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日歯連迂回献金事件に見る 政業癒着の懲りない体質

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 日本歯科医師連盟による迂回献金事件をめぐり、東京地裁は、22日、無罪を主張していた前副理事長に対し、執行猶予の付いた有罪判決を言い渡した。ただ、背景事情に関する全容解明が進まなかったのは確かだ。

【事案の概要】

 日歯連は、日本歯科医師会を母体とする政治団体だ。

 供給過剰や経営難といった歯科医の実情を踏まえ、診療報酬の引き下げ阻止や引き上げ実現、歯科医の地位向上に向け、政官界に対して様々な陳情を繰り返してきた。

 この事件も、いずれも歯科医で組織が出した候補者だった2名の政治家の関連政治団体に対し、迂回献金によって法定寄附制限額を超える寄附をし、つじつま合わせのために複数の収支報告書に虚偽の記載をした、というものだ。

 彼らの選挙活動資金をねん出した上で上位で当選させ、政権与党内での地位や発言力を増大させるとともに、日歯連の政治的な影響力をも強める狙いがあった。

関係する政治家

(1) 西村正美・前参議院議員(当時民主党・現民進党)

(2) 石井みどり・参議院議員(自民党)

西村事件

・日歯連は、2009年の政権交代を受けて自民党支持から民主党支持に転じた。

・2010年の参院選に民主党公認で比例区から出馬した西村議員は、初当選を果たした。

・日歯連は、その2010年に西村議員の関連政治団体である「西村まさみ中央後援会」に対して5千万円を2回、総額1億円の寄附を行い、年間5千万円までという政治団体間の寄附制限額を超過した。

・にもかかわらず、これを隠ぺいするため、うち5千万円については西村議員が支部長を務めていた「民主党参議院比例区第80総支部」に寄附し、さらに総支部が西村後援会に寄附したかのように装い、日歯連や西村後援会の収支報告書に虚偽の記載をした。

・ただし、寄附制限額違反罪は既に時効が完成しており(時効は同罪で3年、収支報告書の虚偽記載罪で5年)、虚偽記載罪のみでの立件となった。

石井事件

・日歯連は、2012年の政権交代を受けて風見鶏のように再び自民党支持に転じた。

・2013年の参院選に自民党公認で比例区から出馬した石井議員は、医療界最大の得票数で再選を果たした。

・日歯連は、その2013年に石井議員の関連政治団体である「石井みどり中央後援会」に対して5千万円と4500万円の総額9500万円を寄附し、寄附制限額を超過した。

・にもかかわらず、これを隠ぺいすべく、前者については西村後援会に同額を寄附した後、さらに西村後援会が石井後援会に寄附したかのように装い、日歯連や石井後援会の収支報告書に虚偽の記載をした。

・寄附制限額違反罪と虚偽記載罪で立件された。

【なぜトップ3名が立件されたのか】

 2015年10月、東京地検特捜部に逮捕・起訴されたのは、日歯連の元会長、前会長、前副理事長の3名だった。

 このうち、元会長は前会長の前任で、2010年当時の石井・西村両後援会代表、前副理事長は日歯連の金庫番で両後援会の会計責任者や会計補佐、前会長に至っては日本歯科医師会の会長でもあった。

 歯科医師業界のキーマンの首根っこが完全に押さえられた形となったわけだ。

 小渕優子陣営による総額約3億2千万円にも上る政治資金規正法違反事件が在宅起訴で終わったことや、今回の事件も形式的な帳簿操作にすぎず、小渕事件よりも違反額が少ないことなどから、逮捕までは想定していなかった模様だ。

 しかし、その認識は甘かった。

 日歯連は、2004年にも政官界に対するなりふり構わぬ資金のばら撒き工作により、東京地検特捜部の強制捜査を受けていたからだ。

 この時は、日歯連会長ら幹部6名、元社会保険庁長官ら中医協委員2名、自民党国会議員2名、地方議会議員5名らが政治資金規正法違反や公職選挙法違反、診療報酬を巡る贈収賄罪などで次々と立件・起訴される事態に発展した。

