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バドミントン・全英オープン優勝の奥原の強さは"三角関数"にあり?

楊順行スポーツライター
(写真:アフロ)

「ひそかに誕生日が決勝になることを狙っていました」

奥原希望はそういった。確かに、SNSの通知から、決勝当日が彼女の21歳の誕生日であることは知っていた。でも、まさかそんなうまい話はないよなぁ……と思っていたら、なんとなんと、スーパーシリーズ(SS)でもっとも格式の高いといわれる全英オープン優勝である。

「周りの皆さんの期待に応えようと思って、今日このコートに立てた。たくさんの応援が力になりました」

日本女子としては、77年の湯木博恵以来となる39年ぶりの快挙だ。準決勝では、世界ランキング1位のスペイン選手に、決勝ではやはりランキング上位の中国選手に、いずれもファイナルゲームで粘り勝ち。足を止めずに辛抱強くレシーブし、相手にストレスをかけ、自分からはミスをしない。そう。奥原の武器は、ネコ科の動物のようなすばしこいフットワークと、正確な制球だ。

「先手を取ったつもりの球が捕られるので、次はもっと厳しいコースを狙いすぎてアウトになってしまう。またフットワークが鋭いので、速くタッチされてペースを乱される」

とは、かつては日本代表を経験したある選手の奥原評だ。11年、16歳という史上最年少で全日本総合を制覇し、12年には男子のホープ・桃田賢斗とともに世界ジュニアで日本人初優勝。2度の故障と手術はあったが、15年にはヨネックスオープン・ジャパンでSSの初優勝を飾り、年末のSSFでも、やはり桃田とともに"世界一"の称号を得た。

三角関数でフットワークを会得?

いまや、リオ五輪のメダル候補。それは実績からもよくわかる。ただそれにしても……156センチと、髪の毛がネットから出るかどうかという小柄さだ。圧倒的な攻撃力があるわけじゃなく、プレーヤーじゃない僕としては、どこが強いのかが実感としてわからない。

ひとついえるのは、明晰な頭脳だ。大宮東高時代から奥原を指導している大高史夫氏に、こんな話を聞いたことがある。

「とにかく、頭がいい。フォア奥からネット前という、最長距離のフットワークについて、ふつうは体で覚え、空間を認識するものですが、彼女は三角関数からその距離を納得したうえで取り組みます」

あるいはその高校時代、あまりに理路整然とした取材対応に、一人の記者が「話し方教室にでも通っているんですか?」と真顔で聞いたほどだ。その頭脳が、緻密な配球としてコート上に再現されていく。さらに人一倍の負けん気と、高校時代寮の部屋に「日本一になるには日本一の、世界一になるには世界一の練習をする」と貼っていた練習熱心さ。もうひとつあった。体は小さくても、屈指のスイングの速さがあるから、ネット前では男子並みの小さいテイクバックからひとタメし、相手の足を止めることもできる。それらが、小柄な奥原を世界トップレベルにまで押し上げているのだ。

昨年、4年ぶりに日本一に返り咲いた全日本総合で奥原は、こんなふうに語っていたものだ。

「(14年は)この大会1回戦負けだったのに、代表に選んでくれた以上はなんとしても結果を出したいとやってきました。そして今回の優勝で、日本のエースであることを証明できた。その肩書きを持って、今後に臨んでいきたいと思います」

過酷な五輪レースは4月いっぱい続くが、リオ五輪出場は、もう間違いない。日本のエースが、世界に挑む。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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