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新型コロナウイルス「米軍持ち込み」説、中国が打ち消しを急ぐ理由

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
崔天凱駐米大使の発言内容を伝える中国外務省の公式ホームページ

 新型コロナウイルスの「米軍持ち込み説」を唱えた中国外務省の趙立堅副報道局長のツイートについて、中国当局が火消しに回っている。中国高官が立場表明をする場合、政府内で事前に内容が固められているのが通例であり、ツイッターとはいえ個人的見解を語るのは認められない。中国当局としては趙氏のツイートという形式で「アドバルーン」を上げて国際世論の反応を見極め、形勢不利とみてその打ち消しを図った可能性がある。

◇感染源にはさまざまな憶測

 趙氏は外務省報道官の新顔で、2月24日に初めての定例記者会見に臨んでいる。

 新型コロナウイルスを巡っては3月上旬、米国でトランプ大統領が「中国ウイルス」、ポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」の呼称を使い、オブライエン大統領補佐官も中国が初期対応の段階で情報を隠蔽して世界の対応が遅れたと述べるなど、中国批判を強めていた。

 趙氏はこれらに反論する形で3月12日、中国語と英語で「ゼロ号患者(初めて感染した患者/病原体を初めて外部から持ち込んだ患者)はいつ米国で発生したのか? 何人が感染? 病院名は? おそらく米軍が疫病を武漢に持ち込んだのだろう」などと書いたうえで、透明性を高めて説明責任を果たすよう米国側に求めた。だが「米軍による持ち込み」の根拠は示さなかった。

問題視された趙立堅・外務省副報道局長のツイート
問題視された趙立堅・外務省副報道局長のツイート

 そもそも新型コロナウイルスの感染源を巡っては、当初からさまざまな憶測が飛び交っていた。「武漢で昨年10月開かれた軍人によるスポーツの国際競技大会で米国側の参加者が感染症を発症した」「武漢にある中国科学院武漢ウイルス研究所が開発した生物兵器」「いや米軍の生物兵器だ」

 こうした憶測について、中国の崔天凱駐米大使は2月9日の段階で米メディアのインタビューに「ばかげている」と一蹴、感染源について「まだわからない。初期の研究結果ではなんらかの動物ということだが、もっと知る必要がある」と答えていた。この30日以上もあとに、趙氏の発言が打ち上げられたことになる。

2月9日、米メディアのインタビューに答える中国の崔天凱駐米大使
2月9日、米メディアのインタビューに答える中国の崔天凱駐米大使

 趙氏発言は外務省の定例記者会見でのものではない。投稿翌日の記者会見で耿爽副報道局長は、趙氏発言の意図や、政府の公式見解であるかどうかについて明言を避けた。

 ツイッターでの発言とはいえ、事前に外務省での検閲を受けて発信されているのは間違いない。したがって、中国側が「趙氏の個人的見解」という形で国際世論の反応を探ったとみるのが自然だろう。そもそも中国国内ではツイッターへの接続は認められておらず、外交官や党・政府系メディアは例外的に使用が認められて対外発信を続けている。したがって趙氏発言は国内向けには発信していない形となる。

◇米中が趙氏発言めぐり応酬

 趙氏発言を受け、米国務省は3月13日、即座に崔大使を呼んで抗議した。米国防総省のファラー報道官もツイッターで「国同士が協力すべき時に、共産党は事実と異なるばかげた陰謀論を広めている」と批判した。

 これに対し、中国側も耿氏が16日の記者会見で、米側の反発を「理不尽」と批判。「米国の高官や議員が、中国を攻撃して貶める発言をしていることに対し、その場で逆に(抗議を)申し入れた」と主張した。

 対立はさらに続く。

 ポンペオ長官は同じ日、中国外交担当トップの楊潔チ・共産党政治局員と電話会談した際、趙氏発言を念頭に「偽情報や奇妙なうわさを広める時ではなく、すべての国が共通の脅威と戦うべき時だ」と強調。一方の楊氏は「中国の利益を損なう行為は、必ずや中国の断固たる反撃を受けるだろう」と警告し、対立は先鋭化していた。

 その後、新型コロナウイルスの感染は世界中に拡大し、米国も自国内での対応に追われる。中国側は趙氏発言の収拾を図るように、外務省が3月23日、テレビ番組「アクシオス・オン・HBO」に崔大使が出演(3月17日)した際の発言を公式ホームページで公表した。当該部分を抜粋すると次のようになる。

 ――ウイルスの出所が米国実験室という陰謀論を広めているのは、あなたがた中国外務省の報道官である趙氏だ。彼は証拠を持っているのか。

「彼に聞いてみてほしい」

 ――あなたは彼に聞いてみたか? あなたは大使だ。

「私が代表するのは中国国家元首であり中国政府である。特定の個人ではない」

 ――彼は報道官だけれども、我々は彼の言葉が中国政府を代表していると考えるべきではない。

「他の人の発言についてあなたが自由に解釈を進めても構わない。だが私はその責任を負えない」

 崔大使は断定的な口調は避けつつ、事態の鎮静化に努めたようだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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