上げ」といった国民民主党の看板政策を実績として打ち出すことができます。

ゴルフに例えれば、パー5の長いホールに向けて、フェアウェイを丁寧に刻んでいきたい自民党・公明党と、とにかくグリーンに向けて最短コースを狙いたい国民民主党といったところでしょう。

衆院選の結果に対する与党の甘え

ここまで与野党協議の思惑を見通してきましたが、筆者はこの協議不調が衆院選の結果に対する与党の認識の甘えだとみています。

先の衆院選で自民公明は少数与党に転落しましたが、与野党協議はまるで多数与党のときと同じスタンスで行われているようにもみえます。確かに国民民主党は衆院選で議席を伸ばしたものの、野党第一党ではなく、また数は増えても初当選議員の割合が多いことから、与野党協議とはいえ、協議体制や情報量に差があるのは致し方ないことです。

しかしながら、現在の与党は少数与党です。過去にガソリンのトリガー条項に関する議論で、国民民主党が3党協議から離脱をしたように、特定の予算案や法案を成立させるための交渉材料として国民民主党の掲げる政策を与党が飲むふりをするような茶番はもう通用しません。それどころか、国民民主党からすれば、一度煮え湯を飲まされた経験があることからも、こういったスタンスの協議には強い不信感を持つことは明らかです。このことは、ガソリンのトリガー条項に関する議論の流れから離党し、現在は日本維新の会の共同代表となった前原誠司氏が、国民民主党による103万円の壁の協議離脱について「全面的に国民民主党を支持」と表現したことにも現れています。仮に国民民主党や日本維新の会から本予算成立に向けての賛同が得られなければ国会運営において与党は窮地に立たされるという感覚が、まだ不十分なようにも感じます。

自民党内でも積極財政派と財政再建派の対立があり、この「103万円の壁」は、まさにこの対立の火種にもなる政策です。自民党内の不和にも繋がるのではと、党内では不安視する声もありますが、政策本位の政治を実現するためには派閥力学を自ら排除した自民党らしい徹底した財政議論が期待されているはずです。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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