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日時特定、聞き取りの困難…… 性虐待の被害当事者と司法の距離

小川たまかライター
(写真:アフロ)

【注意】記事内に性虐待に関する具体的な記述があります。

●性虐待判決に「たった6年?」の声

 8月末、15歳の娘が小学校6年生の頃から継続的に性虐待を行っていた実父に、懲役6年6カ月の判決が下された(長崎地裁)。

 このニュースが報道されると、ネット上には「たった6年?」「懲役があまりにも軽い」といった声があふれた。

 9月には、10代の孫娘に対する強制性交や強制わいせつの罪に問われた男に、懲役7年6カ月の判決が言い渡された(大津地裁)。

 これを報じた記事がYahoo!ニュースに流れると、被告に対する過激な非難が多かったためか、すぐに「違反コメントが基準値超え」でコメント欄が自動閉鎖となった。

 性犯罪の中でも特に実親・養親などの家族からの性虐待被害については、厳しい処罰を求める声が大きい。世の中の処罰感情と量刑が見合っていないケースが多く、ネット上の声はこの点への言及が多くなりがちだ。

 一方で、性暴力の被害者支援に携わる弁護士からは、こんな声が聞かれる。

「むしろ1件で求刑通り6年6カ月の判決は、よく出たなという印象」

 長崎地裁で判決が下された事件の場合、判決の中で継続的な性虐待が行われたことは認められているものの、検察が起訴したのは父親がスマホで録画していたことから日時が特定できた1件のみ。

 監護者性交等罪(※)の刑罰は5年以上20年以下の有期懲役だが、1件で10年以上の求刑が行われることはまずない。現場を知る実務家の意見としては、これはまだ「マシなほう」なのだ。

 さらに言えば、量刑が見合っていないどころか、起訴に至らない性虐待事案は少なくない。背景には、被害児童が性虐待を具体的に開示する難しさ、その聞き取りの難しさ、あるいは司法の性被害への無理解がある。

(※)監護者性交等罪…2017年の刑法改正で新たに創設。それまでは実親・養親などの監護者からの性暴力であっても、被害児童が13歳以上の場合は明確に「暴行・脅迫」があった場合しか強姦罪にはならなかった。これにより保護されるのは13歳以上18歳未満の児童。監護者わいせつ罪も同様。

●繰り返される性虐待、日時特定の困難

 性虐待の事件化における難しさの一つは日時の特定にある。起訴するためには犯行が行われた日時を特定する必要があるが、繰り返される性虐待の場合、被害者がその日時や回数、その日にあった被害内容を正確に覚えていられないことが多い。

 「新学期が始まる頃だった」「夏服を着ていた」といった断片的な記憶や、被害者のつけていた日記、友人へのメールなどから被害日時が推定されることもあるが、困難も多い。

 最近では、加害者が犯行時に動画などを撮影していることが多く、冒頭で紹介した2つの事件はどちらもこの“証拠”から日時が特定されている。逆に言えば、動画や画像が残っていなければ立件が叶わない事件もある。

 2019年3月に4件相次いだことで話題になった性犯罪無罪判決のうち、2件は実父から娘への性虐待だった。どちらも高裁で逆転の有罪判決となったが、日常的に家庭の中で繰り返される性虐待の立証の難しさを示していた。

強制性交等罪の時効(10年)が短すぎることなど、当事者・支援者は現在の性犯罪刑法の不備を訴え続けている(2021年3月・筆者撮影)
強制性交等罪の時効(10年)が短すぎることなど、当事者・支援者は現在の性犯罪刑法の不備を訴え続けている(2021年3月・筆者撮影)

●裁判で軽視された被害者の日記

 2021年3月には、横浜地裁川崎支部で性虐待事件の無罪判決があった(令和3年3月15日・横浜地裁川崎支部判決)。これは、2010年2月当時17歳だった女性が母親と内縁関係にあった男から強姦されたと訴えた事件だ。

 判決では、女性が長期間にわたり性虐待を受けていたことや、それによって重い精神障害を負ったことが認められている。被害は2008年から約2年間続いていたが、女性が初めて警察に事情説明を行った2019年10月の時点で時効(※)を迎えているものが多く、時効と日時特定の壁をクリアできたのが2010年2月の強姦1件だった。

