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2020へ一直線のクライミング界でボルダリング日本一の石松大晟が描く夢[クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
今年1月のボルダリング・ジャパンカップ決勝より。筆者撮影

五輪強化選手になって生まれた欲と現実の狭間で。夢を実現させた石松が次に目指すもの

「欲はちょっと出てきました。だけど、いろいろありすぎて……」

 4月から五輪強化A代表になった石松大晟(たいせい)に、東京五輪に向けた心境の変化を訊ねると、そこまで答えて言葉が止まる。しばらく黙考を続けた彼は、ようやく自分の気持ちにフィットする言葉を見つけたのか、ふたたび語り始めた。

「そもそも、まだ1年しかワールドカップ(以下W杯)に出ていないのにっていう気持ちがあります。高校生の頃からW杯を目標にやってきたから、もっとW杯を全力で楽しみたいし、勝負したい。世界選手権とか東京五輪とかのために、それを脇には置けないっていう想いも心の中にはあるんです。だから、まだ迷っています」

 石松は昨年、高校時代から憧れてきたW杯ボルダリングに初めてフル参戦し、「もっとここで活躍したい」という想いを強めた。そして、今シーズンのW杯出場権がかかった1月のボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)で、高い集中力とパフォーマンスを発揮して初優勝を飾り、W杯ボルダリングへの道を切り拓いた。

W杯代表選考を兼ねたボルダリング公式戦で初めて日本一の座を射止めた石松。筆者撮影
W杯代表選考を兼ねたボルダリング公式戦で初めて日本一の座を射止めた石松。筆者撮影

「優勝した時は、『これでW杯に全戦出られる。うれしい!』って気持ちだけだったんです。でも、その後のスピード・ジャパンカップ(以下JC)でいい順位が出て、リードJCのときは五輪強化入りを完全に意識していました。五輪強化選手に選ばれると、海外での国際大会の遠征費が協会から出るので」

 2月のスピードJCで11位、3月のリードJCで32位となり、3種目の順位から算出する総合ポイントが、五輪強化S代表をのぞいたなかで3番目の成績になり、五輪強化A代表になった。だが、そこは迷路の入口でもあった。

3月中旬は勤務するジムで開催された『THE NORTH FACE CUP』に参戦。準決勝のセッションを楽しんだ後、「ホームだから決勝に行きたかったですね」と少し悔しさをにじませた。筆者撮影
3月中旬は勤務するジムで開催された『THE NORTH FACE CUP』に参戦。準決勝のセッションを楽しんだ後、「ホームだから決勝に行きたかったですね」と少し悔しさをにじませた。筆者撮影

 今年のスポーツクライミング界は、来年に迫った東京五輪に向かうベクトルが強い。8月に東京・八王子で行われる『世界選手権』のコンバインド種目には五輪出場権がかかる。5月25日・26日にはその戦いに挑む選手を決める『コンバインドJC』が、愛媛県西条市で行われる。

 日本山岳・スポーツクライミング協会はW杯シーズンも世界選手権の代表選考のひとつに位置づけ、選手は否応なく東京五輪や世界選手権を意識せざるを得ない状況がつくられている。

 今季最大の目標を世界選手権での五輪出場権獲得にしている五輪強化S代表の楢崎智亜は、W杯ボルダリングの出場は開幕戦と中国での第3、第4戦のみを予定している。これは目標達成のためにはW杯よりも優先するべきトレーニングがあるということだ。

『THE NORTH FACE CUP2019』の準決勝後、多くの人がサインを求めて石松を囲んだ。「サインを頼まれることはあったけど、あんなに多くの人は初めてでびっくりしました」。筆者撮影
『THE NORTH FACE CUP2019』の準決勝後、多くの人がサインを求めて石松を囲んだ。「サインを頼まれることはあったけど、あんなに多くの人は初めてでびっくりしました」。筆者撮影

 石松もW杯を優先すれば、5月のコンバインドJCへの準備期間が短くなることを理解している。それでもW杯に後ろ髪を引かれるのは、高校時代からの想いに加え、時間的制約という現実が横たわっているからだ。

「仕事をしながら3種目やることが、ネックになっています。ボルダー1本でさえ時間的にきついのに、3種目っていうのは……。なかでもリードが難しいですね。

 リードJCの前に重点的にリードの練習をして、調子もよかったのに狙った成績は出せなくて。リードの大会の経験数が少ないから緊張もしたし、それで力が入ってパンプが早まったのもあると思うんです。