 特に当時の自民党最大派閥であった橋本派に対する1億円のヤミ献金事件では、村岡兼造元官房長官が起訴されたほか、公判には橋本龍太郎元首相や野中広務元幹事長、青木幹雄自民党参議院議員会長ら超大物が証人出廷するなど、「政治とカネ」問題の根深さを浮かび上がらせる結果となった。

 証拠上の難点や法務・検察による政治的配慮から政界捜査は尻切れトンボで終わったものの、この事件が契機となり、政治資金規正法の改正が行われるに至った。

 政治資金団体に対する寄附については原則として痕跡が残る口座経由で行うことが義務づけられたほか、それまで無制限だった政治団体間の寄附に一定の縛りをかけるべく、年間5千万円までという上限が創設されたわけだ。

 今回の事件は、こともあろうに法改正の元凶となった日歯連自身が迂回献金という巧妙な抜け道を使ってその規制を破ったものにほかならず、悪質極まりない。

【判決の意義】

 検察の見立ては、金庫番の前副理事長が迂回献金などのスキームを描き、元会長や前会長の了承を得て実行した、というものだった。

 これに対し、前副理事長は、日歯連内部の組織間で資金を移動させたにすぎず、政治資金規正法の「寄附」には当たらないし、収支報告書も帳票の流れに沿って忠実に記載しており、「虚偽記載」には当たらない、と無罪を主張していた。

 元会長や前会長も、こうした主張をベースとしつつ、前副理事長に一任しており、問題がある違法な行為だとは思っていなかった、と無罪を主張している。

 今回の判決は、2人とは別に裁判が先行していた前副理事長に対するもので、東京地裁はその主張を一蹴した上で、法改正の趣旨を甚だしくないがしろにしたなどと述べ、禁錮2年、執行猶予3年の有罪判決を下した。

 まだ確定したわけではないし、元会長や前会長の裁判も進行中だ。

 それでも、「天下のザル法」と呼ばれる政治資金規正法をめぐり、さらにその網をかいくぐろうとする巧妙なやり方を裁判所が「アウト」と判断した意義は大きい。

【消化不良のまま】

 ただ、この3名らが捜査段階から否認していたこともあり、事件の背景事情については解明が進まなかった。

 例えば、西村・石井両氏や秘書らが今回の不正を認識していたのか、なぜ1億円もの資金が選挙で必要だったのか、どこに流れ、何に使われたのか、公示前を含めて各選挙でどのような選挙活動が行われたのか、また、これ以外に政官界に対して何らかの工作資金がばらまかれた事実はないのか、といった点だ。

 特に石井事件では、迂回献金の一部が支援者集めや名簿づくりに向けた事前選挙運動に使われたのではないかと取り沙汰されていたし、両事件とも政党から公認を得るために要する工作資金や有力支援者らに対する買収資金の有無も焦点だった。

 その意味では、2004年の時のように大規模な選挙違反事件や贈収賄事件に発展することはなく、形式的な帳簿処理の問題でこぢんまりと事件がまとまってしまった、という印象を受ける。

 当時は取調べ室という密室の中で特捜検事が様々なテクニックを使い、日歯連関係者らの口を割り、次々と捜査を拡大してきたが、今はそうした取調べが全て録音録画され、ガラス張りとなる時代だ。

 客観証拠を積み重ねるとしても、指紋やDNA型、凶器などが発見されるような事件と違い、犯罪の痕跡などまず残されていない。

 「政治とカネ」の問題に鋭く切り込むことが難しくなったのは間違いないだろう。

 2016年の刑事司法制度改革でわが国にも司法取引が導入されたが、いよいよ今年6月までには施行される。

 関係者の供述を引き出しやすくするためだ。

 特捜検察にとって抜くに抜けない重い刀で終わるのか、それとも今回のような組織犯に対する強力な武器となるのか、早ければ今年中に使われるであろう適用第1号の事件が大いに注目されるところだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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