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ネコを「完全室内飼い」すべき理由とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 ネコを飼う人が増えているが、ネコは散歩外出を体験してしまうと外へ出たがる。だが、外へ出たネコは、いろいろな弊害をもたらす。

コロナ禍で増える飼いネコ

 コロナ禍もあり、ネコを飼う人が増えている。ネコが家畜化したのは約1万年以前とされ、それ以来、我々ヒトとつかず離れずの共生関係を構築してきたが(※1)、野良ネコも含め、我々ヒトは家畜化したネコの生態系での存在に責任を持つ(※2)。

 ネコを飼っている人は、ネコを外へ出すのだろうか。日本の場合、完全室内飼いのネコがほとんどのようだ。一般社団法人ペットフード協会の2020年の飼育実態調査によると、ネコの飼育場所として室内のみ(完全室内飼い)のネコの割合は79.6%にもなり、日本の飼いネコが外へ出ることはほとんどない(※3)。2016年の調査で室内のみは69.5%だったから、この5年で約10%も増えたことになる。

 一方、野良ネコはまだまだ多く、飼いネコでも約20%は外へ出ているようだ。同協会の2021年の調査で、ネコの飼育頭数は約900万頭だから、約180万頭以上のネコが外を出歩いていることになる。

外で狩りをするネコ

 野良ネコを含め、外へ出ているネコは何をしているのだろう。

 ネコは多種多様な獲物を捕食する。飼いネコで餌をもらっていても、外へ出ると狩りの衝動から捕食行動をする。ネズミなどの哺乳類からスズメなどの鳥類、カエルやトカゲ、セミなどの昆虫などを捕らえるが、こうした捕食行動が環境の多様性に対して悪影響を与えているという研究も多い。

 ヒトが多く住むエリアで、ネコは最も強力な捕食肉食獣となる。人口密度が高くなれば、ネコの数も必然的に増え、本来の天敵の地位を奪い、生態系を激変させる可能性もあるだろう(※4)。

 1億1700万〜1億5700万匹のネコがいるとされる米国の研究では、ネコは1年間に推定10億羽の鳥類を殺すとされている(※5)。また、オーストラリアの研究では、オーストラリア全土のネコは1日に100万羽を超える鳥類を殺し、野生化したネコは1年で3億1600万羽、ペットのネコも1年で6100万羽の鳥類を殺すと推測している(※6)。

 これは自然が多く残る地域だけのことではない。むしろ郊外に隣接する都市部のネコのほうが、自然が多い地域のネコより約2倍多くの獲物を狩り、生態系に大きな悪影響をおよぼしている(※7)。

 米国のワシントンDCでネコと在来の野生動物の関係を調べた最近の調査研究によれば、ヒトが多く居住する地域ほどネコの個体数も多く、ネコとアライグマやキツネ、ネズミ類といった在来の哺乳類との遭遇も多くなるという(※8)。また、ネコはネズミだけを捕食するのではなく、生態系に欠かせない他の生物の数も多く減らし、この調査研究をした研究者はそれが生態系に悪影響をおよぼしているという。

 普通に考えれば、キツネが絶滅すればエキノコックス寄生虫も絶滅すると予想されるが、必ずしもそうではない。肉食獣などの個体数変化は、ヒトと肉食獣との人獣共通感染症(動物由来感染症)の病原体や寄生虫にも大きな影響を与える(※9)。環境変化でコウモリの多様性が減少すると、彼らに寄生していたトコジラミがヒトを宿主に換えるようになった(※10)。

外から持ち込まれる人獣共通感染症

 ネコが外を出歩いた結果、ネコと野生動物の間で感染する人獣共通感染症が飼いネコの家庭へ持ち込まれるリスクも増える。

 例えば、トキソプラズマ症だ。この病気はトキソプラズマという寄生性原生生物(原虫)によって起きる人獣共通感染症で、ヒトや鳥類を含む多種多様な温血動物が中間宿主となり、ネコが終宿主となる。

 トキソプラズマ症は、ヒトが感染しても免疫機能が正常な場合、症状の出ない不顕性だったりする日和見感染症なため、それほど恐れることはない。だが、妊婦が感染すると胎児が先天性トキソプラズマ症になることがあり、低出生体重や水頭症、視力障害、遅発性障害などが引き起こされる危険性がある(※11)。