 それをここから高めるには、やっぱり時間が圧倒的に足りない。中途半端にそれをやると、ボルダリングまでダメになりそうな気がするんですよね」

朝9時前に勤務するジムに到着し、客のいないクライミングウォールで黙々と課題に取り組んでいく。筆者撮影
朝9時前に勤務するジムに到着し、客のいないクライミングウォールで黙々と課題に取り組んでいく。筆者撮影

 普段は『クライムパーク ベースキャンプ入間店』で働く石松にとって、トレーニングできる時間は限られている。取材をした日も開店前の朝8時半過ぎにジムに到着し、登りこみながらトレーニングに没頭。昼過ぎから取材を受け、14時から閉店までは勤務についた。

 W杯が始まれば海外遠征に送り出してもらえるが、国内にいるときは勤務に入らなければならない。ボルダリングのほかに、リードとスピードの練習時間をつくることは厳しい環境にいる。

取材日の朝練メニューは、ジム課題が新たにセットされた直後だったため、石松は初段から2段までの課題を少ないトライでひと通り登っていった。筆者撮影
取材日の朝練メニューは、ジム課題が新たにセットされた直後だったため、石松は初段から2段までの課題を少ないトライでひと通り登っていった。筆者撮影

 それでも石松は4月からのW杯シーズンの実践のなかで自らを高める方法も模索している。スピードJCの予選で7秒977の自己ベストを記録したことが「大きかった」と言う。

「スピードJCの2日前に練習して、前日は雪のなかで昭島に行って動きを確認して。それしか練習してないのに、去年のコンバインドJC以来のスピードでびっくりするタイムが出た。ちゃんと練習を積めばもっとタイムが出せる可能性が見えてきたから本当はもっと練習したい。代表に入ると月4回くらいスピード練習会に参加できるんですけど、いつも仕事と被って出られないんですね。だから、今年はW杯でスピードに出て、実践経験を積むのも楽しみなんです」

 

 W杯ボルダリングと併催されるスピード3大会すべてにエントリー予定だが、コンバインドJCに向けての意気込みを訊ねると、「付け焼き刃じゃ厳しいですよ」と冷静に見ている。ただ、だからといって、石松は世界選手権の出場そのものを諦めているわけではない。

2月のスピードJCの予選1本目、1年ぶりのスピードだったが8秒065の自己ベストを記録。続く2本目では記録をさらに伸ばして7秒台に突入した。筆者撮影
2月のスピードJCの予選1本目、1年ぶりのスピードだったが8秒065の自己ベストを記録。続く2本目では記録をさらに伸ばして7秒台に突入した。筆者撮影

世界選手権への派遣選手を目指して挑むW杯ボルダリング

 世界選手権への派遣選手は、コンバインド種目の場合は五輪強化S代表なら5月のコンバインドJCで決勝8名に残れば決定する。これは協会の公開資料を額面通りに捉えれば、S代表であっても決勝に残れなければ派遣を見送るということでもある。

 S代表以外の選手たちは、派遣が決定したS代表をのぞいたなかから、最上位の選手から国別枠の数だけ選出される。

 単種目の派遣選手は、W杯ミュンヘン大会までに3位以上の成績を残した選手のなかから、最も成績のよい1名が派遣される。

 そして、この3つ目こそが石松が狙っているものだ。

「まずはボルダリング単種目での代表を狙う気持ちが強いです。去年のW杯は楽しむつもりで臨んでいたけれど、今年は楽しむ気持ちを持ちながらも、しっかりと決勝進出を狙っていきたいと思っています。今シーズンはここまで狙い通りの成績が出せているんで自信はあります」

 そのなかで石松が重視しているのが、開幕戦のスイス・マイリンゲン大会。

「去年初めてシーズン通じてW杯を戦って、調整の難しさがよくわかったんです。大会が終わると次の大会に向けて移動したり、日本に一度戻ってきてまた海外に向かったりで、そのなかで一度調子を落としちゃうと取り戻すのは厳しいなって。