(※)時効…性犯罪の時効は強姦罪10年/強制わいせつ罪7年。2017年の刑法改正で強姦罪が強制性交等罪に変更されたが、時効は同じく10年。

 被害者が事件当日の日記に記していた「痛くて痛くて仕方がない。私何されたの。血が止まらない。生理ではない。このまま止まらないの?いっそとまらず死にたい」という記載から検察はこの日に強姦の事実があったと特定した。それまでも指を挿入される被害はあったが、性器の挿入はこの日が初めてだったと女性は記憶していた。

 しかし判決では、日常的に性的虐待を受けていた被害者が、この日に姦淫されておらずとも「死にたい」という感情を抱くことはあり得ると判断された。また、被害者が医師に当時の被害を開示した際のカルテに「血が出た」「泣くほどお腹が痛くて苦しかった」などの記載はあるが性器挿入については話していないため、性器以外の挿入で出血した可能性があるとも判断された。

 たとえばこの日に行われたのが指を性器に挿入する行為(強制わいせつ)だったとすれば時効を迎えているのであり、どちらの行為かは重要なポイントだったのだ。

 判決要旨には次のような記載がある。被害者が同じく被害に遭っていた妹に向けて送ったメールの中に「(被告人を)社会的に抹殺したい」と書いていたことについて触れている(なお、妹の被害は事件化されていない)。

被害者が被告人から受けた性的虐待は、重い内容である上長期間にわたっていたのであって、その苦痛も筆舌に尽くし難いことは明らかであり、現に被害者には重い精神障害が生じており、それは被告人の性的虐待を原因とすると考えられるから、被害者が被告人を社会的に抹殺したいと考えたのは至極当然の感情である。

そのような思いを抱いた被害者が被害申告をした際に姦淫以外の方法による虐待については時効が成立している旨の知識を得ていたとすれば、意識的にのみならず無意識的にも姦淫の事実を強く求めることとなる懸念が生ずるのであり、供述に誤りが混入する危険は高まるというべきである。(判決要旨より引用/改行は筆者による)

 つまり、この日にあったのは強制わいせつ被害であったところを、時効成立を恐れた被害者が「意識的にのみならず無意識的にも姦淫の事実を強く求め」たことにより、強姦被害だと訴えた可能性があると裁判官は推測している。

 判決は当時の日記から読み取れる動揺を過小評価し、その後の処罰感情による錯誤の可能性を重んじている。推定無罪の原則があるとはいえ、同じような性虐待被害に苦しむ被害者を絶望させるような判決だと感じる。

 ※なお、男はこの行為の少なくとも2時間ほど前に勤務先の工事現場を退場した記録があり、このことからこの日に「被告人が同工事現場にいた可能性も高いと言うべき」と判断されているが、工事現場には現場監督が週に1、2回訪れる以外は被告人1人での作業であり、また現場におらずとも携帯電話機から記録を残せるシステムであったことは判決要旨にも明記されている。

●「先週、麺類を食べた日を思い出せますか?」

 今月(2022年9月)、東京有明医療大学で行われた「日本フォレンジック看護学会 第9回学術集会」のテーマは「性被害の訴えに応えられる社会へ」だった。

 この中では、児童の性被害の聞き取りに苦慮する専門家らの声が聞かれた。

 被害者を支援する弁護士は、反復継続する性虐待の日時を被害者が覚えていることの難しさについて「先週、麺類を食べた日を思い出せますか?それと同じこと」と説明。

 性虐待に詳しい医師は、以前は児童相談所・警察・検察がそれぞれ行っていた聞き取りを、2015年10月からは3機関の代表者1名が行う「協同面接」の運用が始まったことに触れた。「協同面接」は被害者の負担を減らすための措置とされているものの「協同面接をするかどうかを決めるための聞き取りがなされたり、協同面接後に警察・検察が複数回の事情聴取を行うなど、聞き取りの繰り返しが続いている」と指摘。

 「子どもは同じ質問を何度も聞かれると、前の答えが間違っていたと解釈してしまう。信用してもらうために、なんとかわかってもらうためにどうしたらいいかを考え、話を変えてしまう。大人を欺こうとしているわけではないが、その心理を知らない人は子どもが嘘をついていると判断してしまう」と語った。

2019年3月の性犯罪無罪判決をきっかけに始まったフラワーデモは2022年現在も各地で続いている(筆者撮影)
2019年3月の性犯罪無罪判決をきっかけに始まったフラワーデモは2022年現在も各地で続いている(筆者撮影)

●「自ら被害申告するのが自然」?

