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ATACMSではロシア軍のミサイル攻撃を抑止できない理由

JSF軍事/生き物ライター
Google地図より筆者が作成。カスピ海からカリブル巡航ミサイル射程2000km

 開戦から半年が経過したロシア-ウクライナ戦争では、ロシア軍によって既に3000発以上の弾道ミサイルや巡航ミサイルがウクライナ領土に撃ち込まれています。これに対抗するために西側は防空システムのウクライナ供与を決定、現在「NASAMS」「IRIS-T SLM」「ASPIDE」などの操作訓練が行われています。

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 一方で「攻撃の抑止には発射拠点への攻撃が有効だ」だと唱え、ウクライナに敵基地攻撃能力として射程の長いミサイルを与えるべきだという意見が一部にあります。しかしこれは非現実的な考え方で、仮にATACMS短距離弾道ミサイル(射程300km)などを供与してもロシア軍のミサイル攻撃を抑止することは全くできません。その理由について説明します。

ウクライナを攻撃するロシア軍の主なミサイル

  • 艦船発射巡航ミサイル・・・3M-14カリブル
  • 地上発射弾道ミサイル・・・イスカンデル
  • 空中発射巡航ミサイル・・・Kh-101、Kh-555、Kh-22/Kh-32

艦船発射巡航ミサイルはカスピ海からでもウクライナに届く

 カリブル巡航ミサイルによるウクライナへの攻撃は黒海から行われています。ロシア海軍黒海艦隊のクリミア半島の拠点セヴァストポリはウクライナ支配領域からATACMSの射程300km圏内ですが、艦隊が直ぐ後方の本土側の黒海第二拠点ノヴォロシスクに移ればATACMSの射程圏外になります。

 またカリブル巡航ミサイルは射程2000km以上あり、過去にカスピ海からシリアのIS拠点を攻撃した実績があります。すると同様の距離にあるウクライナもカスピ海から攻撃可能で、更にはバルト海からでも攻撃可能です。そして逆にカスピ海やバルト海のロシア艦隊拠点をウクライナから攻撃するには射程1000km以上の兵器が必要になります。射程300kmのATACMSでは全く届きません。

 なお艦船発射巡航ミサイルの発射を阻止するために艦隊根拠地の敵母港を叩くという考え方は、港に戻ってミサイルを再装填するのを防ぐ目的なので、既に洋上に展開済みの敵艦隊から発射される開戦第一撃のミサイル攻撃は阻止できません。

 また仮定の話をしますが、カリブル巡航ミサイルの地上発射型があれば、ミサイル阻止を目的として艦隊根拠地を叩くという発想そのものが無効化されます。そしてINF条約が消滅する発端となった地上発射中距離巡航ミサイル「9M729 (SSC-8)」こそが、そのカリブル巡航ミサイルの地上発射型なのではないかと推測する向きがあります。

短距離弾道ミサイルは移動発射機であり発射拠点が存在しない

 イスカンデル短距離弾道ミサイルは車載移動式であり、はっきりした発射拠点というものが存在しません。整備や補給の拠点は細かく分散が可能で特定は難しく、隠れながら逃げ回る移動発射機の位置を掴むことは困難で、攻撃以前に索敵の段階で成立しないでしょう。

 イスカンデルはロシア領内やベラルーシ領内に展開してウクライナを攻撃しているので、移動発射機を索敵する場合は敵本領の奥深くに偵察機や無人機を送り込まなければならず、強力な防空網を制圧できていない状態で実行は不可能です。もし仮にウクライナ側にロシア本領の奥深くまで戦闘機を排除し防空網を潰しながら地上を索敵できる余裕があるなら、既に戦争に勝っている筈です。

 仮にそれができたとしても、奇跡的に発見できたとしても、短時間で発射準備が整う固体燃料式のイスカンデルを発射前に撃破することは、時間的余裕があまりにも少なく非現実的です。

 またイスカンデルの射程は500km(700km説もある)なので、ATACMS(射程300km)では届きません。しかし仮に同等の射程の弾道ミサイルをウクライナに供与したとしても、索敵が成立しないイスカンデルの撃破は不可能に近いのです。

空中発射巡航ミサイルの発射母機は幾らでも後方から発進可能

 Kh-101巡航ミサイルの発射母機はTu-95長距離爆撃機なので、発進拠点をいくらでも後方に下げられます。すると発進拠点を攻撃するミサイルはICBMが必要になります。

 現在のウクライナ攻撃でのロシア長距離爆撃機の発進拠点はキーウから1100km東にあるエンゲリス航空基地です。ウクライナ支配領域からエンゲリスを直接打撃するには射程700kmのミサイルが必要ですが、しかし仮にそのような攻撃方法をウクライナ軍に与えたとしても、足の長い長距離爆撃機はもっと遠くの航空基地に避難してしまうでしょう。

 「攻撃の抑止には発射拠点への攻撃が有効だ」という考え方を長距離爆撃機の発進拠点に適用する場合、極論を言えば極東アムール州にあるウクラインカ航空基地を攻撃する必要があります。それを実行するにはウクライナ軍に射程6000kmのICBMを供与しなければなりませんが、あまりにも非現実的です。ましてや射程300kmのATACMSでは全く話になりません。

戦術航空基地への敵基地攻撃能力での打撃例

 つまりそもそも「攻撃の抑止には発射拠点への攻撃が有効だ」という考え方自体が、通常弾頭のミサイル同士で想定するのであれば間違いなのです。ただし長距離爆撃機ではない戦闘機の発進拠点ならば距離は近いので攻撃を行うことは現実的に可能であり、意味は出て来ます。

 実際に開戦翌日の2月25日にウクライナ軍は短距離弾道ミサイル「トーチカU」を用いてロシア領内ロストフ州ミルレロヴォ航空基地を打撃して1~2機の戦闘機を撃破する戦果を上げています。また8月9日にクリミア半島のサキ海軍航空基地を何らかの方法で攻撃して(攻撃方法が公表されておらずはっきりしない)、少なくとも9機のロシア戦闘機が破壊されるなど大きな戦果が上がっています。

 敵基地攻撃能力ではロシア軍のミサイル攻撃を抑止できませんが、目標が戦闘機ならば発進拠点の飛行場を叩いて行動を抑止することは可能だと言えるでしょう。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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