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「内田篤人監督」という可能性。指導者ライセンスの課題

小宮良之スポーツライター・小説家
日本U―19代表でロールモデルコーチとして指導する内田篤人(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

「内田監督」という可能性

 先日、現役引退を発表した内田篤人が日本U―19代表の合宿に参加し、ロールモデルコーチに就任したことが話題になった。ロールモデルコーチは、指導者ライセンスを持たなくても指導に関われるようにした特別措置だという。

「言葉に重みがある」

 内田に指導を受けたU―19代表選手たちから出たのは、本音だろう。つい最近まで、世界の最前線で戦ってきた元選手の生の言葉は、心に響く。技術だけでなく、選手としての熱も残っているだけに、同志のような気持になる。元選手ではサッカーを言葉にするのが苦手だったり、コミュニケーション力が低い場合もあるが、内田は代表チームでも後輩選手から尊敬され、慕われ、その言葉も存在も力があった。

 逆説的に言えば、内田のような元選手が、一日も早く監督になれるべきではないのか――。

 日本では、指導者として最高位のS級ライセンスを取得するために、元選手でも一からライセンスを取ろうとすると10年近くはかかる。指導者としての実績を積み、生計を立てながらだと、日程的にかなり厳しい。その結果、若くして指導者として立つ人材が少ないのが現状である。

シャビは引退と同時に監督をスタート

 スペインでは、多くの元選手がたった1年のコースで(ライセンス何もなしから)UEFAプロというS級ライセンスに相当する最高位のライセンス(しかし、二つのライセンスに互換性はない)を取得している。レアル・マドリードのジネディーヌ・ジダンなど、1970年代生まれの監督が主流になりつつあるのは必然と言えるだろう。2019年、シャビ・エルナンデスは引退と同時に、仕上げとなるUEFAプロのライセンスを取得し、そのまま監督のキャリアをカタールでスタートさせている。

「選手時代の熱が残っている」

 それは指導者スタートの歴然としたアドバンテージになっているという。10年以上、トップレベルでプレーしてきた選手は、ライセンスの指導官よりも現場を知っているし、有能な監督、コーチの仕事も目にしている。本田圭佑はライセンスそのものに疑問を呈し、物議を醸したことがあったが、世界でもかつてヨハン・クライフなどはライセンスの複雑化には真っ向から反対していた。もしライセンス取得が既得権益ビジネスのようになってしまったら、本末転倒だ。

3人の未来の名将

 スペインでは、2000年代に現役で華々しく活躍していた選手が次々に監督になって、その期待度を高めている。

 レアル・マドリードのエースとして君臨したラウール・ゴンサレス(43歳)は、今年ですでに監督3年目になる。2019-20シーズンはカスティージャ(マドリードのBチーム)を率いただけでなく、UEFAユースリーグ(ユース年代の欧州チャンピオンズリーグ)でU―19マドリードを率い、欧州王者になっている。そのカリスマは絶大。指揮官としての風格も出つつある。

 UEFAユースリーグ準々決勝では、勝利したインテル・ミラノ戦後、泣きじゃくる相手選手を慰めるシーンがイタリア国内でも話題になった。健闘した相手を心から称える。それを自然にできる指揮官は、味方から見ても信頼できる。当然、外に対するメッセージにもなった。

 ラウールと同じく、「次世代の名将」と囁かれるのが、レアル・ソシエダBを率いるシャビ・アロンソ(38歳)だ。

 シャビ・アロンソは監督3年目(1年目はマドリードU―14監督)、2年目はシーズン途中でコロナ禍によっていきなり終了したリーグで、昇格することができなかった。しかし地元での評判は高く、何より選手たちが心酔。新シーズンは、マルティン・スビメンディ、ロベルト・ナバーロなど何人もトップ昇格することになりそうだ。

 シャビ・アロンソは選手時代からチームを仕切る力に優れ、選手のポテンシャルを引き上げてきた。「中盤の将軍」と言われた現役時代を、指導者としてもほうふつとさせている。

