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自治体が民有林を引き取る時代がやってきた

田中淳夫森林ジャーナリスト
所有者不明で放置された山林は、災害を引き起こしかねない。(筆者撮影)

 山林を相続して困っている…そうした声が増えている。

 いわゆる「負動産」問題だ。使い道がなく、管理費や固定資産税ばかりを負担しなくてはならなくなる土地である。農地や空き家などもあるが、山林の場合は何かと特殊で厄介なケースが多い。

 そこで国は昨年「相続土地国庫帰属制度」をつくった。一定の条件をクリアした土地は、国が引き取りますよ、という制度だ。

 だがこの制度、使いにくくて仕方がない。詳しくは以下の記事に書いた。

国に金払って「土地もらってください」。山林負動産の現実

 とにかくクリアしにくい条件がズラズラと並べられているうえに、金を要求されるのだ。審査料と引き取り料を合わせると馬鹿にならない金額だ。

 そこに画期的な制度をつくった自治体が登場した。兵庫県佐用町は、全国でも異例の引き取り制度を創設したのである。この自治体の制度を紹介しつつ、「山林負動産」の扱い方について考えてみたい。

申込殺到で予算オーバー

 佐用町は、2022年度から、相続した山林だけでなく、高齢化などで管理ができなくなった民有林を買い取る事業を始めた。目標面積は、10年間で民有林の2割にある5000ヘクタールだという。

 買取価格は、土地1平方メートルあたり10円。固定資産税評価額程度だが、国と違って払ってくれるのは出色だ。なお生えている樹木は、スギとヒノキならば別途買い取る。金額は、1ヘクタールあたりの立ち木本数などに応じて決めている。

 初年度は、3000万円の予算額で買い取りを開始した。

 ところがこの年の申請件数は、117件と町の予想を超えてしまい、3000万円を増額補正した。23年度も当初の予算1億円では賄いきれず、3000万円増やした。来年度も同額だ。これ以上増やすのは、財源の問題だけでなく、事務作業の限界もあるという。

 この2年間の買い取りは、213件で計627ヘクタールあった。買取ではなく無償の寄付も136件あったので、合わせて計878ヘクタールを町有化したそうである。

買取か寄付かの選択

 条件としては、まず地目が山林であること。仮に木々が繁っていても、地目が農地だと、農業委員会の非農地証明が必要となってくるから難しい。山林ならば、所有者が「山林の譲渡申出書」を町に提出し、譲渡の方法を「売買」か「寄付」のいずれかを指定することになる。

売買と寄付の違いは、税金が絡む。売買だと、売った方は所得税算定の対象になり得るため、確定申告が必要になってくる。山林土地の売買は譲渡所得、立木の代金は山林所得となる。すると所得税、町県民税、国の健康保険税などの額に影響するだろう。

 一方、寄付の場合なら、確定申告をすれば寄付金控除の対象となる場合もある。

 なお引き取りの可否は、審査会にて審査された上で決められる。引き取りができないのは、以下のように指定している。

・共有地の持ち分の一部

・所有権以外の権利が登記されている

・主伐後等で森林に更新されていない

・第三者に損害を与える恐れがある

・建物や工作物等がある

・土壌汚染や埋設物がある

・町が不利益を被る恐れがある

・税金等の滞納がある(同一世帯全員が対象)

・反社会勢力に属している(同一世帯全員が対象)

 国の相続土地国庫帰属制度に比べると、緩いように思える。とくに境界線の確定が条件に入っていないことは非常に助かるだろう。

放置山林が災害を引き起こす

 佐用町は、なぜこのような制度をつくったのか。

 実は、佐用町は2009年に豪雨災害を受けた。その際に放置山林が崩れて、大量の倒木と切り捨てられた間伐材などが土砂とともに河川に流れ込み、家屋や道路、橋などに被害が広がった。結果、20人が犠牲となったのである。

 こうした土砂崩れなどの災害を減らすためにも、所有者による経営管理が難しい山林の町有林化を促進すべきと考えたのだ。自治体としては英断だろう。

 なお山林所有者へ行ったアンケートによると、所有者の約80%が山林管理を「何もしていない」で、「管理できると思う」と答えた人は16%だった。かなりの割合で、「町に山の管理を任せたい」「所有している山を手放したい」という回答があったという。こうした事実も後押ししたのだろう。

 自治体の山林引き取り制度は、今後全国各地に広がる可能性がある。買取は無理というところでも、無償で引き取らざるを得なくなるのではないか。国の制度も今後改定されて、もう少し使いやすくなるかもしれない。

相続土地の登記義務化始まる

 その背景には、今年4月1日から相続した土地の登記が義務化されることがある。

 3年以内に登記しないと、罰則として10万円の過料が適用される。4月1日以前に発生した相続でも、不動産の相続登記がされていない場合は、登記義務化の対象となる。同じく3年以内に、相続登記の申請をする必要がある。

 これまでのように相続したものの、名義変更せずに放置することは認められなくなってきたのだ。

 しかし、相続した山林を義務的に登記したとしても、所有者が持て余すケースが増えるだろう。処分したくてもできない。それだけに、高齢者は山林の処分を急ぎ出している。

 実は、私も相談を受けることがある。ただ現況を聞いてみると、なかなか厳しい。経営はしていないし利益もない。売却しようにも買い手が見つからない。税金を支払い続けるだけなのだ。だから子息は相続を嫌がっている。

 登記の義務化は、相続者に怨嗟を生むかもしれない。

国土の20%が所有者不明

 国が本気で山林を引き取ろうとしない中、自治体としては背に腹はかえられない状態だろう。佐用町は、その先駆けなのだ。

 なお民間にも山林引き取りサービスを実施している業者はあるが、たいていは引き取り料を要求している。また引き取った山林を将来にわたって管理する確約はない。活用しますと言いつつ、放置している例も見受けられるようだ。もし廃業されれば、また所有者不明になってしまう。業者を見極めることが大切だ。

 ただし、佐用町にしろ国にしろ、引き取った山林をどうするのかは、今のところ不明瞭だ。

 ある程度まとまった面積になれば、その土地を利用した事業も可能になり、改めて引き取り手を探すこともありえるが、手のつけようがないところもある。それでは管理費ばかりがかさんでしまう。

 実は、公有地・国有地でも、管理放棄は進んでいるのだ。荒れ放題の山の所有を調べると、国有林だった、県有林・村有林だった、というケースも散見する。

 現在、所有者が登記簿で確認できない土地は、410万ヘクタール以上になったとされている。国土の約20%だ。2040年には720万ヘクタールに膨れ上がるという試算も出た。これは九州二つ分の面積だ。

 行政も、覚悟を持ってこの事態に臨んでほしい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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