「プロ棋士」は正しく「アマ棋士」は誤り? 将棋の棋士の定義を考える
新聞のデータベースで過去の記事を検索していたところ、ある記事が目に止まりました。一部抜粋してみます。
この問題を考えてみましょう。将棋に詳しい人ならば、すぐに目に留まる表現があるでしょう。正解は以下のように示されています
記事にある通り「将棋を打つ」という表記は、最もよくある「誤り」と言えます。一般の方ならばともかく、職業的な記者、ライターが知らずに「将棋を打つ」という表現を使っていれば、それは当然校正者が指摘するでしょう。このトピックに関して書くべきことは山ほどありますが、長くなりますので、いずれ項を改めて記したいと思います。
新聞記事に示された正解は、以上1か所でした。しかし将棋界に詳しい人であれば、もう1か所、ひっかかるところがあるかもしれません。それは「アマ棋士」という表現です。
「アマ棋士」「アマチュア棋士」という表記を新聞のデータベースで検索してみると、囲碁や将棋の大会の記事などで実に多く使われていることがわかります。そこでは意味を広くとって、将棋を指す人、囲碁を打つ人を「棋士」と表現しています。
これは少し考えてみたいところです。
まずは「アマ」(アマチュア)と「プロ」(プロフェッショナル)という言葉について辞書を引いてみましょう。
要するに、その分野を職業としているのがプロで、その対義語がアマということでしょう。
続いて「棋士」という言葉について見てみます。
いずれの辞書でも囲碁・将棋を「職業」とする人であることが強調されています。
「職業」と言っても、そこにはさらにいろいろな形があります。トーナメントで賞金、対局料を得る。レッスンをする。本や記事を書く。道場、クラブ、教室などを経営する。それらはみな、職業的な活動と言えそうです。
将棋界における将棋の「棋士」はもっと狭く定義されます。いま仮に短く記してみると、
「日本将棋連盟が認めたプロ四段以上の人」
という感じでしょうか。
一般的には養成機関の奨励会を卒業して、またごく例外的には編入試験に合格して、将棋連盟が四段を認め、プロの資格を得た人のみを「棋士」と呼ぶのが、将棋界でのコンセンサスです。棋士となるには、まずは盤上の技術に秀で、大変な競争を勝ち抜いて、難関を突破しなければなりません。
奨励会で夢破れ、アマとして再び将棋を指すようになり、再チャレンジ、再々チャレンジで夢をかなえ、棋士となった瀬川晶司さん(現六段)、今泉健司さん(現四段)の物語は感動的です。その前提には、アマと棋士の間には残酷なほどに厳しい線引がされているという現実があるからでしょう。
「プロ棋士」という表現は、将棋業界の内外を問わず、よく聞かれます。「棋士」にプロという意味がある以上、厳密に考えれば意味が重複している。しかし、プロであることを強調することから、特に問題なく使われています。
一方で「アマ棋士」「アマチュア棋士」「素人棋士」などはどうでしょうか。これは「棋士=プロ四段以上」の定義をもとに考えるのならば、矛盾した表現であることになります。少なくとも、将棋業界ではほぼ使わない表現とは言えそうです。
将棋ライターの立場でもし校正を依頼されるとすれば、野暮なようですが、何か他の言い換えを提案することになるかもしれません。
個人的には「棋客」(きかく、ききゃく)という言葉を推したいと思います。これは「碁客」(ごかく、ごきゃく)とともに、古くからある言葉です。
「ちょっと古臭くない?」
という突っ込みも聞こえてきそうですが、伝統文化である囲碁・将棋の高尚さをどことなく匂わせてはいないでしょうか。
「棋客」「碁客」には棋士という意味もあります。そしてもっと広く、将棋をする人、囲碁を打つ人、という意味が含まれています。
「アマ棋士が将棋を指していた」
という一文は、「アマ棋客」あるいは単に「棋客」と置き換えることができそうです。
なお蛇足ながら「棋士」は「きし」と読みます。将棋は「しょうぎ」と読むため、たまに棋士を「ぎし」と読む方がおられますが、一般的とはいえません。
テレビやラジオでコメンテーターが、「棋士」を「ぎし」ではなく「きし」と読み、「将棋を打つ」ではなく「指す」と言う。ただそれだけでも、熱心な棋客から「この人はわかってる」と評価されることがあるかもしれません。