“安全安心”五輪中に、菅首相の“毒”もエンタメで届ける映画公開。「主張を入れず事実を提示した」と監督
日本で、現在の総理大臣に関するドキュメンタリー映画を作って公開する。
それだけでも、異例中の異例。
しかもそんな政治的題材なのに、観始めたらエンタメのように面白がってしまう……。
『パンケーキを毒見する』(7/30公開)は、日本の第99代内閣総理大臣、菅義偉のドキュメンタリーで、タイトルからして“甘さ”と“毒”を予感させる。
たび重なる緊急事態宣言の発令、オリンピックの開催など、総理大臣の判断と発言が、これほど重要な時期もない。しかし当の総理大臣は、説明に曖昧な表現が多く、つねにどこか目はうつろ。国民の心にアピールする力は明らかに足りていない。しかも国会、および記者会見の答弁では、あらかじめ決まった質問に、用意された原稿を読み上げるのが、ほとんど。東京オリンピックの開会式でも、明らかに“心ここにあらず”の対応が、ネットで批判の的になったりもしている。
これが、一国のリーダーで大丈夫なの?という疑問は誰でも抱きつつ、たしかにこの状況、ドキュメンタリーにするには「意味」がありそうだ。
この国会の現状、改めて見せられると…
とはいえ、菅首相の密着ドキュメンタリーではなく、首相自身が本作のカメラに向かって語りかけるシーンはない。さすがに現・総理大臣への取材は不可能であった。しかし、ネタは「宝庫」。同じ自由民主党の石破茂や村上誠一郎、立憲民主党の江田憲司、日本共産党の小池晃、その他、多くの関係者が取材に応じ、菅政権の本質や、政治家として、そして人としての素顔をあぶり出す。超ブラックなアニメーションも使い、菅政権だけでなく、現在の日本の政治への疑問(ダメっぷり?)を伝える。中でも普段のニュースだけではわからない、国会のグダグダ感など、改めて見せられると、これはもうコメディのレベル。笑うしかない。
「がちがちのドキュメンタリースタイルにしないというのは、最初から決めていました。多くの人に楽しんでもらうため、政治を笑って見せることはできないだろうか。そのアプローチで、政治に関心をもつ人の裾野を広げたいと思ったのです」
そう語るのは、本作の内山雄人監督。政治を扱うドキュメンタリーは、「今の状況を伝える」という意義がある。その点で驚くべきは、『パンケーキを毒見する』の完成までのスピードだ。菅氏が首相に就任したのは、2020年9月で、そこから一年も経たないうちに、こうして劇場公開を迎えることになった。
「企画を立ち上げたスターサンズ(映画制作会社)の河村光庸プロデューサーは、官房長官時代から菅さんに注目していて、政権を取った際に『この人で何かを描くべき』と感じたようです。そこで何人もの監督に声をかけ、結果的に6〜7人に断られて、僕に話がまわってきました。それが昨年の11月の終わりくらい。その時点で公開は2021年の7月に想定されていました。オリンピックが開催され、秋には衆議院選挙もあると考えられたので、菅さんが首相の座にいる間に完成させる必要があったのです。僕はテレビ出身なので、オンエア日から逆算してどんなものを撮れるかという経験を積んできていますし、こんなチャンスはめったにないと引き受けたのです」
バクチで勝負し、官僚やマスコミを思いのままに
『パンケーキを毒見する』には、2021年6月頭くらいまでの「現実」が盛り込まれており、まさに「時代を映す」即効性を達成している。「1月、2月では、まだ何も撮れていなかった。コロナで今は(撮影するのは)ちょっと……という人も多く、『まったく撮影が進んでいない!』と、夜中に寝汗びっしょりで目が覚めるという経験が何度もありました」と内山監督が語るように、ギリギリの作業が続いたのである。しかし同時に、「このコロナ(のパンデミック)が起きて、みんなの怒りが沸々と湧いている」と、内山監督は「今だからこそ」という部分を強調する。
本作は、学術会議メンバーの任命拒否問題なども絡め、菅義偉という政治家がどのように形成されていったかを、少年時代にまでさかのぼっていく。そこから感じられるのは、大胆な戦略でバクチを打ちつつ、官僚やマスコミをさまざまな手段で自分の思いのままに動かそうとする傾向である。1本のドキュメンタリーにまとめた内山監督は、菅義偉という人間をどう捉えているのだろうか。
「僕はお会いしていないからわかりませんが、おそらく人当たりも含め、おとなしく控えめな、どこにでもいるおじさんの雰囲気があると思います。ただ、取材で聞いた話では、権力欲は強いようで、人望を集めるというタイプではなく、(他人に)施しを与えて何かが返ってくることを繰り返してきたのではないでしょうか。だから、地位が上がるたびに、ちょっと気に入らない人物を排除するのです。人の話を合理的に聞かず、感情的で、大衆が喜ぶようなことを直感的に判断し、そこへ流れていく。合理性のあるプロセスで物事を捉えていないので、自分の言葉で説明できない。いま、100年に一度みたいな危機にある時代に、国のトップにはふさわしくないのでは、と考えます」
監督のこの言葉とともに本作を紹介していくと、なんだか「反政権」の内容と感じられるが、『パンケーキを毒見する』の主眼は、そこではない。菅首相が象徴する、日本の政治全体、そしてその状態を作った有権者へのメッセージだ。本作には政治と向き合う大学生たちも登場しつつ、この国の政治への無関心に、ちょっと恐ろしい何かを感じさせる。選挙に行かない人が一定数以上いることが、むしろ政権には「助かる」と、本作でも強く訴えかけてくる。
日本にとって今がギリギリのタイミングかもしれない
「この10年ちょっとで、為政者や、それを選んだ人たちも含め、日本がどれだけ危機的状況に向かったのか。それを気づかせるうえで、今がギリギリのタイミングだと感じます。そのタイミングで、『やばい、ちょっと選挙に行ってみようか』と1人でも多くの人に感じさせることができたら。映画も含め、そういう目的のメディアが、本当になくなってきた実感があるので、もっと軽いノリで、ゲーム感覚でもいいので、選挙へ行く仕組みを作っていくべきじゃないでしょうか」
その意味で「パンケーキ」を「毒見させる」本作は、われわれ観客の心を口当たりの良さでとろけさせ、政治への関心を無意識に高めることに貢献する。
しかし一方で、「反体制」と受け止められやすい印象で、アニメなど、いい意味での“ふざけた”演出もある本作。政治色、不謹慎な面などで批判を浴びる可能性も高い。内山監督は、そのあたりの炎上への対処も考えているのだろうか。
「政治的に偏った視点ではないし、事実を丁寧に述べているだけなので、炎上するポイントはないはずです。この作品が『一方的に批判している』というのは、おそらく観ていない人でしょう。僕はこの作品で、圧力を受けた当事者への直接の取材などで、一次証言を並べ、自分の主張や評論めいたことは一切入れていません。『さぁ、ここから考えるのは、あなたたちです』と伝えたいだけなのです」
もちろん『パンケーキを毒見する』は、ひとつの表現作品なので、浮かび上がる作り手の主張は、どこかに存在するはずだ。それが何なのか? 本作が赤裸々に開示するいくつものサプライズによって、観た人にその「回答」は託されるのだ。
『パンケーキを毒見する』
7/30(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給:スターサンズ
(c) 2021『パンケーキを毒見する』製作委員会