プロ野球のSNS投稿禁止ルールは、時代錯誤か、未来への大事な一歩か
日本のプロ野球において、来年2月1日からプレー中の選手の写真や動画のSNSへの投稿行為の禁止などを定めた規定が施行されることが発表され、様々な議論を呼んでいます。
この日本野球機構(NPB)とプロ野球12球団による決定に対しては、ファンや関係者からも賛同する意見が出る一方で、若い世代が離れてしまうのではないかと懸念する意見も出ているようです。
参考:プロ野球でインプレー中の選手の写真・動画SNS配信が禁止に...ファンからは賛否「確かに映画泥棒と大差ないもんな...」「好きだったから残念」
実際に発表された規定が、従来容認されてきた部分をかなり厳しく禁止する内容だったこともあり、ファンの間でも混乱している人が少なくないようです。
はたして、今回の規定にはどのような背景があるのでしょうか?
最もゆるいルールから最も厳しいルールへ
実際に今後プロ野球観戦において適用される内容と、過去のルール、および他の日本のスポーツリーグの現在のルールを簡単な一覧表で比較してみると下記のようになります。
実は従来のプロ野球観戦においては、明確なSNS投稿のガイドラインが存在しておらず、基本的には写真や動画の撮影に関してもフラッシュの利用の禁止が明記されている程度だったようです。
球団毎にライブ配信の禁止などが明記されているケースはあったようですが、野球においてはある程度スタンドから選手が遠いこともあり、これまでの歴史的な経緯から写真や動画の撮影への容認の姿勢が維持されてきたと言えるかもしれません。
ある意味、日本のプロスポーツにおいても最もゆるい状態でもあり、寛大な状態だったと言えるでしょう。
それが今回「ボールインプレイ」中については撮影した写真や動画のSNS投稿が全て禁止になったため、日本のプロスポーツの中でも最も厳しいガイドラインへと変化したことになります。
そういう意味では、プロ野球ファンの方々が混乱するのは当然と言えます。
誹謗中傷や悪質なケースへの対応が必須に
一方で、このタイミングでプロ野球の観戦ルールを変更することになったことには明確な背景があります。
それは「誹謗中傷」の問題と、売り子を性的に撮影する「悪質なケース」の存在です。
まず、「誹謗中傷」の問題は、まさに2024年に入って日本プロ野球選手会からも明確に誹謗中傷への発信者情報開示命令申し立てを行うほど、業界として注目されていた問題です。
2023年には「プロ野球ファンのみなさまへ~ SNS等への投稿についてのお願い ~」というタイトルで12球団連名でファンへのお願い文書が公開されたものの、状況が改善されなかったために法的手段をとるようになった経緯があります。
また、売り子を性的に撮影する問題に関しても、近年スポーツ観戦時の、女性スポーツ選手などへの性的な意図を持った盗撮や不適切な動画の投稿などが社会的な問題として注目されている状況です。
東京オリンピック開催前の2021年3月には、大会組織委員会が「性的ハラスメント目的の疑いがある選手の写真や映像の撮影」を禁止行為に追加していますし、Vリーグでも2022年の段階で注意喚起を行うなどしています。
プロ野球としても、売り子の撮影問題に対して、同様の対策が必要であるという議論になったということでしょう。
日刊スポーツの取材に対してNPB関係者は「(SNSがファンの楽しみとなっている点は認めており)私的に楽しむ分までとがめ立てるつもりはない」と話したと報じられていますので、今回の規定は、そうした深刻な問題に対して、入場拒否や法的対応ができるようにするための措置という面が強いようです。
参考:NPB、インプレー中の写真・動画配信禁止に 売り子撮影の悪質なケースも 来年2月規定施行
Jリーグも試合中の動画はNG
今後の注目点としては、やはり今まで容認されていた観客席からの通常のファンによる写真や動画の撮影と、それに伴うSNS投稿が、どこまで厳しく取り締まられるかという点になります。
今回、プロ野球が最も寛大な状態から最も厳しいルールに変更されたため、ファンの方々が混乱するのは当然と言えます。
ただ、実はJリーグも2年半前までは「私的目的以外で、試合及び観客等の写真撮影または動画撮影」が明確に禁止されており、試合の写真どころか観客席等での写真や動画もSNSに投稿してはいけないという、今回のプロ野球の規定以上に厳しいルールが設定されていました。
それが2年半前に、試合中の写真のSNS投稿がOKになったことは非常に画期的だったと言えますが、それでも試合中の動画の投稿は今も禁止されたままです。
参考:Jリーグの新SNSガイドラインは、日本のスポーツの「応援」の形を劇的に変えるはず
Jリーグチェアマンの野々村さんのYouTubeでも、試合中の動画のSNS投稿をOKにするためにはかなりの調整が必要になるという議論がされています。
これはおそらく試合中継の権利を持っているDAZN等との調整が必要という趣旨だと考えられますが、Jリーグ以上に年配の既存ファンが多いプロ野球において、試合中の写真や動画のSNS投稿が禁止されるのは、ある意味「普通」の状態とも言えなくはないわけです。
メジャーリーグも、実はゲームの写真や動画の撮影は禁止?
