世間が知らない「トラックドライバーたちの気質」
これまで「どうしてトラックは路上駐車をするのか」、「どうしてエンジンを切らないのか」、「段ボールに傷が付いているだけで弁償させられる理不尽」など、世間に知られていないトラックドライバーの事情を多く書いてきたが、それら以前に知っておいてほしいことがある。
「トラックドライバーたちの気質」だ。
ブルーカラーは総じて「ふてぶてしい」、「怖い」、「がさつ」といった印象を持たれることがある。
なかでもトラックドライバーの場合、大きなクルマの中でハンドルに足を上げ、路上駐車で休憩などしていれば、やはり周囲からいいイメージはもたれにくい。
また、テレビなどの大きなメディアにおいて、短期間の取材で見える彼らの「悪マナー」ばかりが切り取られ報じられることも、世間が彼らへのネガティブな印象を強くする一因になっていると個人的には感じている。
しかし、長年多くのトラックドライバーたちと接し見えてくるのは、世間が抱く表面上のイメージとは全く異なる「繊細な心と豊かな感性」をもった彼らの姿だ。
写真で見る彼らのセンス
普段からトラックドライバーには、日常で撮影した写真の提供をSNSで募っているのだが、毎度その感性には驚かされる。
あるトラックドライバーから送られてきたのは、この上下2枚の写真だ。
彼らの仕事では、「走る」ことはもちろん「待つ」時間も非常に長い。
そんな車内での待機中、このドライバーは車内でラジオを聴きながら折り紙で鶴を折っているという。
大きなクルマの中で小さな鶴を折っていることはもちろんだが、「東京の空に鶴を飛ばした」とする写真や、見上げた先の電線を五線譜(楽譜)に見立てるそのセンスからは、ふてぶてしさや怖さは微塵も感じない。
彼らのなかでも、24時間を車内で過ごし日本全国を走り回る「長距離トラックドライバー」たちは、普段から「絶景」を目にする機会が多い。
日々の風景を撮り続けているうちに、気付けば写真が趣味になっていたというドライバーも少なくないのだが、その1枚1枚にはどれも彼らの豊かな感性が凝縮されており、全国各地から送られてくる絶景を目にするたび、世間のもつイメージとはかけ離れた彼らの「繊細さ」に触れるのである。
「繊細な心と豊かな感性」のワケ
こうした写真以外にも、筆者のもとには日ごろ書き溜めた詩や、自分の主義を説いた文章を送ってきてくれるドライバーも少なくなく、全体的にアーティスティック、または哲学的な人が多い印象がある。
彼らとの交流や自身の経験から推察するに、トラックドライバーにこうした繊細な気質を持った人が多い要因は、恐らく「日常の孤独」と「過酷な労働環境」にある。
トラックドライバーは基本的にワンマン運行。長距離ドライバーともなれば1週間の多くを1人で過ごすことになる。
そんな働き方からか、よく「トラックドライバーは1人であちこち行けるから自由で羨ましい」と聞こえてくることがあるが、実はむしろ彼らほど「時間や行動に対する制限」や「社会のしわ寄せ」を受ける職業はそうない。
延着(指定時間に遅れること)も早着(指定時間より早く着くこと)も許されない「時間厳守」はもちろん、様々な理由によって会社から車内カメラが取り付けられていることも少なくない。人の命を奪いかねない乗りものを操るなかで、普段から様々な行動自粛・制限も生じる。
アクセルを踏み出せば、前方以外見ることも、その場で立ち上がることもできない空間。そんな状況で、ひとり彼らができる数少ないこと。それが、「考えること」なのだ。
行動制限はあれど、この「考える時間」ならいくらでもある。
今日の夕飯のことから、家族のこと、荷主や会社への不満、政治、日本の未来のこと、そして自分の将来。
低賃金・長時間労働、理不尽な労働環境の中、高い車高から絶景を見ながらひとりハンドルを握りしめ思いめぐらせれば、その思考や感性は必然的に研ぎ澄まされたものになる。
トラックドライバーの仲間意識
元々「ひとり作業」を好む人たちが集まる職種ではあるが、だからといって彼らが「人嫌い」というわけではない。
むしろトラックドライバーには、その孤独な環境がゆえに、世間一般の人よりも「人恋しがり」で「情に厚い」人が多いと感じる。
実際、通信アプリのグループチャットを1日中繋ぎっぱなしにして、仲間といつでも会話ができるようにしている人たちも少なくない。
時間・睡魔との闘いの中、例えば北海道を走るドライバーが、九州のドライバーとつながり、互いに励まし合ったりするのだ。
さらに、彼らの「人恋しがり」がよく表れているのが、トラックドライバーがよく使う「業界用語」だ。
トラック業界には、無線を使用していた時代から仲間同士で用いられている業界用語が多くあるが、その中には仲間意識の高さがゆえに生まれたであろう言葉がいくつもある。
例えば「スライド」。
これは、「道路上ですれ違うこと」を意味する。
高速道路での一瞬のスライドでも、仲間のドライバーを認識することができるのは、彼らの特技のうちの1つ。