 だけど、開幕戦のマイリンゲンだけは、この大会に向けてしっかりと調整する時間があるんで。今年はBJCで照準を合わせて調整し、そこで結果を出すことができた。それが自信になっているので、マイリンゲンも優勝を狙っていきたいと思っています」

今季のW杯ボルダリング日程

4月5日・6日  スイス・マイリンゲン

4月12日〜14日 ロシア・モスクワ(※)

4月26日〜28日 中国・重慶(※)

5月3日〜5日  中国・呉江(※)

5月18日・19日 ドイツ・ミュンヘン

6月7日・8日  アメリカ・ベイル

※はW杯スピードも併催。

 2017年にミュンヘン大会で3位になったことのある石松だが、昨シーズンは一度も決勝に進めなかった。その原因もしっかりと見つめ直し、今年の躍進につなげる準備をしてきた。

「去年は遠征中に筋トレをしなかったんです。日本にいるときは吊り輪を使っていたので、海外に行くとそれができる環境がなくて。そういうのも原因かなと考えて、どこでもできる腕立て伏せや懸垂、スクワットなどのメニューに変えた。今年はそれを海外でも続けようと思っています」

BJC2019より。石松のクライミングの特長のひとつが、体とクライミングウォールの間にスペースをつくる上手さ。この能力が高いことで、他の選手が苦労する高い位置への足置きもあっさりクリアする。筆者撮影
BJC2019より。石松のクライミングの特長のひとつが、体とクライミングウォールの間にスペースをつくる上手さ。この能力が高いことで、他の選手が苦労する高い位置への足置きもあっさりクリアする。筆者撮影

 昨年のW杯シーズンはマントルを返す動きなどのクライミングの基本的なパワーとテクニックを求める課題が頻出し、石松はそれに苦戦することも少なくなかったが、「そこも強化してきた」と自信を漲らせる。そのうえで石松は今季の上位進出のポイントに、『ムーブ読解力』と『柔軟な思考』をあげる。

「ボクが登れないときは、ムーブが読めてないことが多いんですね。課題をパッと見て、ムーブが浮かぶときは登れるんだけど、わからないと全然ダメ。しかも、ムーブがわからないのに、ひとつのやり方にこだわって、ただただトライしていた。

 だけど、今年のBJCでは準決勝の第3課題や、決勝の1課題目や3課題目は、ムーブが読みづらいなかで、オブザベの時とは違う登り方を試す余裕があって。限られた時間のなかで、いろんなムーブ試す気持ちの切り替え方というか、登れないなら登れないなりの対応の仕方の糸口が見えた。あのBJCでの感覚はまだ残っているので、W杯でもそれを出していければ結果に表れると思っています」

BJC決勝戦で暫定トップで他の選手の競技終了を待っていた石松の優勝が確定した瞬間の一枚。「全然信じられなかったし、実感もなかったですね」と振り返る。筆者撮影
BJC決勝戦で暫定トップで他の選手の競技終了を待っていた石松の優勝が確定した瞬間の一枚。「全然信じられなかったし、実感もなかったですね」と振り返る。筆者撮影

 石松の勤務開始時刻が迫ってきたなかで、今シーズンの目標を訊ねた。しばらく考えを巡らせた石松は、言葉を選びながらゆっくりと話していく。

「五輪強化選手にならなかったら、スピードもリードも練習しようという気にさえならなかったと思うんです。でも、やっぱりBJCに優勝できて、次の夢はなんだろうと考えたときに最初に浮かんだのがワールドカップの優勝でした」

 4月2日、日本代表選手たちはW杯ボルダリング開幕戦の地であるスイス・マイリンゲンに向けて機上の人になった。石松が帰国するのはロシア大会後。次なる夢を実現させたとき、石松はさらなる夢として、どんな絵を描くのだろうか―――。

筆者撮影
筆者撮影

いしまつ・たいせい

1996年12月6日生まれ、熊本県出身。

身長 173cm/体重62kg

W杯ボルダリングには2016年ドイツ・ミュンヘン大会でデビュー(18位)

翌年のW杯ミュンヘンで、自身3戦目のW杯で3位となり表彰台に立った。

自身7度目のボルダリング・ジャパンカップは昨年に続き2年連続で決勝に進んで初優勝。

無料視聴できるIFSCチャンネルの'W杯ボルダリング2019はこちら

マイリンゲン大会準決勝

マイリンゲン大会ファイナル

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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