チェルシーの売却決断の理由。レアル、シティ、パリSG...ビッグクラブと「国家クラブ」の覇権争い。
時代は新たなフェーズに突入しているのかもしれない。
ロマン・アブラモビッチ氏が、チェルシーの売却を決めた。2003年にチェルシーのオーナーに就任したアブラモビッチ氏だが、政治的・社会的情勢からチェルシーの経営に携わるのは困難だと判断。クラブを離れる決断を下している。
■チェルシーの強化策
チェルシーは、アブラモビッチの就任後、大型補強を続けてきた。
ロメル・ルカク(2021年夏加入/移籍金1億1500万ユーロ/約162億円)、カイ・ハフェルツ(2020年夏加入/移籍金8000万ユーロ/約104億円)、ケパ・アリサバラガ(2018年夏加入/契約解除金8000万ユーロ)、アルバロ・モラタ(2017年夏加入/移籍金6600万ユーロ/約85億円)、クリスティアン・プリシッチ(2019年1月加入/移籍金6400万ユーロ/約83億円)…。多くのプレーヤーが、新天地にロンドンを選んだ。
近年、フットボールの世界では、「国家クラブ」が台頭してきた。パリ・サンジェルマン、マンチェスター・シティ、そういったクラブだ。
チェルシーは、その類のクラブに対抗できる数少ないクラブだった。だがアブラモビッチが身を引くことで、その流れは変わろうとしている。
■プレミアの成長
少し時を遡る。プレミアリーグが創設されたのは、1992年だ。以降、テレビ放映権による収入確保、その均等な分配、さらにはアジアのマーケットを見据えた試合開催等、競争力を維持するための努力が続けられてきた。
プレミアリーグに、多くの優秀な選手や監督が集まるようになった。特筆すべきは監督で、近年ではペップ・グアルディオラ監督、トーマス・トゥヘル監督、ユルゲン・クロップ監督と外国人指揮官が強いチームを作り上げた。プレミア創設以降、国内の監督で優勝を成し遂げた人間は存在しない。
プレミアリーグ創設当時、覇権を握っていたのはアーセナル、マンチェスター・ユナイテッド、リヴァプール、トッテナム、エヴァートンだ。だがテレビ放映権の分配が見直され、タイトルレースに変化が訪れた。
1996−97シーズン、プレミアリーグがテレビ放映権で得ていた収入は、欧州カップ戦のものを含め全体で6億8500万ユーロだった。
2021−22シーズンには、それが61億ユーロまで膨れ上がっている。リーガエスパニョーラ(34億ユーロ)、ブンデスリーガ(30億ユーロ)、セリエA(23億ユーロ)、リーグ・アン(17億ユーロ)と5大リーグでも頭抜けた数字だ。
また大きかったのが外国人オーナーの就任だ。チェルシーやマンチェスター・シティが筆頭で、最近ではニューカッスルに外国人オーナーが就任して話題を呼んだ。
例えば、シェイク・マンスール・ビン・ザイド・アル・ナヒヤン氏がオーナーを務めるシティは、彼の就任以降、大型補強を行ってきた。2016年夏にグアルディオラ監督が就任してからは顕著であり、10億4900万ユーロが補強に投じられている。
チェルシーの場合、アブラモビッチ氏が就任した2003年以降、補強に25億8500万ユーロを投じている。
欧州に目を向ければ、近年力をつけてきたのがパリ・サンジェルマンだ。2011年にナセル・アル・ケライフ会長が就任して以降、パリは13億4920万ユーロを補強に投じた。現在では、キリアン・エムバペ、ネイマール、リオネル・メッシが同じチームに揃うなど、まさにドリームチームの陣容を手にしている。
2000年から2020年までの間で、補強に20億ユーロ以上を投じているのは、4クラブのみだ。チェルシー、シティ、レアル・マドリー、バルセロナである。
スペインの2強は依然として強い。だが、この2クラブはユヴェントスを巻き込んで、欧州スーパーリーグ構想を諦めてない。また、ラ・リーガが推奨したCVCファンドとの契約締結をつっぱねている。ソシオ制だということもあり、欧州のメガクラブと対抗できる手段を独自で模索している。
「UEFAの脅迫があり、多くのクラブが居心地の悪さを感じていた。ある国家クラブを除いてね。国家クラブというのは、(コロナ禍の)損失もカバーできてしまう。それは彼らのアドバンテージだ」
「UEFAからのプレッシャーは続いた。リヴァプール、ユナイテッド、アーセナル、チェルシー、トッテナム…。イングランドのクラブが次々に脱退した。デリケートな状況になり、ミラン、インテル、アトレティコも撤退した」
これは欧州スーパーリーグ構想がぶち上げられた後のジョアン・ラポルタ会長の言葉だ。
アブラモビッチ氏はチェルシーの売却を決断した。その背景には、ロシアのウクライナ侵攻があった。
フットボールは巨大なビジネスになった。ゆえに、政治的な背景や社会情勢の影響は否定できない。
この数年、「国家クラブ」とビッグクラブの対決が、欧州のフットボールシーンにおける一つのテーマだった。だが、いま、時代は思わぬ形で大きく動こうとしている。