MF長谷川唯がイタリアACミランに完全移籍。初めてのヨーロッパ挑戦で始まる新たなキャリア
【ビッグクラブからのオファー】
日本女子サッカー界からまた一人、ビッグクラブへの大型移籍のニュースが舞い込んだ。
日テレ・東京ヴェルディベレーザとなでしこジャパンの主力として活躍してきたMF長谷川唯が、セリエAのACミラン(Associazione Calcio Milan/イタリア)に完全移籍することを発表した。
移籍が発表されたのは、自身の24歳の誕生日である1月29日。2月1日にオンラインで行われた移籍会見で、長谷川はこう決意を語っている。
「今年は五輪という大事な大会もありますが、海外挑戦をすることで、自分にとって(マイナスの)影響はないと思っていますし、思い切りチャレンジしよう、という気持ちで決断しました」
海外のクラブで練習に参加するなど、これまでにもチャンスがなかったわけではない。だが結果的に叶わなかった経緯もあり、今回の移籍に迷いはなかった。12年間プレーしてきたクラブから、新天地での新たな挑戦へと踏み出した。
海外女子サッカーの強豪リーグでは、アメリカのNWSL(National Women's Soccer League)、ドイツの女子ブンデスリーガやスウェーデンのダームアルスヴェンスカン、フランスのD1フェミナンや、海外のトッププレーヤーを集めているイングランドのWSL(The FA Women’s Super League)などが知られているが、セリエAも可能性を秘めたリーグだ。
欧州では男子のビッグクラブが資金力やチーム運営のノウハウを生かして女子の強化に本格的に乗り出しており、昨年の女子W杯では、ベスト8のうち上位7カ国が欧州勢だった。そして、20年ぶりのW杯出場で8強入りを果たしたイタリアにも、そうした波が来ている。
2017/18シーズンから女子チームを始動させたユベントスは、2季連続でセリエAの男女アベック優勝を達成した。一方、ACミランは、18/19年シーズンから女子チームを立ち上げ、セリエAに参戦。現役時代、男子トップチームのFWとして活躍したマウリツィオ・ガンツ監督の下、昨季は3位で終えた。
そして、今季は12節を終えて、首位のユベントスに勝ち点「3」差の2位。来季のUEFA女子チャンピオンズリーグの出場圏内(2位以内)をキープしている。また、男子は20節を終えてミランが首位を走っており、初のアベック優勝の可能性もある。男子チームの得点源は、4つのリーグで優勝を経験し、5度の得点王を獲得したあのFWズラタン・イブラヒモビッチだ。長谷川は、そんなクラブからの熱意あるオファーと将来性に魅力を感じたという。
「ACミランは男子がビッグクラブで、女子は創設されてまだ時間が経っていないのですが、1位を目指すという明確な目標を持って、『これから先に力を入れていこう』という想いが(オファーから)すごく伝わってきました。自分自身も必要とされているな、と強く感じて、チームと一緒に上を目指したいという気持ちで(移籍を)決断しました」
ミランの愛称は、クラブカラーに由来する「ロッソネーロ」(イタリア語で「赤と黒」の意味)。ミランと長谷川の公式SNSでは早速、ユニフォーム姿がお披露目された。新背番号は「4」。イタリアでも複数のメディアが長谷川の加入を報じており、話題となっているようだ。長谷川がTwitterで、「Ciao à tutti i tifosi rossoneri(ミランファンの皆さん、こんにちは)」と、イタリア語のメッセージに赤と黒のハートマークを添えてミラニスタ(ミランのファン)にメッセージを送ると、続々と歓迎のコメントが届いていた。
【海外挑戦への決意】
海外挑戦は、昔からの夢だったという。小学生の頃は女子サッカー大国アメリカに憧れ、作文に「いつかアメリカでプレーしたい」と夢を綴っていたという。だが、代表などで海外経験を重ねるうち、その気持ちは変化していった。
「(年が)上になるにつれて、対戦する中でもアメリカよりもヨーロッパでプレーしたい、と思うようになりました。ここ数年、ヨーロッパが女子サッカーにさらに力を入れていることもあって、この数年はずっと、ヨーロッパに行きたいと思っていました」
長谷川の身長は157cm。国内でも小柄で、海外勢との対戦では一際小さく見える。だが、その頭脳はアイデアに溢れ、柔軟な判断力を持ち、それらを形にできる高いテクニックやスキルもある。
屈強な選手たちの中で、小柄な長谷川はそれらの強みを生かし、輝くことができるだろうか。
中学生でベレーザの下部組織メニーナに入団した時の身長は126cm、体重は30kgにも満たないほど華奢だったという。だが、人一倍広い視野と技術があったことを、セレクションに立ち会った寺谷真弓氏(現東京ヴェルディアカデミーダイレクター)は以前、話してくれた。
メニーナでは中学生の頃から高校生と一緒に練習し、年代別代表には飛び級で選ばれて国際経験を重ねながら、自分よりも年上の大柄な相手に「いかにして勝つか」ということを日常的に考え続けた。そうした経験が血肉となり、長谷川のプレースタイルを形作ってきた。そして、ベレーザでは2015年からのリーグ5連覇を支えた。
また、18年から指揮を執ってきた永田雅人監督(今季はヘッドコーチ)の下で、それまで感覚的に置いていたボールの位置やポジショニングを理論的に組み立て、再現できるようになったことも転機となった。
