Yahoo!ニュース

学校じゃないからできる教育を届けたい。/お茶屋8代目 田中洋介さん

唐澤頼充地域編集者・ライター
キッチンカーでオリジナル日本茶ドリンクを売る田中洋介さん。(筆者撮影)

新潟県長岡市与板地域。大河ドラマでも取り上げられた戦国時代の武将・直江兼続が城主を務めた与板城の城下として、また信濃川河川交通の要衝として商工業が栄えた歴史ある地域です。

そんな与板の商店街にある江戸時代の1824(文政7)年創業の老舗茶屋「田中清助商店」。8代目として活躍する田中洋介さんは、「不易流行」の理念で家業や、地域に新しい風を吹かせる存在です。

システムエンジニアからお茶屋に転身

田中さんは、大学進学を機に上京し、卒業後も東京でシステムエンジニアとして9年働きました。子どもが生まれたのをきっかけに、仕事中心のライフスタイルではなく、家庭やプライベートも充実させた暮らしがしたいと2014年に地元へUターンしました。

「Uターンしたからには、地域のために何かしたい。職場と自宅の往復だけでなく、それ以外のコミュニティをつくりたいと、市民活動や地域活動に関わろうと思っていました。」と、地元与板の伝統的な祭りから、長岡市役所が呼びかけた若者による地域おこし活動「ながおか若者会議」などに積極的に参加しました。

その中で、多くの若い経営者と出会ったことが契機となり、家業を継ぐことを決意。事業継承の難しさに直面しながらも、もともとの卸メインの販売スタイルだけでなく、オリジナル商品開発、キッチンカーでのドリンク販売、蔵をリノベーションした日本茶カフェの開店など新たな事業にも挑戦しています。

自宅の蔵をリフォームして2022年にオープンした日本茶蔵カフェ(筆者撮影)
自宅の蔵をリフォームして2022年にオープンした日本茶蔵カフェ(筆者撮影)

子どもたちに地域の良さを実感してほしい

そんな田中さんが、いま仕事以外で力を入れているのが次世代への教育です。

「“与板には何もない”と言う大人も多く、自分もその一人でもありました。けれど、Uターンしてきたことで、自然や伝統、商店街があって歩き回れる環境、地域の顔が見える関係性がある与板の良さを再認識しました。

その魅力が当たり前すぎて気づきにくい。だからこそ、子どものうちから地域の良さを知って、与板を好きになってもらうことが大切だと考えています。」

そんな想いから、学校の総合学習の授業を積極的に引き受け、地域の歴史や祭り、仕事の話を伝えたり、260年以上続く「与板十五夜まつり」のお囃子を子どもたちに教える「おはやし練習会」を企画したり、大学と連携してまち歩きマップをつくるなど、次世代を担う若者に向けた活動を積極的に行ってきました。

長岡造形大学と連携して作成したまち歩きマップ。総合学習にも活用している。(筆者撮影)
長岡造形大学と連携して作成したまち歩きマップ。総合学習にも活用している。(筆者撮影)

自分で「稼ぐ力」を持っていれば、将来の選択肢が広がる

2023年には子どもたちに「お金」についての知識を身に付けてほしいと、地域の教育活動として「子商塾」を始めました。

「今の子どもたちの多くは、お金を稼ぐとなると、就職して給与をもらう方法しか思いつきません。自分もそうでした。

けれど家業を継いで初めて『自ら仕入れ、付加価値をつけて販売し利益を得る』という経験をしました。そこで『稼ぐ力』の大切さに気付きました。」

「稼ぐ力」を持っていれば、就職だけでなく起業という選択肢も手に入れることができるし、勤め人としても役立つことが多いと実感した田中さんは、子どもたちに商いの視点と経済的な知識を身に付けてもらえる体験をしたいと考えるようになりました。

子商塾で販売された子どもたち開発のオリジナルドリンク。(筆者撮影)
子商塾で販売された子どもたち開発のオリジナルドリンク。(筆者撮影)

その想いを形にしたのが「子商塾」です。1年目は2つの地域イベントに出店を計画し、それぞれに向けてオリジナルドリンクを考案。試作や、仕入れ、原価管理に値付け、さらには広報PRもすべて子どもたちで行いました。

学校じゃないから、先生じゃないからこそ担える教育

実は、何度か学校の総合学習や文化祭の中で、商品を売って稼ぐ経験を生徒にさせたいと働きかけたことがあったという田中さん。

しかし、学校の授業内では生徒への利益還元は難しいなどの制約も多く「自分たちに還元されなければ、私的には商いではありません。お金を儲ける喜びを体験できなければ、本当の学びにならないと感じました。」といいます。

だったら、小さくとも学校の外で活動をすることにしたのです。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

商いの本質を知ってほしいという狙い通り、子どもたちもお金を稼ぐ仕組みを身をもって学びました。最初のイベントでは「安い方が喜んでもらえる」と考えていた子どもたちでしたが、それでは自分たちがもらえるお金が少なかった。そこで2回目のイベントでは思い切って値上げしてみたところ、手元に残るお金も増えたのです。

「価格を上げることでいかに楽になるか身をもって知ってもらったと思います。子商塾に参加してお金を稼ぐことの大変さを知った長女は、安易にお小遣いを求めることがなくなりました(笑)

子商塾で稼いだお金は自由に使ってよいお金として子どもたちに渡しています。親から何もしなくてももらえるお小遣いと違って、自分で苦労して稼ぐことでお金の価値についてもわかってもらえたように思います。」

地域を長期的な目線で見たとき、20年後30年後を支えるのは子どもたちの世代。その子どもたちのために、教育の担い手となるのは学校や先生だけではありません。田中さんのように地域で商売する人だからこそ、実践的で、自立心を育むような学びを提供できる。そうした教育の担い手が地域にたくさんいることも、地域の魅力につながっています。

地域編集者・ライター

1985年生まれ。新潟を拠点に企業や行政のPR、移住、観光、ものづくり、農業など幅広い分野で取材・編集物制作、イベント企画等を行う。2014年より長岡市のながおか市民協働センターを運営するNPO法人にて、まちづくり・ソーシャルセクターの支援活動も実施。現在、新潟市西蒲区福井地区に住み、古民家保存や農業コミュニティの運営を担うプレイヤーとしても活動中。活動テーマは「生活世界の豊かさを育む」。土筆舎の名称で「農ある日常を届ける。まきどき村の生活誌 TANEMAKI 」を編集・刊行。米作り6年生。目指すは半農半筆。

唐澤頼充の最近の記事