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子育てのネガティブイメージを超えて:少子化時代の心理学と「みんなで子育て」

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真はイメージ)(写真:アフロ)

< 子育てのネガティブイメージが広がる日本。このままでは、3776年には日本人は絶滅。それでも、子供は私たちの希望だ。大切なことは、「みんなで子育て」だ。>

■Y!ニュース「子育ての『負の印象』根源は」

「『育児は女性がする』という考えがまだ根強い日本だと、出産は女性にリスクが高い。産みたい理由と産まない理由を並べても、現代では産むことにマイナス面が大きいと思います」〜「子どもが欲しいと思って調べても、待機児童や女性のキャリアとか、知れば知るほど不安になるんです。情報を集めても楽にはならないのかなって。『知らない方が良かった』って思うこともあります」

出典:【平成家族】「子どもを産みたい」のに、踏み出せない 子育てのネガティブイメージ、広がる背景:朝日新聞テジタル7/4Y!

■子供を産む産まない

結婚するのもしないのも、子供を産むのも産まないのも、完全に個人の自由です。結婚してもしなくても、子供を産んでも産まなくても、人は幸せになります。

ただ、もしも日本人みんなが子供を産まなくなれば、日本人は絶滅危惧種。現在の出生率で計算しても、100年後の日本の人口は4,286万人。そして単純計算によれば、3776年8月14日に日本人は消滅します(日本の子ども人口時計)。

産む産まないは個人の自由ですが、少子化は大きな社会問題でもあるでしょう。

少子化の原因としては、晩婚化、未婚率上昇、誤った固定的性役割(「子育ては女の仕事」など)、核家族化や都市化などによる仕事と子育ての両立困難、育児支援政策の遅れなどがあるでしょうが、その背景にあるのは、私たち個人の結婚観、出産子育て観の変化でしょう。出産、子育てに、ネガティブイメージを持つ人が増えています。

■弱者としての子持ち

社会の中で乳幼児を育てる、幼い子を連れて街に出るということは、どんなに親が若くて体力があっても、また社会的地位や財力があっても、「弱者」になるということです。

子供は熱さ寒さに弱く、気を使わなければなりません。大人なら我慢できる電車内の不快感も、赤ん坊は我慢できませんから大きな声で泣き出すこともあります。飛行機が乗っている間、ずっと幼い子供を静かにさせておくことは一苦労です。小さな子供の手を引いて横断歩道を渡れば、横断途中で信号が点滅し始めます。これは、大変なことです。

幼子を連れて困っている時に、周囲に無視されたり、嫌な顔などされたら、本当に辛いでしょう。

でも同時に、こんな時に優しい声をかけてくれる人がいて、そうすれば、今まで経験したことがない人の優しさも味わえるのですが。

■仕事と子育ての両立

昭和55年当時、共働き世帯は600万世帯ほど、専業主婦世帯は1,100万世帯ほどですが、ところが現在ではこれが逆転しています。共働き世帯が1,100万を超え、専業主婦世帯が600万ほどです。

総務省統計局の「労働力調査(基本集計)」の2016年平均の結果によると、夫だけが働く世帯は26.4%だけでした。

さらに、昔なら主婦パート従業員は、子供のことで休むことが許されていました。今は、そんなに簡単ではありません。ましてやフルタイムで働いていればなおさらです。

古い固定的性役割で、「子育ては女の仕事」と人々が考えれば、父親が子供のことで会社を休むことは難しく、一方現代の母親も会社を休みにくいとなれば、祖父母のいない共働き家庭での子育てはとても大変でしょう。

お父さんが残業で遅く帰れば「ああ、疲れた」とソファーに坐りこめても、お母さんが残業で遅くなれば「ごめんね、遅くなって。今すぐご飯作るからね」などと語る家庭は、現代でも少なくないでしょう。

■子育てのトレーニング

大昔の子供たちは、鍛えられていました。サラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さんは、近代社会になってからで、昔は家族総出で働いています。子供たちも、薪拾いや水汲み、風呂焚きや子守に駆り出されていました。戦後になっても、特に女の子たちは、学校の勉強もしなければならないし、家事や子守もしなければならないし、苦労している子供たちが大勢いました。赤ん坊を背負って登校する子供もいました。

そうでなくても、周囲に子供がたくさんいた時代は、多くの子供たちが赤ん坊に触れる機会がありました。こうして、人は少しずつ子育てのトレーニングをしてきたのでしょう。自分が出産子育てをする時には、自信を持って母になることもできたのでしょう。また大家族で、子育ての協力者も多かったでしょう。

