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配球チャートや投手の映像の分析を間違っていないか【落合博満の視点vol.10】

横尾弘一野球ジャーナリスト
昨夏の都市対抗決勝で始球式を務めたあと、記者と懇談する落合博満。

 メジャー・リーグでは、ヒューストン・アストロズのサイン盗みに関する調査の結果、A.J.ヒンチ監督とジェフ・ルノーGMが解雇されるなど、今オフ最大の問題として関心を集めている。電子機器の発達により、野球界では戦術面に限らず、技術的な部分でも様々な映像が撮影され、多くのデータが集積されている。そうした傾向に「データが豊富になるのはいいが、自分の頭で考える力が弱くなったら本末転倒だ」と、落合博満は警鐘を鳴らす。

「先乗りスコアラーが集めてくる配球のチャートが、すべて有効なデータだと仮定しよう。選手はそれを完璧に頭に叩き込んで打席に立つ。カウント2ボール1ストライクでは、高い確率で真ん中から外角寄りにストレートが来るという。そのことを信じて打ちにいったら、本当に外角寄りのストレートだ。では、そのボールをホームランやヒットにできる技術は持っているのか。最近の選手たちに、そう問いかけたい」

 現役時代の落合は、データよりも自分が打席に立って感じたことが重要だと考えていた。そして、20年間の現役生活で立った9257打席に関して、配球、打ったボール、その結果はほとんど頭に入っていたという。

「引退してしばらくは、取材で聞かれてもスラスラと答えられたが、さすがに20年も経つと記憶が曖昧になった部分も少なくない。そういう時、すべて頭の中に入れていたデータをノートに書き残しておけばよかったと後悔する。私の時代は頭で覚えていたから、記憶力がよく、数字に強い選手、いわゆる“野球頭のいい選手”が大成すると言われていた」

 それに対して、情報化社会の昨今は、スコアラーに頼んでおけば、どんなデータでも揃えてもらえる。

 あるプロ球団で、こんな笑い話がある。新人投手が先発してくるということで、簡単なミーティングがあった。スコアラーがストレートのほかに3つの球種を持っていると説明し、「カーブはストレートとの速度差が大きく、タイミングが取り辛い。スライダーは打者の手元で鋭く曲がり、打ってもゴロにしかならない。フォークボールには落差があり、狙っていくボールではない」と解説した。「ストレートはどうだ」と打撃コーチが聞くと、「140キロ台後半をコンスタントにマークする、新人離れしたストレートです」と返され、「それじゃ、打てるボールがないじゃないか」となったという。

 ただ、最近の若い選手はこういう部分に関しては素直で、スコアラーが提示したデータを丸ごと頭に入れようとする。データを扱う際に一番大切なのは、そのデータを丸暗記することではなく、自分にとっての使い道を考え抜くことだろう。

「こういう傾向がある、と頭に入れるだけでなく、そのデータの中で、自分が打っていいボール、手を出してはいけないボールを見極めることが肝要だ」

 そう指摘する落合は、「バッティングの感性を養うためには、スコアラーが作ってくれたチャートを試合後に自分でチェックする習慣をつけておくべきだ」という。

「どんなに優秀なスコアラーでも、バックネット裏の観客席から観ているのでは、球審と捕手の背中に隠れて正確な球種やコースを記していくのは不可能だろう。だからこそ、試合後には自分の打席のチャートをつぶさにチェックし、自分が思うのと違った球種やコースがあれば修正しておく。私も現役時代は、必ず試合後には自分のチャートをチェックし、誤りがあれば修正しておいた。試合後にチャートをチェックするのを習慣化すれば、しっかり配球を覚えておかなければいけないと思うし、それは自分のバッティングを真剣に考える動機になるはずだ」

選手には見せないほうがいい映像もある

 また、特にアマチュアでは大事な試合の直前になると、先発が予想される相手投手の映像を穴が開くほど見るという。これに関しても、見ていいものといけないものがある。その投手の投球であっても、他のチームに投げている映像では思い通りの成果はあまり期待できない。他のチームと自分のチームでは、配球などが異なるからだ。

 監督時代の落合は、相手の先発投手の対策を練る時、他のチームに投げているデータは一切見なかった。スコアラーに頼んで、中日戦での投球映像を出してもらい、それを自分の印象と合わせて傾向を分析したという。

「アマチュアは、プロのように同じ投手と何度も対戦するわけではない。分析したい投手の映像も限られてくると思うけど、他のチームに投げているその投手よりは、その投手と似ているタイプが自分のチームに投げている映像の方が、攻め方に関しては参考になる。その投手が他のチームに投げている映像は、監督やコーチがチェックしておくくらいにして、選手には見せないほうがいいかもしれないね」

 そうやって、最近の若い選手には余分なデータを与えず、自分で考える習慣をつけさせることも大切だ、という落合はこう結ぶ。

「打者にとってバットを振り込むのと同じくらい大切なのは、『この投手は、自分に対してこう攻めてくる』という傾向を知ることなのだ」

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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