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歴史的チャレンジ、いったん閉幕 里見香奈女流五冠(30)女性初の棋士編入試験は3連敗で不合格

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月13日。大阪・関西将棋会館において棋士編入試験五番勝負第3局▲狩山幹生四段(20歳)-△里見香奈女流五冠(30歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は16時9分に終局。結果は103手で狩山四段の勝ちとなりました。

 女性として初の棋士四段が期待された里見女流五冠。結果は3連敗で、残念ながら不合格となりました。

中飛車で戦い抜いた里見女流五冠

 後手の里見女流五冠が選んだ作戦は、幼い頃から指し続け、そして今回の編入試験でも指し続けた中飛車でした。

 大きな舞台でいつもの自分を貫いた里見女流五冠もさることながら、相手の得意を避けず、堂々と受けて立った徳田拳士四段、岡部怜央四段、そして本局の狩山四段の姿勢も素晴らしいというべきでしょう。

狩山「普段の公式戦と変わらずに準備はしました」

 22手目。里見女流五冠は30分考えて角を上がります。まだ序盤。指そうと思えば1秒でも指せる手だったでしょう。しかしここで時間を使うあたり、本局にかける思いが表れた場面だったのかもしれません。

 対して狩山四段は独特の指し回しを見せます。里見女流五冠の飛車が縦横に動く進行にあえて誘い込んだあと、金を中段に押し上げ、押さえ込みをはかります。洗練された現代風の序盤戦術とは対照的。本局を見て狩山四段のファンになったという方もおられるでしょう。

狩山「ちょっと(相手の)飛車が狭いのかなと思って。飛車を取ることができれば成功かなと思っていたんですけど。なかなかつかまえることができなくて。もう少しなんかうまい順があったかなと思います」

里見「一応、堅い陣形で動いていけたので、岐(わか)れはまずまずかな、と思ってました」

 どちらかといえば里見ペースかとも思われた60手目。里見女流五冠からは角を切って銀と刺し違え、攻め込んでいく順もありました。しかし19分考えて自重。チャンスを見送りました。

里見「もうちょっと前に踏み込んでいく順があったかと思うんですけど。指し手がそうですね、迷いながらになってしまったので。自玉もちょっと薄くなるので、あまり本意な展開ではなかったです。堅さを活かす将棋だったと思うので、ほかの順を選ぶべきだったかなと思います」

 狩山四段はついに相手の飛車を取ることに成功しました。

狩山「飛車は取れたんですけど、端をちょっと詰められているので、正確にはいいのかどうか、わかってなかったです」

 結果的には以後、狩山四段が手厚く押し切った形となります。総じてこの五番勝負は、いずれも若手棋士たちの強さが目立つ展開となりました。

 狩山四段勝勢で迎えた91手目。狩山四段は王手で桂を打ちます。

狩山「最後の▲9四桂から王手で、なにかあれば勝ちかな、と思っていました」

 103手目。狩山四段は王手で金を打ちます。持ち時間3時間のうち、残り7分の里見女流五冠。しばらくの間、じっとうつむいていました。時間を使い切ったあと、記録係による秒読みが始まります。

記録「50秒、1、2」

里見「負けました」

 里見女流五冠は駒台に右手を添えて一礼。狩山四段も「ありがとうございました」と一礼を返して、終局となりました。

里見「いまの自分の実力だと思うので、また勉強してがんばりたいと思います」

 記者からの質問に答える形で、里見女流五冠はそうコメントしました。

 女流棋界の第一人者である里見女流五冠は今年度ここまで、女流棋戦で34局(24勝10敗)。男性棋士らを相手に戦う一般棋戦で14局(8勝6敗)。こうした大変なハードスケジュールの中、編入試験を戦い抜きました。

 今回は結果は出ませんでした。しかしその戦いぶりは多くの観戦者、とりわけ、これからの将棋界の未来をになう女性たちにとって、強く印象に残ったことでしょう。筆者も一人の将棋愛好者として、ここまでの里見女流五冠の奮闘に敬意を表したいと思います。

 里見女流五冠の今回のチャレンジは、ここでいったん終わりとなります。しかし棋士編入試験はこの先、条件をクリアすれば、何度でも受験できます。

 里見女流五冠がこの先、仮に棋士にならなかったとしても、これまでの輝かしい実績がいささかも曇るわけではありません。しかしもし再チャレンジを果たすときが来れば、そのときはまた、今回に優るとも劣らない、数多くの応援の声が集まることでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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