ところが、今はそんなことはありません。男も女も子供たちは勉強や部活で多くの時間を過ごします。身近に赤ん坊がいないまま、大人になっていく人もいます。そこで中学校などで、ボランティアの人に赤ん坊を連れてきてもらい、赤ん坊と触れるチャンスを作っているほどです。

世の中はどんどん便利になっていきました。昔のように何十キロも歩かなくても良いですし、喉が乾けば自動販売機でジュースが買えます。全自動洗濯機や食器洗い機もできました。

でも、「全自動子育て機」も「インスタント子育て」もありません。昔ながらに、手間がかかり、時間がかかり、思い通りにならない子育てに取り組まなければなりません。

これは、現代人がいきなり大昔の人のように徒歩で旅をするようなもので、大きな負担感を感じて当然でしょう。

それでも、誰でもトレーニングすれば、100キロ歩くことも、マラソンを走ることもできると、トレーナーの皆さんは言いますが。

■子育ての費用と準備と計画

現代は、子育てに多くの費用がかかります。昔のように、ランニングシャツで走り回っている子は見なくなりました。高価なおもちゃを持っていたり、高等教育を受ける子も、多数派になりました。

日本語には、「子供を作る」という言葉がありますが、これは他の言語にはあまりない表現だそうです。「子供を産む」とか「子供を授かる」という言葉ならありますが。

「子供を作る」という表現は、何だかこ工業製品を作るような表現です。たまたま授かったのではなく、工業製品のように作るのであれば、当然事前の準備と計画が求められます。

子供を作るからには、情報を集め、子供にかける多くの時間と労力と経済力を用意しなければならないと、私たちは感じているのかもしれません。それは、出産子育てへの不安とネガティブイメージを増幅させることになるでしょう。準備と計画は確かに必要なことなのですが。

 <参考:『子どもという価値:少子化時代の女性の心理』柏木恵子著 中公新書>

例えば、旅行に出る時に、考えられるアクシデントはたくさんあります。アクシデントの事例を読めば読むほど、怖くもなるでしょう。

ただ、心理学の研究によれば、人は「きっと良いことがある」という「ポジティブ・イリュージョン」を持っているとされています。うつの人は、現実的でネガティブなことばかり考えがちなのですが、健康な人は危険に備えつつも希望を持って、進学や就職や旅行にも行けるのです。

 

■子育てが大変な時代に

子育ては、割りの合わない、リスクの高すぎる「投資」かもしれません。投入した分を、回収できないかもしれません。それでも、人は子供を産み育てます。

アイデンティティ論で有名な発達心理学者エリクソンは、中年男女が健康に生きていくためには、「育てる喜び」を知ることが必要だと述べています。実の子供孫でも、部下や後輩、地域の子供若者でも、育てる喜びを知っている人は、人生を豊かに過ごせます。

SF映画「トゥモロー・ワールド」(2006 ユニバーサル・ピクチャーズ)は、荒廃した近未来世界を描いています。映画の中では、核戦争が起きたわけでもありませんし、ゾンビが出てきたわけでも、宇宙人が攻めてきたわけでもありません。エネルギーが枯渇したわけでもなく、隕石がぶつかってくるわけでもありません。

ただその世界では、理由はわからないのですが、この18年間、子供が一人も生まれなくなりました。人々は希望を失い、世界は荒れていくのです。

現代日本人から、子育てのためなら自己犠牲もいとわないという意識が弱りつつあると指摘する心理学者もいます。でもそれは、個人だけの責任ではなく、社会全体が作り出した個人の意識なのでしょう。

以前にもまして、現代は子育てが大変な時代です。それでも、子供たちは私たちの希望です。「子育ては女の仕事」は、明らかに嘘です。原始時代から、人間はみんなで子育てをしてきました。母一人だけの子育ては物理的に不可能ですし、現代の便利な機械や福祉サービスで母一人の子育てが可能だとしても、一人ぼっちの孤独な子育てでは、心が耐えられません。

行政の支援も、家族メンバーによる支援も、その家族を支える親戚や近所や学校や世間やネットユーザーも含めて、「みんなで子育て」なのでしょう。

子供を産み育てることが喜びと感じられるような、希望だと思えるような、そんな社会を作っていきたいと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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