グランアレグリアの藤沢調教師が、駆け寄って来て言った”皆が驚いた言葉”とは?
駆けつけてきた藤沢が言った言葉とは?
今週末、JRAで秋のG1シーズンが始まる。
その幕開けを飾るのはスプリンターズS。中山競馬場の芝1200メートルが舞台となる短距離ナンバー1決定戦だ。ここに有力馬の1頭であるグランアレグリアを送り込む調教師が藤沢和雄だ。JRA通算1500勝という大記録を樹立したばかりの調教師には、数々の伝説がある。
多くの名馬を育てた藤沢は、同時に人も育てて来た。ジョッキーでいえばオールドファンなら覚えておられるだろう橋本広喜元騎手や、現役では北村宏司、杉原誠人、そして木幡育也らを弟子として育てた。弟子は騎手ばかりでない。調教助手や厩務員も育て、中にはそれを経て調教師となった人もいる。
現在、美浦で開業している調教師の古賀慎明もそんな1人だ。2005年に開業し、翌06年にはアサヒライジングで、アメリカ西海岸で行われたアメリカンオークスに挑戦。その際、師匠の藤沢がキャッシュコールマイルに出走させたダンスインザムードと一緒に海を越えていた。
そんな古賀から以前、聞いた面白い話がある。それは彼がまだ藤沢厩舎で調教助手をしていた時の事だ。ある朝、これから追い切る馬に跨っていた。藤沢厩舎はご存知の通り集団調教。この日も複頭数で馬場に入る予定で輪乗りをしていると、遠くにいた藤沢が駆け寄って来た。古賀は述懐した。
「駆け寄って来た藤沢先生が『今、咳をしたのはどの馬だ?』って言ったんです」
一緒に輪乗りをしていたメンバー達でも聞き逃していただけに、皆が驚いたと言う。
当時、藤沢にそれを確認すると、伯楽は答えた。
「良い状態で走れるようにしなくてはいけない。逆に言えば少しでも違和感があれば使うわけにはいかない。だから、馬に対して注意をしてアンテナを張っていれば気がつく事だよ」
良くなるのを待って使う
“少しでも違和感があれば使わない”という例としては、ひと昔前、藤沢厩舎の馬は古馬未出走の身で1勝クラスに出走してくるケースがままあった。未勝利戦があるうちに無理して使うのではなく、走れる状態になるのを待って使うから、そうなったのだろう。例えばディープインパクトの半姉であるレディブロンド。2003年にデビューしたこの牝馬の初出走戦は5歳になってから。当然、未勝利戦も未出走戦もあるわけはなく、1000万条件に出走すると、何とこれを勝利。その後、約3ケ月の間に5連勝すると、6戦目にはG1・スプリンターズSに挑戦。さすがにここで連勝は止まったが、それでも4着に善戦してみせた。当時「さすが藤沢調教師!!」と言った私に対し、名調教師は次のように答えた。
「こんなウルトラCをやりたくて使わなかったわけではないし、何でもかんでもとっておけば良いというものではない。レディブロンドは使いたくても使える状態にならなかっただけ。でも、素質のある馬なのは分かっていたから良くなるのを待っただけ。1000万がデビュー戦になったのはたまたまこのレースがフルゲートになっていなかったから。500万条件だと真っ先に除外になってしまったからね」
こう言って全く偉ぶらない師だが、良くなるのを待ち、満を持してデビューさせたからこその結果だったのは疑いようがない。
さて、冒頭で記したように今週末のスプリンターズSにはグランアレグリアを出走させる。デビュー戦で458キロだった体がアーモンドアイを破った安田記念では492キロにまで増えていた。どうやって成長を促したのかを問うと、1500勝調教師は答えた。
「何も特別な事はしていないよ。馬が勝手にどんどん良くなってくれただけだよ」
この発言を額面通りに受けてはいけない。2歳時に、牝馬同士の阪神ジュベナイルFではなく、朝日杯フューチュリティSに挑戦させたのはそれだけの素質の高さを見込んでいたからこそ。しかし、それだけ期待していた馬にもかかわらず、決して無理使いしなかった事がその後の成長を促したのは間違いない。
「高松宮記念も差はなかったから1200メートルは問題ないでしょう。状態は変わらず良いですよ」
グランアレグリアの現状を聞くと、こういう答えが返ってきた。この言葉は額面通りに受け取って、今週末の競馬ぶりに注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)