元々、長谷川にとってポジションは、「あってないようなもの」。だが、プレーエリアは主戦場としていたトップ下やサイドに加えて、トップやボランチまでカバーするようになった。周囲とのコンビネーションに加え、スピードに乗ったドリブルや、一発で相手の背後をとるロングフィード、GKの頭上を越す鮮やかなロングシュートなど、個で打開するシーンが国内では増えた。
一方、代表では、強豪国との間に簡単に埋められない差があることも体感してきたという。14年のU-17W杯で世界一になり、16年のU-20W杯も優勝候補だったが、強豪国の身体能力の急激な向上を痛感させられ、3位で涙を呑んだ。フル代表には17年から選ばれており、アジアではタイトルを獲得してきたが、昨夏のW杯はベスト16で敗退。海外挑戦の決意は、より固くなった。
「国際マッチで外国人選手と対戦した時に、(国内リーグとは)足の伸び方などが違うので、そういう感覚を日常から経験できる環境はいいと思うし、そういう感覚を持った選手が代表に少しでも多くいることで、代表の試合(内容)も変わってくる気がしています。海外に行けばいい、というわけではないと思いますが、日本と海外での両方のプレーを経験できたら、代表にもプラスになると考えています」
ミラン側も長谷川の長所を最大限に生かせるポジションを提示している。
「(ガンツ)監督からは、中盤や前線の中央でのプレーを求められています。自分の得意としているところを求めてくれていることも(移籍の)決め手でした。そこ(のポジション)で勝負したいと思っています。巧さだったり、一つタメを作れるところは日本人の良さだと思うし、自分の特徴でもあります。ミランは縦に早いスピードで攻撃することが多いので、そこをうまくコントロールしながら、アクセントをつける中で相手の逆を取るプレーや、決定的なパス、ゴールを狙う姿勢など、他の選手とは違うプレーで攻撃を活性化したいと思っています」
ミランでキャプテンマークを巻くバレンティナ・ジャチンティは、イタリア代表でも活躍するFWだ。ここまで10得点でセリエAの得点ランク3位につけており、長谷川とのホットラインに期待がかかる。
ベレーザでは昨年からプロ契約に切り替わっていたため、プロ生活への順応には苦労しないだろう。イタリアは食事も美味しい。一方、言葉の壁を乗り越えるのは容易ではなさそうだ。ミランはイタリア人選手の他に、ドイツ、イングランド、フランス、オランダ、スペイン、デンマーク、スロバキア、スロベニア、スコットランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、南アフリカと、長谷川以外に12カ国の選手が所属している。イタリア語だけでなく、英語でのコミュニケーション力も求められそうだ。
だが、長谷川はそうしたことも楽しみながら乗り越えていくのではないだろうか。ピッチ上では、ベレーザでも代表でも、自分の主張や見解を臆することなく伝えてきた。大舞台に動じない強心臓とポジティブな性格は、言葉の壁を越える助けになるかもしれない。
【日本人対決は実現するか】
セリエAでは現在、サンマリノ(現時点10位)のMF國澤志乃と、サッスオーロ(同3位)のMF三橋眞奈の2名がプレーしており、日本人選手対決は楽しみだ。
ミランは次戦、2月7日にホームで國澤のサンマリノと対戦する(試合は現地時間20:30キックオフ)。
イタリアで2シーズン目となる國澤は、「長谷川選手のようにドリブルができて、周りを使ってワンタッチ、ツータッチでもはがせる状況判断の優れた選手が(セリエAには)ほとんどいないので、変化をもたらすことができるのではないかと思います」と語り、ミランとの対戦を楽しみにしているようだった。
國澤によると、セリエAは全体的にパスを繋ごうとするチームが多く、スピードのある選手が多い反面、日本に比べると相手のプレーが予測しやすいという。
一方、日本とは明らかに異なる面について、こう指摘している。
「リーチが長くて切り返す際の幅が広く、予測できてもついていけないことがあります。ボールを奪いにくる勢いは日本よりかなり強くて、脚のアザが絶えません」
イタリアに限らず、スペインやドイツでも、守備はファウル覚悟で止めに行くことが多いと聞く。勢いがついてしまい、止まれないこともあるだろう。ボールを離した後に、スライディングされた選手が痛がってのたうち回るという、なでしこリーグではあまり見かけない場面もある。ケガをするリスクは、日本よりも確実に高いだろう。だが、長谷川は、そうした“激しさ”を歓迎している。
「特にイタリアは、日本と違うスピード感で深くタックルに来るので、(相手の)逆を取りやすい部分もあります。そこでボールを取られるか取られないかは(日本と)大きく変わってくると思うので、足の出し方やタックルの深さに慣れることが、最初の課題かなと思っています」
サンマリノ戦に長谷川が出場できるかは現時点で不明だが、日本人対決について聞くと、「自分自身、海外が初ということもあって、日本人の選手と試合ができることは楽しみです」と、声を弾ませた。
試合のライブ配信はなさそうだが、試合後にYouTubeなどでフルマッチがアップされることがあるという。
セリエAは残すところ10節。クラブの大きな期待に応え、クラブ初のスクデット(セリエA優勝)をもたらすことができるか。新天地でも魅力的なプレーで見る者を楽しませ、カルチョの国の目の肥えたファンやサポーターを沸かせる姿が見られることを願っている。