 コリネバクテリウム・ウルセランス菌によるコリネバクテリウム・ウルセランス感染症も、イヌやネコなどのコンパニオンアニマルを感染源にすることがある人獣共通感染症だ。この病気はジフテリアによく似た症状を示し、各国から報告されている。コリネバクテリウム・ウルセランス菌は、ネコで多く発見され、日本でも野良ネコからの感染と考えられる死亡例がある(※12)。

 このように飼いネコを外へ出すことは、近隣の生態系へ悪影響をおよぼし、人獣共通感染症の感染リスクを増やす。では、完全室内飼いにするとネコにはどんな影響が出るのだろうか。

 ネコも家畜化される過程で社会性を持ったと考えられ、遊びなど飼い主や同じネコ仲間との接触も重要だ。自宅にネコが放置された時間経過で、飼い主に対してネコの反応がどう変化したのかを調べた研究によると、放置されていた時間が長いほどネコが社会的な関係性を構築するように振る舞ったという(※13)。

 また、多頭飼いの場合、ネコでは飼育面積によってストレスが変わってくるようだ。ストレス・スコアを使った多頭飼いの研究によれば、1頭あたりの面積が増えればそれだけストレスも軽減されるという(※14)。ネコは孤独を好むので、1頭で隠れる場所(隠れ箱)も確保したい。飼育面積は広いほどいいが、少なくとも1頭あたり4平方メートルほどが必要だろう。

 まとめると、日本で外へ出る飼いネコは少ないが無視できない絶対数がある。野良ネコを含めたネコは生態系を脅かし、人獣共通感染症の感染リスクも増やす。生態系を守り、ネコと飼い主の安全のためにも完全室内飼いをおすすめする。

※1:Claudio Ottoni, Eva-Maria Geigl, et al., "The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world." nature ecology & evolution, 0139, 2017

※2:Sarah L. Crowley, et al., "Our Wild Companions: Domestic cats in the Anthropocene" Trends in Ecology & Evolution, Vol.35, Issue6, 477-483, June, 2020

※3:一般社団法人ペットフード協会:令和2(2020)年の全国犬猫飼育実態調査https://petfood.or.jp/data/chart2020/index.html:猫の主飼育場所:室内のみ79.6%、散歩・外出時以外は室内10.8%、室内・屋外半々8.5%、主に屋外1.1%

※4:Rebecca L. Thomas, et al., "Ranging characteristics of the domestic cat (Felis catus) in an urban environment." Urban Ecosystems, VOl.17, 911-921, 2014

※5:Nico Dauphine, Robert J. Cooper, "Impacts of Free-Ranging Domestic Cats (Felis Catus) on Birds in the United States: A Review of Recent Research with Conservation and Management Recommendations." Proceedings of the Fourth International Partners in Flight Conference, 2009

※6:John Woinarski, Brett Murphy, Leigh-Ann Woolley, Sarah Legge, Stephen Garnett, Tim Doherty, "For whom the bell tolls: cats kill more than a million Australian birds every day." The Conversation, October 4, 2017

※7:Tara J. Pirie, et al., "Pet cats (Felis catus) from urban boundaries use different habitats, have larger home ranges and kill more prey than cats from the suburbs" Landscape and Urban Planning, Vol.220, April, 2022

※8:Daniel J. Herrera, et al., "Spatial and temporal overlap of domestic cats (Felis catus) and native urban wildlife" frontiers in Ecology and Evolution, doi.org/10.3389/fevo.2022.1048585, 21, November, 2022

※9:Myeema C. Harris, et al., "Species loss on spatial patterns and composition of zoonotic parasites." Proceedings of the Royal Society B, DOI:10.1098/rspb.2013.1847, 2013

※10:Klaus Reinhardt, et al., "Biology of the Bed Bugs(Cimicidae)." Annual Review of Entomology, Vol.52, 351-374, 2007

※11-1:J P. Dubey, et al., "All about toxoplasmosis in cats: the last decade" Veterinary Parasitology, Vol.283, July, 2020

※11-2:保科斉生、「トキソプラズマの血清学的検査と国内の感染状況」、モダンメディア、第68巻、第8号、2022

※12:岩城正昭、「コリネバクテリウム・ウルセランス感染症」、モダンメディア、第66巻、第7号、2020

※13:Matilda Eriksson, et al., "Cats and owners interact more with each other after a longer duration of separation." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0185599, 2017

※14:Jenny M. Loberg, et al., "The effect of space on behaviour in large groups of domestic cats kept indoors." Applied Animal Behaviour Science, Vol.182, 23-29, 2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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