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クルーザー級の“比類なき”王者ウシクのジョシュア挑戦は実現するのか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
敵地でベリューを一蹴。全ベルトを誇示するウシク(写真:Sportinglife)

ビッグ3第2弾は誰が戦う?

 ヘビー級戦線が俄然、面白くなってきた。何といっても今月1日ロサンゼルスのステープルズ・センターで行われたデオンタイ・ワイルダー(米)vsタイソン・ヒューリー(英)のWBCタイトルマッチがドローに終わりながら、感動を呼ぶスリリングな激闘になったことが大きい。2人がダイレクトリマッチに向かうのか、それとも、どちらかがビッグ3の一角、3ベルト統一王者アンソニー・ジョシュア(英)と戦うのか。急展開にファンの胸は高鳴る。

 ワイルダーとヒューリーがヘビー級人気を再興させるような試合を演じたことで、それまで一歩、彼らを実力的にも人気面でもリードしていると認識されたジョシュアに風当たりが強くなった。まず2人との対決を避けていると非難された。本来なら今回、ワイルダーの反対コーナーに立っているのはジョシュアのはずだった。だが4冠統一戦は時間だけが経過して交渉が決裂。アルコールとドラッグ依存症という地獄から生還したヒューリーは、その自壊という過去は責められても爆発的なパンチャー、ワイルダーと対戦に応じ、勇気と決断力が称賛された。

 また業界の大御所、トップランクの総帥ボブ・アラム・プロモーターはライバル・プロモーターのイベントにもかかわらず「ものすごいファイトだった。ぜひまた観たい」と話した後、「ジョシュアはナンバー3だ」とバッサリ。すでに3人の立場が逆転したような言葉を発した。

 それはともかく、ロンドンのサッカーの聖地ウェンブリー・スタジアムにこれまで最高9万人、少ない時でも8万人の大観衆を集めたジョシュア。彼に並ぶドル箱スターは現在、存在しない。そのナイジェリア人の両親を持つ英国人の次試合が来年4月13日ウェンブリーにセットされている。今のところ、ジョシュアの相手は今月22日ロンドンのO2アリーナでデリック・チゾラ(英)との再戦に臨むディリアン・ホワイト(英)が有力だ。ホワイト(30歳)はジョシュアが初めて世界王者に就いた一戦の前にジョシュアと対戦。7回TKO負けしたが善戦、ジョシュアのキャリア(22勝21KO無敗)でウラジミール・クリチコと並び、もっとも彼を苦しめた男と認知される。

 背景から挑戦者に相応しいと言えるが、ワイルダーやヒューリーに比べると勝敗予想が立てやすい。早い話、ジョシュアに勝てる確率は低い。ワイルダーとヒューリーがファンの腰を浮かせる熱戦を演じただけにホワイトが相手ではインパクトが乏しい。

日陰のクラス

 今、ジョシュアの相手に浮上しているのはWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)を制しクルーザー級すべての王座(WBC、WBO、IBF,WBA“スーパー”)を統一したオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)だ。

 ヘビー級とライトヘビー級の中間のクルーザー級は「日陰のクラス」と言われてきた。設立されてから約40年。最初にWBCとWBAがチャンピオンを認定し、その後新興のIBFとWBOが追従した。団体により一時ジュニア・ヘビー級と呼ばれたこともある。どうしてもヘビー級の光が強すぎるのと伝統のあるライトヘビー級に挟まれ地味な印象がぬぐえない。

 そのリミット200ポンド(90.72キロ)クラスでイバンダー・ホリフィールド(米)以来のアンディスピューテッド(比類なき)王者に君臨するウシク。決勝で強打者ムラト・ガシエフ(ロシア)を大差の判定で下しWBSSで優勝した時は先達たちのように即ヘビー級転向の雰囲気もうかがえた。しかし31歳のウクライナ人は11月、敵地マンチェスターでトニー・ベリュー(英)との4ベルト防衛戦に応じ、8回KO勝ち。最近2試合で、ホリフィールド同様、クルーザー級統一王者を経てヘビー級世界王者に就いたデビッド・ヘイ(英)に2連続ストップ勝ちを収めていたベリューを撃退した。