 児童の証言が曖昧で一貫性がないと判断されて無罪判決となった事件は、たとえば昨年にもある(令和3年3月22日・大津地裁判決)。この判決では、被害児童が学校で担任教師に実父からの被害を開示した際に、性被害の申告はしたものの、「より深刻な性的被害というべき」被害について話さなかったことや、被害があったとされる後も自分から父親の膝に乗ったり、父親からの入浴介助を受けていたこと、被害直後に遅刻せず登校したことなどが「不自然」な点として挙げられている。

 判決要旨には「(被害児童が)性的被害によって限界まで追い詰められていたのであれば,まず性的被害について訴えるのが自然であり,そうでなくとも,他にも何かあるかと水を向けられるまでもなく,自ら被害申告するのが自然であるが,」といった文章もあり、これらは性虐待の被害者支援にあたる関係者らを失望させた。

 性暴力の被害者心理を踏まえないどころか、極端なステレオタイプを持ち出してそれを「自然」とする内容だったからだ。この判決は検察が控訴せず、確定している。

 有罪率99%と言われる日本の司法においては、1件の無罪判決が、その後の起訴・不起訴の判断に影響を与えてしまう状況がある。ただでさえ被害申告率の低い性暴力に不起訴が重なることの無力感に支援者らは直面する。

●判決にたどりつくまでの距離

 裁判で被告人が否認をすれば、被害者は初めての被害開示からその後の聞き取りによるカルテ記録まで齟齬がないかどうかを細かく確認される。個人的な感想で言えば、まるで重箱の隅をつつくかのように、被害児童の証言やそれまでの言動がジャッジされる。被告人席に立たされていたのは被害者だったかのようにさえ感じられる判決もある。

 裁判で検察側の証拠となるのは、警察、検察、児相による司法面接で聞き取られた証言である。ただし被害児童からの最初の被害開示を受けるのは、学校教師や医師、看護師、ワンストップ支援センター(※)の職員であることも多く、その場合、警察や検察に行く前に記憶を汚染(※)しないための中立・客観的な短時間での聞き取りが必要だ。

 フォレンジック看護学会でもこの点が何度も確認された。一方、聞き取りにこれほど高度な専門性が求められる点が世間に広く理解されているとは言い難い。 

(※)ワンストップ支援センター…47都道府県に最低1箇所ずつ設けられている、性暴力被害者のための包括的支援を行う場。全国共通ダイヤルは「#8891(早くワンストップ)」。

(※)記憶の汚染…聞き取りによる記憶の混同。経験を言語化する機能が大人に比べて発達していない子どもは大人の聞き方によって答えを誘導されやすく、また他人の言葉を自分の記憶と混同しやすいと指摘されている。

 性暴力の被害当事者や支援に携わる専門家の話を聞くたびに、性暴力被害者が司法に訴えようとすることは「闘いの場」に立つことを余儀なくされるのと同じだと感じる。

 15歳の娘に性虐待を繰り返した実父が懲役6年6カ月とは、被害者への影響を考えれば、罪に対して刑期があまりにも短く感じられる。インターネット上の声はもっともだ。

 だからこそ、現状での性虐待の事件化の難しさが知られ、当事者や支援者への理解が深まってほしい。その有罪判決に手が届かなかった無数の被害者がいることとその背景は、広く知られるべきだと感じている。

性被害に遭った際の相談窓口

警察の性犯罪被害電話… #8103(全国共通)

性暴力被害者のためのワンストップ支援センター…#8891(全国共通)

内閣府運営の性暴力被害SNS相談…「キュアタイム」で検索(10言語対応)

性被害に遭ったら、どうすればいい?(THE PAGE)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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