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“幼保無償化”で便乗値上げが相次ぐなか 札幌の幼稚園はなぜ「親の負担ゼロ」を実現できたのか?

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
写真はイメージです(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

“無償化”で便乗値上げが相次いでいる!

 昨年10月の消費税アップと同時に幼稚園や保育所の保育料を無料にする「幼児教育・保育の無償化」(幼保無償化)が鳴り物入りで始まった。子育て世帯の負担を軽くしようという目的だが、無償化のタイミングで保育料を上げる“便乗値上げ”の問題が新聞・テレビで相次いで取り上げられた。

 10月18日付の朝日新聞では、ある大阪府の私立幼稚園のケースが報じられた。この幼稚園は昨年9月までは保育料が2万8150円で、ここには給食費が含まれ、全額、親が負担していた。10月から幼保無償化が始まるが、“無償化”といっても公費で負担してもらえるのは上限2万5700円と決まっている。公立の幼稚園や認可保育所は自治体が保育料を決めることになるが、一部の私立幼稚園などは各施設が保育料を自由に決められるため、無償となる額を超えた分は親の負担となる。

本当は「負担」はもっと減るはずだったのに…

 朝日新聞が取り上げた大阪府の私立幼稚園は、10月から保育料が無償化の上限いっぱいの2万5700円になり保育料自体は2450円値下げになる一方、給食費として別途5000円加算され、合計3万700円になったという。このうち2万5700円は公費負担になるので、親が払うのは給食費分の5000円だけになる。ただ、幼稚園側は子ども一人あたり2550円の収入増だ。園の理事長は「値上げ分は、施設整備や職員の処遇改善にあてます」と使い道を説明しているという。

 NHKでは兵庫県の保育施設の例が報じられた。ある親は無償化前までは月3万6000円の保育料を払っていた。無償化によって大幅な負担減を期待していたが、施設側は10月から保育料を4万円に値上げすると言ってきたという。同時に延長保育の料金や給食費も大幅に値上げされ、結局、負担軽減は4000円ほどにしかならなかった。NHKが自治体を通じて全国の幼稚園に取材したところ、回答のあったおよそ4000幼稚園のうち、少なくとも1612の園で利用料を値上げすることがわかったという。

無料になるのは実は「保育料」だけだった!

 政府が「無償化、無償化」と喧伝する割には、実は完全無償化ではなく自己負担分が残っているというのも気になる。公費負担で無償になるのはあくまでも保育料部分だけで、通園送迎費(バス代)、行事費、教材費、施設費、給食費などは無償化の対象にならないからだ。そのため、公費によって保育料負担が減るタイミングで、保育料以外の部分を値上げする施設も少なくないという。トータルでは親の負担は減るが、施設への収入は大幅に増える。幼保無償化の恩恵は実は、親よりも施設が受けているようにも見える。

 こうしたなか、保育料はもちろん、バス代、給食費、行事費、教材費などもいっさい取らない文字通り完全無償化を実現しているケースを見つけた。北海道札幌市にあるサンクパール幼稚園だ。ここは、昨年3月までは月額保育料1万6100円のほかに、バス代、行事費、教材費、施設費、給食費、暖房費、除雪費などの名目で年間約14万6000円を徴収していた。それを、新年度になった昨年4月からすべて廃止し、10月からは保育料もタダになって完全無償化を実現させた。

除雪費も暖房費もゼロ円、札幌市にあるサンクパール幼稚園(筆者撮影)
除雪費も暖房費もゼロ円、札幌市にあるサンクパール幼稚園(筆者撮影)

補助金などをやり繰りして「親の負担ゼロ」を実現

 入園時にカバンや体操着などの実費がかかるだけで、以後、親が園に支払う費用はいっさいないというのだ(延長保育代は別)。

 園側の説明では、同園が4月から子ども・子育て支援新制度に基づく施設型給付幼稚園になったことが大きかったという。施設型給付というのは、それまでバラバラだった保育施設への財政支援の仕組みを一本化するというものだ。

 これによって、サンクパール幼稚園の場合は公費からの助成が増えた。子ども・子育て支援新制度で増えた助成金と幼保無償化による収入増をやりくりすることで「親の負担ゼロ」ができたという。同園園長の戸澤郁美さんは、「園によってさまざまな考え方があると思いますが、サンクパール幼稚園の場合は、幼保無償化による恩恵は地域の親御さんたちに還元すべきだとの考えから、『負担ゼロ』という形にさせていただきました。できる限り、これを続けていきたいと思います」と話している。

一部には親の負担が増える「逆転現象」も

 サンクパール幼稚園は園の努力で完全無償化を実現したケースだが、自治体独自の支援策によって事実上、負担ゼロを実現しているところもあるという。だがその一方で、驚いたことに一部の親には負担が増える「逆転現象」も起きている。

 ひとり親を支援する団体「エスクル」が全国のひとり親世帯などを対象に無償化の影響についてアンケートを行ったところ、「トータルの負担額が増えた」と答えた世帯が18.8%に上ったという。負担が増えたのは以前から保育料が免除されていた所得の低い世帯が、保育料以外の給食費や延長保育代が値上げされて負担増になったり、保育料が免除されても新たに給食費が加算されたり、その他の費用の値上げによるケースなどだった。

 実は給食費というのがクセ者で、これまで親の状況によって全額実費負担の場合と、主食のみ実費でおかず代は公費負担が原則というややこしい仕組みになっていた。昨年10月からはこれまでおかず代を払っていなかった親からも実費を徴収することになった。おかず代は「家で子育てしてもかかる費用だから」らしい。幼保無償化で無料になるのは、あくまでも保育料のみということなのだ。さらに面倒なのが、これまで自治体が自主的に進めてきた制度とかみ合わないことなども「逆転現象」の原因になっている。親の年収に応じて手厚い支援をしてきた自治体ほど影響が出ているという。

 いずれにせよ、消費税増税に間に合わせるため急ごしらえでつくった制度だという面は否めないようだ。園の努力によって「親の負担ゼロ」にした施設がある一方、便乗値上げ、逆転現象などもあり、幼保無償化の行末は一筋縄ではいきそうもない。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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