「中盤の選手は、チーム全体を動かす仕事をする。当然、ビジョンを持っていないといけない。それが監督になったとき、反映される部分はある」

 シャビ・アロンソは言う。

 もう一人、新シーズンからデポルティボ・ラコルーニャのBチームを率いることになったファン・カルロス・バレロン(45歳)の名前を挙げたい。

 バレロンは、引退と同時にヘッドコーチ兼下部組織のコンサルタントをしていた時代、若手の力を一気に高めている。笑顔がトレードマークの人物だが、そのサッカー論は明快で、造詣が深い。FCバルセロナに移籍した攻撃的MFペドリにも影響を与えている。

「選手として、たくさんの優れた監督に会えたことは、指導者としてアドバンテージになるよ」

 バレロンは言う。選手を手足のように動かせた現役時代のような采配ができるか。遠くない将来、デポルのトップチームを率いることになるだろう。

 3人は現役時代の熱を残し、それを選手にぶつけ、返ってくる熱によって、指導者として成長できているという。引退後すぐ、若い選手を指導し、実績を残すのは一つのロールモデル。ジョゼップ・グアルディオラ、ジダン、ルイス・エンリケなどもBチームからスタートしている。

 やはり、監督ライセンスに高い壁がない方がメリットは大きい。

監督は監督、コーチはコーチ

 指導者ライセンス取得までの長さに関しては、日本では今も”丁稚奉公”のような精神が残っているのだろう。

 ライセンスを一つひとつクリアしながら、コーチをすることで監督になる。

 それが一つの模範になっている。

 一人の監督にコーチとして従うことで、学ぶべきことはあるだろう。アーセナルのミケル・アルテタのように、引退してすぐに名将グアルディオラのコーチとして学び、2年半で監督になった事例もある。指導者としてのルールを身につける必要はある。

 しかし人に尽くす立場に5年も10年もいると、往々にしてボスとしての風体を失う。欧州の最前線の監督たちは、コーチとしての経験は”インターン程度“。その多くが、カテゴリーが下でも監督として成功し、失敗し、その道を広げている。

 例えば、久保建英が入団したビジャレアルのウナイ・エメリ監督は選手引退と同時に監督を引き受け、チームを昇格させ、その実績によって、成り上がってきた。柴崎岳がいたヘタフェのホセ・ボルダラス監督は10年以上、4部、3部、2部で監督として生き抜きながら、今や1部で名将の一人に数えられる。躍進するセビージャの監督ジュレン・ロペテギは引退後すぐU―17ワールドカップのコーチを経験した直後、ラージョ・バジェカーノを率い、成績不振で解任され、カスティージャ(マドリードBチーム)で結果を残せずも、スペイン世代別代表で結果を残し、今の地位を築いた。

 結局、一人のボスとして振る舞えるか。彼らは不当な下積みがないことで、考え方が捻じ曲げられたり、画一化されたりしていない。

 監督というのは、特殊な仕事だ。

 リーダーとして人を束ね、決断することが大きな仕事だが、それは教えられない。生来的な部分と経験を積むしかないのである。コーチなど腹心のような役割とは、しばしば相反するものだ。

 少なくとも、ライセンス取得のために多くの時間を要するのは得策ではない。

日本人若手サッカー監督の台頭には

 世界と戦える日本人監督を輩出するには、指導者ライセンスについて考え方を改めるべき時が来ている。

「Jリーグ草創期に、監督ライセンスを乱発したことで、資格に値しない指導者が増えてしまった」

 それが、ライセンス取得を厳しくした理由だと言われる。

 しかし、ライセンスはあくまで免許である。資格を取るのに、そのハードルを上げ過ぎるべきではない。例えば医師免許のように、命のやりとりをするようなものではないのである。

 結果を残せない、評判の悪い監督は自ずと仕事を失う。自然淘汰が起こって、潤滑な競争の中で、良い監督は自ずと生まれる。選択肢が増える中、クラブも監督選定の目を持ち、そのスカウティングを重視する流れになるだろう。それはサッカー界全体の質の向上を促すことになるはずで、日本で弱点として指摘される、GMやディレクターへの見直しという副産物も生み出すかもしれない。

「自分にとって、現役時代は人生で最高だった。指導者時代は二番かな。でも、一番の選手たちがいる現場にいられるのは幸せだ」

 シャビ・アロンソはそう洩らし、選手たちはその指導を受けられることで目を輝かせていた。

 来年には内田監督が誕生する――。もし、そんなことがJ2でも、J3でも、あるいはユース年代のチームでもあったら、可能性しか感じない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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