新型コロナ 維新の会・吉村府知事の「大阪・兵庫間の往来自粛」要請は正しいか
「大阪と兵庫はいつ爆発的感染が起きてもおかしくない」
[ロンドン発]大阪府の吉村洋文知事が19日、新型コロナウイルスの流行を防ぐため20日からの3連休中に「大阪・兵庫間の不要不急の往来を控えてほしい」と府民に呼び掛けたことが衝撃を広げました。突然の往来自粛要請に驚いた人も多かったでしょう。
吉村氏は「大阪と兵庫はいつ爆発的感染が起きてもおかしくない状況。大阪も感染者が増えており、警戒しないといけない」とその理由を述べました。都道府県別新型コロナウイルス感染者マップによると、受診都道府県では大阪府128人、兵庫県107人です。
相談を受けていなかった兵庫県の井戸敏三知事も当面の間、不要不急の大阪や他地域との往来の自粛を要請する一方で「ウイルスは県境に従って活動を広げているわけではない。大阪はいつも大げさ。兵庫との往来さえしなければ済むのか」と当惑を隠せませんでした。
翌20日付大阪各紙朝刊は読売新聞が「往来を自粛 大阪・兵庫 驚きと戸惑い」、朝日新聞も「両知事、事前協議せず要請 住民ら戸惑い 大阪・兵庫往来自粛」と報じました。神戸新聞も社説で「府県間往来自粛 唐突な上に説明不足では」と論じています。
社説はこう説きます。「あまりに性急な要請であり、住民の戸惑いは大きい。自粛を求める科学的な根拠は何か。電車も車も頻繁に行き交う兵庫と大阪の間で、人の交流だけを止めても効果が上がるのか」。阪神間を結ぶ鉄道会社、飲食店や劇場、映画館、商店は驚いたでしょう。
2週間後には患者3374人という試算
立憲民主党の尾辻かな子衆議院議員(大阪2区)はツイッターで厚生労働省のクラスター対策班が18日に示したとされる「大阪府・兵庫県における緊急対策の提案」と題した文書を公開しています。それを見ておきましょう――。
見えないクラスター連鎖が増加しつつあり、感染の急激な増加がすでに始まっていると考えられる。
試算では19日までに患者78人(うち重篤者5人)
20~27日に患者586人(うち重篤者30+9人)
28日~4月3日に患者3374人(うち重篤者227人)
感染者報告数がこれから急速に増加し、来週には重症者への医療提供が難しくなる可能性あり。
そして「必要な対策の方向性(案)」が2段階に分けて示されています。
実効再生産数(感染症の流行が進行中の集団のある時刻における1人の感染者が生み出した二次感染者数の平均値)については
大阪は次第に1を下回る傾向
兵庫県では常に1を上回っている
と記されています。
クラスター対策班の予測は信頼できる
実効再生産数が1を上回ると感染が拡大し、1を下回ると収束に向かいます。橋下徹元大阪市長はこうツイートしました。
新型コロナウイルスの流行を抑えようとすると、どうしても人と人との接触頻度を減らす必要があるため経済活動に致命的な影響が出ます。外出自粛状態になっているイギリスでは商店の売り上げは80%も下がっています。
新型コロナウイルスは潜伏期間が長く、無症状病原体保有者から感染が急激に拡大します。症状が見えないため気付かない間に「ステルス感染」が広がり、突然目の前に高さ40メートルの”巨大津波”が現れるように感染が蔓延しています。
このようなオーバーシュートがイタリアやスペインをはじめ欧州の国々を次々と襲っています。
感染拡大防止の面からは、クラスター対策班が大阪・兵庫両府県に示したペーパーは100%信頼できます。作成者がパンデミックの予測と対策の第一人者である北海道大学大学院医学研究科の西浦博教授だからです。海外と比べても日本の対策は非常にきめ細かいことが分かります。
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」( 3 月 19 日)にはこう書かれています。
「特に気付かないうちに感染が市中に拡がり、ある時に突然爆発的に患者が急増(オーバーシュート)すると、医療提供体制に過剰な負荷がかかり、それまで行われていた適切な医療が提供できなくなることが懸念されます」
「専門家会議としては現時点では社会・経済機能への影響を最小限としながら、感染拡大防止の効果を最大限にするという、これまでの方針を続けていく必要があると考えています」
【クラスター対策の基本戦略】
(1)クラスター(患者集団)の早期発見・早期対応
(2)患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保
(3)市民の行動変容
厚労省が2月25日に「クラスター対策班」を設置してから専門家会議も見違えるような文書を出すようになりました。本当に優れた人が組織を動かし始めると日本は蘇る可能性があることを感じさせました。
3月2日の専門家会議
「屋内の閉鎖的な空間で、人と人とが至近距離で、一定時間以上交わることによって、クラスターが発生する可能性が示唆されます。そして、クラスターがクラスターを生むことが、感染の急速な拡大を招くと考えられます」
3月9日の専門家会議
クラスター発生リスクを下げる3原則
(1) 換気を励行する。窓のある環境では可能であれば 2 方向の窓を同時に開け、換気を励行。ただ、どの程度の換気が十分であるかの確立したエビデンスはまだ十分にない。
(2)人の密度を下げる。人が多く集まる場合には、会場の広さを確保し、お互いの距離を1~2 メートル程度あけるなどして、人の密度を減らす。
(3)近距離での会話や発声、高唱を避ける。周囲の人が近距離で発声するような場を避ける。やむを得ず近距離での会話が必要な場合には自分から飛沫を飛ばさないよう咳エチケットの要領でマスクを装着するかする。
阪神大震災で無力感に苛まれた西浦少年
北大の西浦教授の経歴を見ると感動します。西浦教授の原点は阪神大震災。ロボコンやソーラーカーに興味を持ち神戸市立工業高等専門学校に通っていた西浦少年は「何もできない」無力感にさいなまれたそうです。
緊急医療人道支援活動をする医師を見て、工学から一転して医学の道に。宮崎医科大学(当時)に入学後、NGO活動に参加して途上国での予防接種対策の現場に行き、感染症数理モデルに出会いました。
筆者はイギリスや他の国の感染症対策のモデルを作る英インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターのニール・ファーガソン教授の話をベースに情報発信しています。西浦教授のモデルは日本人の几帳面な国民性もあって非常に行き届いているように感じます。
「いい加減」なイギリス人に同じことを言っても、まず理解してもらえないでしょう。機動性を持たせたクラスター対策班のコンセプトも素晴らしい。新型コロナウイルスの”巨大津波”が突然、目の前に出現してからではもう手遅れなのです。
筆者は今回の吉村知事の判断は正しいと考えます。しかし兵庫県の井戸知事と事前調整を行い、共同で記者会見するといった配慮は最低限必要だったのではないでしょうか。"巨大津波"が襲ってきた時、自治体の垣根を超えた医療機関の連携がどうしても必要になってきます。
未知のウイルスに勝利するために必要なことはスタンドプレーではなく、連帯です。政治のスタンドプレーは、折角のクラスター対策班の長所を殺してしまう恐れがあります。若者の皆さんには是非、北大医学生の取り組みを紹介したエントリーを読んで下さることを願います。
「『コロナって若者に関係あるの? ボクたちの行動が鍵を握る』北大医学部生がSNSで同世代に呼びかけ」
(おわり)