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「習近平は最も危険な敵」米投資家ソロス氏も中国のハイテク脅威認識

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ダボス会議における米投資家ジョージ・ソロス氏(2015年)(写真:ロイター/アフロ)

 中国経済崩壊を指摘してきた大物の米投資家ソロス氏が先日のダボス会議で講演した。ようやく中国のハイテク脅威に目を向け始めたが、まだ「中国製造2025」の野望には気づいていないようだ。講演の締めが甘い。

◆習近平は自由主義社会の「前代未聞の危険な敵」ダボス会議で

 今年1月24日、米投資家のジョージ・ソロス氏は、スイスで開催されたダボス会議で講演し、「中国の習近平国家主席は先端技術を用いた監視体制を支配し、自由社会の前代未聞の(UNPRECEDENTED)危険な敵だ。中国は世界において独裁的な政権であるだけでなく、最も裕福で強力で、技術的に進んでいる」と批判した。AFPなどが報道しているが、中国でも中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」やその電子版「環球網」などが中国外交部の反論を含めて報道している

 それによればソロス氏はディナーで、次のように述べたそうだ。

 「ひとたび中国企業が5G技術に関して主導的役割を果たすようになってしまったら、世界各国はもう、その脅威から抜け出すことができなくなる。もし中興通訊(ZTE)や華為(Huawei)などが5G市場を占拠するようなことになったら、世界各国に計り知れない安全上のリスクをもたらすことになるだろう」

 これに対して中国外交部の報道官は定例記者会見で「このような本末転倒した言論は、反駁するに値しない」と一蹴し、「現在の世界において、いったい誰が門戸を開いて道を創ろうとしているのか、誰が壁を築いて門戸を閉ざそうとしているのかは一目瞭然だろう」と続けた。

◆これまでは中国経済崩壊論を強調したソロス氏

 ソロスはこれまで、中国経済が近いうちに崩壊するとして、そのシナリオを執拗なまでに強調してきた。

たとえば2016年1月7日、スリランカのコロンボで開催された経済フォーラムでは「中国の金融市場には深刻な難題が見られる」と言い、同月の21日に開催されたダボス会議では「中国経済のハードランディングは不可避だ」と断言している。そして中国は企業の債務残高が多くなりすぎているため、中国経済はバブル崩壊して一気に経済が落ち込んでしまうだろうと予測した。

 そのため日本でも中国経済崩壊論が流行り、GDP成長率がわずかでも下がれば、「もう明日にも崩壊が始まる」と日本国民を喜ばせたものだ。

 しかし、一向に崩壊の兆しは見えない。

 それどころかソロスは今般、「中国は世界において独裁的な政権であるだけでなく、最も裕福で強力で、技術的に進んでいる」と「批判」しているではないか。

 経済が崩壊するはずの中国が「最も裕福で強力で」となり、おまけに「技術的に進んでいる」と言っているのだ。

 実はソロスは大のトランプ嫌い。

 2016年の大統領選ではドナルド・トランプの対立候補だったヒラリー・クリントンを支援し、「トランプは独裁者になるかもしれない」などと発言したこともある。中米を出発した数千人の移民キャラバンが米南部国境を目指して北上したときには、ソロス氏の団体が移民を支援し現金を渡していると噂され、トランプ大統領も「移民に大金を配っている者がいる」などと発言していた。

 だというのに、今般のダボス会議発言ではトランプの対中攻撃を褒め、まだ足りないとさえ言っている。

◆「中国製造2025」の野心には、まだに気づいていない

 これは取りも直さず、ソロスもまた、習近平政権のハイテク戦略に気づき始めた何よりの証拠と解釈することができる。ただ原文'UNPRECEDENTED DANGER': Billionaire investor George Soros just went scorched earth on China during his annual Davos speechを読むと、ソロスは習近平政権が進める「社会信用システム」(ビッグデータを用いて作成した中国人民全てに対する監視システム)にフォーカスを当てており、それを助長する結果を招くフェイスブックやグーグルを批判している。

 たしかに昨年12月27日付けのコラム「GAFAの内2社は習近平のお膝元」に書いたように、フェイスブックのザッカーバーグCEOは習近平に取り込まれている。その意味でソロスの警告は正しいが、しかし講演の締め括りにおける件(くだり)が甘い。

 ソロスはトランプに対して貿易制裁を中国一国に絞れと忠告はしているものの、結局、「アメリカは、第二次世界大戦後の国連条約に似た国際協調(を夢見ること)によって米中両国の対立の連鎖を終わらせ、国際協調を取り戻して開かれた社会を繁栄させるべきだ」という趣旨の内容で講演を結んでいる。

 これは非常に拍子抜けというか、がっかりさせる結論だ。

 そんな話ではないだろう。

 習近平政権は一党支配体制を維持させるために、何としても国家戦略「中国製造2025」を断行する。その一環が「社会信用システム」であり、ソロスが講演の前半で言っている「抑圧的な政権とIT独占企業が組み合わさることで、独裁政権の強化につながる」という指摘こそが重要だ。

 筆者が『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』で警鐘を鳴らしたいのも、まさにその点なのである。

 習近平は一党支配体制を維持するために、絶対に「中国製造2025」を放棄したりはしない。ソロスのような世界に影響力をもたらす投資家には、「中国製造2025」の真髄を掌握し、もう一歩踏み込んだ発信を望みたいものだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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