そんな仲間を見つけると、SNSでのグループチャット時や帰庫後などに「さっき○○あたりでスライドしたよね」と、ひと盛り上がりするのだ。
また、「グランド(通称:グラ)」も仲間意識の強さを感じさせる言葉だ。
これは、いつもSNSなどで交流しているだけのドライバー同士が、「日時・場所を合わせて実際に会うこと」。
リアルに顔を合わせては、たわいもない話をしたり、互いのトラックを褒め合ったりするのだ。
さらに「ランデブー」という言葉もある。
ご想像の通り、「トラックが前後に連なって走行すること」を意味する言葉だ。
余談だが、筆者がトラックに乗り始めて間もない頃、見知らぬドライバーと図らずも「ランデブー」をしたことがあった。
高速道路の入口までの曲がりくねった山道。信号にぶつかるごとに強いられる坂道発進は、重い金型を積んだ素人の筆者にとって、冬でも背中が汗でびしょびしょになるほど緊張するものだった。
が、いつからかずっと付いてきていた後ろのトラックは、そんな筆者の心情に気付いていたのか、毎度信号停止時にはかなり余裕をもって車間を取ってくれており、精神的に非常にありがたかった(ただぶつかるのが怖かっただけかもしれないが)。
無論、会話はない。が、互いがその存在を意識し合いながら走り続けていたのは間違いない。
高速に入ってからも続く「ランデブー」。
結局数時間もの間、"前後の関係"を続けていたのだが、とうとうそのトラックがとある出口を降りる時がくると、ドライバーは別れ際にパッシングで挨拶をしてくれたのだ。
思わずミラー越しに手を振り「ありがとう」と叫んだ当時を思い出すと、今でも胸が熱くなる。
世間が知らないトラック同士の絆
この仲間意識の強さに関してもう1つ紹介したいのが、彼らの間でひそかに行われている「譲り合い」だ。
一般車を運転するあなたが、赤信号を先頭で右折待ちしているとしよう。
あなたのクルマの後ろにはトラック。
そして、対向車線にもトラックが同じように赤信号を待っている。
こういう場合、信号が青になった瞬間、対向車線のトラックはすぐに直進せず、あなたを先に右折させることがほとんどだ。
実はこれ、あなたのために右折を譲ったのではなく、あなたの後ろのトラックのためにしていることなのだ。
これは、前の「あなた」を先に通すことで、車幅の広い後ろのトラックが詰まることなく直進できるようにする"トラックドライバー同士の暗黙のマナー"で、彼らは互いに全く面識がなくても、こうした助け合いをしているのである。
これだけでも彼らの仲間意識の強さがうかがえるが、この気遣いには続きがある。
あなたの後方にいたトラックは、あなたが右折した後、対向車線のトラックにすれ違い際、手を挙げて礼をするのだ。
「(前の一般車を先に行かせてくれて)ありがとう」と。
すると、譲ったトラックも「なんのこれしき」と手を上げ返し、それに応えるのだ。
マナーのいいトラックドライバーの場合、トラック同士だけではなく、右折を譲ったクルマが一般車であっても手を上げ礼をしているので、もし右折を譲ったクルマの後ろにトラックがいた際は、是非そのトラックドライバーを観察してみてほしい。
そしてもし挨拶をされたら、是非同じように挨拶し返してみてほしい。少しでも彼らの心情に触れることができるはずだ。
「置き配」の功罪
現在、貨物輸送の9割以上はトラックが担っている。
これは今顔を上げて目に映るほとんどすべてのものが一度はトラックに載せられたことを意味する。この年末年始も、お歳暮やクリスマス、正月などで宅配に世話になった人も多いだろう。
企業間輸送(BtoB輸送)を担うトラックドライバーたちは、エンドユーザーとの直接的な接触が少なく、まるで空気のような存在として扱われる。彼らが意識されるのは、いつも冒頭で紹介したような路上駐車やアイドリング問題など、迷惑行為に関することばかりだ。
一方の宅配(toC輸送)においては、これまでエンドユーザーは配達員と対面することで「荷物を運んできてもらった」という実感が得られていたが、昨今ではそんなtoC輸送も、「宅配ボックス」や「置き配」の普及で対面受け渡しが減り、世間の「物流」に対する「ブラックボックス化」が進んでいる。
こうした社会からの「見えない化」が進むと、現場の労働者は先述通り「空気」のような存在と化し、軽視されやすくなり、その業界の労働環境も悪化しやすくなる。
「見える部分」だけをかき集めた報道が蔓延るのは、その悪例だ。
モノは決してテレポーテーションなどしない。
スーパーに並ぶ商品、ワンクリックで翌日届く荷物の裏には、景色を美しいと感じ、遠くの地で走る仲間を思い、理不尽な労働環境に憤る、血の通った「人」がいることを、どうか忘れないでいただきたい。
※ブルーカラーの皆様へ
現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。
個人・企業問いません。世間に届けたい現場の現状などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください(件名を「情報提供」としていただけると幸いです)。