 敗れたベリューのプロモーターがジョシュアを擁する英国業界の旗手、エディ・ハーンという背景があるが、ウシクの名前が挙がるのは、その万能型の戦闘スタイルが評価されている証である。ホリフィールドやヘイが達成した最重量級制覇の野望がコアなファンの観戦意欲を刺激する。

8回KO勝ちでベリューを倒したウシク。次はいよいよヘビー級進出か(photos by Simon Stacpoole)
8回KO勝ちでベリューを倒したウシク。次はいよいよヘビー級進出か(photos by Simon Stacpoole)

戦慄の中にバレエのエレガンス

 ベリュー戦を中継したテレビ局の映像をチェックすると解説者は「きょうはバレエを踊っていませんね」と試合中、ウシクの動きを評している。ウシクがバレリーナのような優美な動きを披露したのはガシエフ戦とその前の準決勝マイリス・ブリーディス(ラトビア)戦。とりわけガシエフ戦が顕著だった。往々にしてウシクのこの戦法とステップワークは「退屈な」という言葉に置き換えられた。だがヨーロッパのエキスパートが観察すると「気品がある」に変化する。ちなみにウシクの同胞で同じサウスポーの、最強ボクサーの呼び声高いワシル・ロマチェンコ(WBA“スーパー”・WBO統一ライト級王者)も少年時代、バレエ教室に通っていた。

 ウシクはベリューとの防衛戦では一転してアグレッシブな姿勢を強調した。完全アウェーの設定で人気選手のベリューを轟沈した効果は大きい。それでも「ヘビー級に進出して、いきなりジョシュアでは勝利は絶望的。もし挑戦するにしても順応するために場数が必要だ」という声は多い。確かにこれまで200ポンド以下の相手と戦ってきたのに、250ポンド級を相手にするのは、いくら何でも荷が重い。ワイルダー戦のヒューリーの体重は264ポンド半(約120キロ)だった。

ボクシングはボディビルではない

 現段階でウシク(16勝12KO無敗)が4月ウェンブリーでジョシュアのダンスパートナーを務める可能性はホワイトは元より、ワイルダーやヒューリーよりも低いだろう。とはいえ「柔よく剛を制す」ならぬ「柔よく“重”を制す」の結末を期待したくなるのがウシク。彼のアシスタント・トレーナーでカットマンを務めるラス・アンベル氏に登場願おう。

ベリュー戦の直前、ウシクにバンテージを巻くアンベル・トレーナー(写真:Boxing Monthly)
ベリュー戦の直前、ウシクにバンテージを巻くアンベル・トレーナー(写真:Boxing Monthly)

 カナダ人のアンベル氏はモントリオールが地盤ながら米国をはじめ、世界中でセコンドとして活躍。先週土曜日、ロマチェンコの統一戦でもコーナーに陣取った。「ウシクはヘビー級でも力を証明できる。ヘビー級世界チャンピオンのベルトを巻くと私が保証する」(同氏)

 「ウシクに勝とうと思ったら、尋常でない手数が必要になる。なぜなら彼は戦う機械でミドル級選手のように動ける」と語るアンベル・トレーナー。それにしても巨人たちを相手にウクライナ人はどう対抗するればいいのだろうか。

 「ボクシングはパワーリフティングではない。筋力を競うスポーツではない。インテリジェンス、戦術、スキルが問われる。もしパワーだけの勝負なら間違いなくボディビルダーのようなジョシュアに軍配が上がる。でもボクシングは違う」とアンベル氏は強調。

 そして「もうクルーザー級には手ごわいライバルはいない。私は彼のマネジャーではないから断言できないけど、できるだけ早くジョシュア挑戦の準備を始めることになるだろう」と予測。「これからウシクの時間が待っている。サウル“カネロ”アルバレスと並ぶ人気を得るに違いない」と太鼓判を押す。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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