また、実はメジャーリーグにおいても、スタジアム側の規定等で試合中の写真や動画の撮影が禁止されていることは珍しくありません。
実際にドジャー・スタジアムやエンゼル・スタジアムのポリシーのページにも、「カメラやビデオカメラの持ち込みは個人利用に限り許可されています。ただし、ゲーム(試合)の写真撮影やビデオ撮影は禁止されています。」などと明記されているのです。
しかし、海外においては実際にはこうした規定があっても、ファンがスマートフォンでプレーを撮影する光景が日常化しており、テレビ放送でも頻繁にその様子が取り上げられています。
参考:何がなんでも撮りたいの!大スター・大谷翔平の雄姿を必死に撮影するファン心理に共感
実際にメジャーリーグの映像を見ても、スタジアムのファンがスマホを掲げている様子が映り込んでいるのは普通ですし、ファンによる動画もYouTubeやSNSに多数アップされています。
海外では音楽のライブにおいても、ファンがスマホで撮影する光景が普通になっていますが、実はコーチェラなどの一部のフェスを除いて、チケットの規定に写真や動画の撮影禁止が明記されているケースがまだまだ多いようです。
つまり、海外においては規定で禁止されていても、実際にスマホ撮影で退場になったり訴訟をされるケースは少ないため、ファンによる撮影やそれに伴うSNS投稿も日常化しているということのようです。
プロ野球も、ファンに丁寧に説明することが必須に
そうした前提を踏まえると、今回のプロ野球の規定は、これまで写真や動画の撮影に対する細かい規定がなく、ファンのSNS活用のガイドラインが存在しなかったプロ野球における、「最初の一歩」であると考えるべきでしょう。
特に今回の規定が、誹謗中傷や悪質なケースへの対応として制定された背景を考えると、ある程度厳しいものになっているのは仕方がないように思います。
ただ一方で長い目で見ると、来年の規定施行後、ファンによるプロ野球観戦の写真や動画が一気にSNS上から消えることで、プロ野球の若い世代への認知の拡がりが急減する可能性は否定できません。
NPB関係者が「私的に楽しむ分までとがめ立てるつもりはない」とメディアの取材に答えたとしても、実際には投稿禁止の規定制定によって、私的に楽しむSNS投稿を控えるファンも増えてしまうでしょう。
特にBリーグが、チェアマンの島田さんを筆頭に積極的なSNS活用で若い世代をファンとして取り込むことに成功していることを踏まえると、Bリーグがファンによる写真のSNS投稿はもちろん、15秒以内の動画のSNS投稿も許可している点は、今後大きな違いとなってきます。
参考:Bリーグ島田チェアマン「経営に対して貪欲だったから今の成長がある」
特に日本のプロ野球は海外に比べるとSNSやYouTubeなどの活用が遅れていると言われており、そうした状態でファンによるSNS投稿が減ることは、若い世代だけでなく海外のファンが見られる写真や動画が激減することも意味するため、世界での日本のプロ野球の存在感の低下のリスクもあります。
チームやリーグからの公式動画等の充実は不可欠でしょう。
また今回のプロ野球の規定制定が、悪質なものを対象としているため、善意のファンに対しても非常に厳しいメッセージとして伝わっている点は、善意のファンの離反を招く可能性が高い大きな問題であると言えます。
特に、JリーグやBリーグがイラスト入りで丁寧に「許諾すること」「許諾していないこと」をわかりやすく説明するページを用意しているように、ファンの方々に向けて日本のプロ野球界として引き続き実施して欲しいSNS投稿について、分かりやすく説明していくことは必須でしょう。
参考:Jリーグ公式試合における写真・動画のSNSおよびインターネット上での使用ガイドライン
最も重要なことは、今回の規定を完璧なものと考えず、「最初の一歩」と位置づけた上でファンとの対話を続け、プロ野球の未来にとってあるべき規定をファンとともに模索しながら改善していくことです。
SNSをめぐる環境は、毎年のように大きく変化しており、それに対して対応できていけるかが、間違いなく重要になります。
今回のプロ野球における写真や動画の規定の制定が、後から振り返って未来に対応するための大事な一歩だったと振り返られるようになるか、今後の展開に注目したいと思います。