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ドウェイン・ジョンソンの大地震映画、公開延期(中止)のギリギリな判断

斉藤博昭映画ジャーナリスト

地震、津波の描写への配慮

5月30日に日本で公開予定だった、ドウェイン・ジョンソン主演の『カリフォルニア・ダウン』は、配給のワーナー・ブラザース映画から公開延期が発表された。延期とはいっても、このまま公開は「中止」になる可能性もある。

この映画は、カリフォルニアで起きた巨大地震を背景に、ドウェイン演じるカリスマ的レスキュー隊員の超人的活躍を描くパニックアクション大作。ドウェイン主演だから、ある意味、分かりやすいエンターテインメントでもある。

公開延期の理由は、地震や津波の映像が衝撃的だから、と考えていいだろう。ただ、本作にそのような映像が出てくるのは、もともと分かっていたことであるし、東日本大震災から4年以上が経過した現在、このタイミングで上映延期を決めたことは、ギリギリまで各方面の意見を聞いたワーナー側の、舞台裏での苦心が想像される。ちなみにネパールでの大地震は今回の公開延期には無関係と考えられる。その場合、対応にもう少し時間がかかるからだ。

ワーナー・ブラザース映画は、東日本大震災の際に、上映中の『ヒア アフター』を公開中止にした経験がある。2011年2月19日から日本で公開されていた同作は、劇中に巨大な津波が出てくることから、3月11日の震災を受け、同14日に劇場での上映が打ち切られた。同作はDVD発売の際にも注意書きが入れられるなど、配慮がなされた。

同じく、東日本大震災後、3月26日に公開予定の『唐山大地震』も公開中止になった。これはさすがに時期と内容を総合的に考えると、仕方のない対処だった。『唐山大地震』は結局、今年の3月にようやく日本で劇場公開。地震の映像を多少でも冷静に観られるまでに、4年という時間が必要だったのかもしれない。昨年6月には、明らかに津波を連想させる衝撃シーンがある『ノア 約束の舟』も問題なく公開された。これも震災直後だったら、公開が危ぶまれたはずだ。

『カリフォルニア・ダウン』も、時期としては公開に問題ないと考えられたのだが…。

最近の公開延期のさまざまな例は…

映画の上映延期・中止に関しては、つねにさまざまな意見が交わされる。現実と映画の内容は別物であり、ネガティヴな「自粛」と受け止められる場合もある。そして公開を楽しみにしていた観客を落胆させる。地震や津波の映像を観たくない人は、『カリフォルニア・ダウン』をハナから無視するはずだから。

いっぽうで、公開に反対する声が強くなると、劇場で対応できない不測の事態が起こる可能性を考えなくてはならない。

こうした上映中止騒動の典型的な例が、昨年末の『ザ・インタビュー』だ。北朝鮮の第一書記を暗殺するコメディで、本作が原因でソニー・ピクチャーズがサイバー攻撃を受けたとされ、世界を騒がせたのは記憶に新しい。ソニーは一旦、劇場公開中止を決定するも、結局、「表現の自由」を訴える声がふくれ上がり、当初の規模は縮小されたものの予定どおり公開された。

では日本では、表現の自由によって、公開が危ぶまれた作品が息を吹き返すケースがあるのか…と考えると、答えは「ノー」である。

以下、いくつかの最近の例を挙げてみる。

2008年『靖国 YASUKUNI

靖国神社の日常や、「ご神体は日本刀」に基づいて、現役最後の刀匠を追った、中国人監督によるドキュメンタリー。国会議員が「検閲」ともとられかねない試写会を要請し、上映される劇場に街宣車が現れるなど、社会的な問題となり、配給元は上映を断念した。「靖国」を映画で描くことをタブーと考える人々は、確実に多く存在する。

2010年『ザ・コーヴ

和歌山県太地町のイルカ漁を、血に染まる入り江など残虐な光景も盛り込んで描き、地元民や漁協からの大反発を受けつつも、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。作品の方向性を含め、賛否両論は激しくなり、市民団体による抗議にまで発展。劇場は次々と上映中止を決めた。

2014年『アンブロークン

これは「上映中止」ではなく、『ザ・インタビュー』と同じく、日本での公開が敬遠された例(アンジェリーナ・ジョリーの監督作であり、いくつかの賞レースにも絡んでいたので通常なら日本でも公開されるパターンの作品であった。)。第二次大戦で日本軍の捕虜となったルイス・ザンベリーニの人生を映画化。日本兵による残虐な拷問シーンがあるほか、原作には日本兵の人肉食の描写があり、完成前からネットなどで日本での上映阻止の声が上がっていた(映画には人肉食の描写はない)。

過去の有名なエピソードでは、

1977年の『ブラック・サンデー』の例がある。ベトナム戦争で捕虜になった米兵が、アラブのテロリストと結託し、スーパーボウルのスタジアムで大量の観客を殺害しようとするこの映画は、日本で映画館爆破の脅迫があり、公開直前で中止が決定された。その後、伝説の未公開作となり、日本では2006年までスクリーンで上映されることはなかった。

エンタメ作品への判断の難しさと、自己防衛への危惧

以上を振り返ると、今回の『カリフォルニア・ダウン』のようなケースは、社会を騒がせるほどのものではない。とはいえ、このままパニックアクション映画が上映自粛になっていく傾向ができるとしたら、それはそれで残念だ。

ここ数年、表現の自由と、「何か抗議される前の過剰な自己防衛」が、論議を呼び起こしている。人々に「見せないべき」と決める基準をどこに置くかは、今後もさまざまな作品で意見が交わされることだろう。

ただ、自己防衛がどんどん過剰になる社会は健全とは言えない。「見たくない」ものからも、目をそらさず、見てから判断する。その自由が制限されていく事態だけは、避けなくてはならない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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