奨学金延滞率と偏差値のあいだに漂うナニモノか
(註) いつものことですが、今回も脊髄反射的な書き込みです。ご容赦ください。
借金は返さねばなりませぬぞ
全国の大学関係者が固唾を呑むようなデータが公表されました。日本学生支援機構が奨学金(という名の官製学生ローン)における、学校毎の貸与状況と返還に関する情報を一般公表したのです。これは、大学関係者のみならず、将来の大学進学を考える親子、進路指導を行う中学高校関係者も注目せざるを得ないデータです。
しかし、今回の公表では、データの取扱に少々不便な点がありました。上記のリンクから見てもらえばわかりますが、学校ごとの貸与、返還状況を一覧で見ることができず、あくまで学校ごとの情報を個別に閲覧できる、ということになっていたのです。これにどれほどの忖度や斟酌があったのか、私には分かりかねますが、ならば、ということで、東洋経済オンラインさんが独自にデータを集計し、ランキング形式で公表し、広く話題となりました。
東洋経済さん作成のランキングが公表された時、多くの人たちが予想したことですが、これを大学の学力、特に入試の偏差値と関連付けて議論する人たちが出てくるだろうなぁ、ということは容易に想像できたわけです。そして、案の定、これを実行する人が現れました。コンピュータサイエンスの最新研究を解説されているブローガーさんである、LM-7さんが、一般に利用可能な偏差値情報と滞納率状況等を接合させ、非常に綺麗な形で、ブログに掲載されました。このデータを整理される過程はさぞかし大変なことではなかったかと推察されます。まずは、その労作業を厭わず実行されたことに敬意を評したいと思います。また、公表していただいた図表などは、極めて読みやすく、素晴らしいなぁと心より驚嘆しております。以下で述べる私見も、LM-7さんが作られた図表を見てみたから初めて着想できた、というものが殆どでありますので、この意味でも、感謝申し上げます。
低偏差値大学の卒業生は奨学金を返せないのか?
さて、LM-7さんがブログに掲載されたプロット図等は、非常にシンプルでわかりやすいメッセージを発しているように見えます。ざっくりと言えば、低偏差値の大学には、返還の滞納者の割合が高い、ということです。これは、なかなかパンチの効いたメッセージです。
このご時世、いわゆる低偏差値大学は、風当たりがなかなかにキツうございます。露骨な言い方をすれば、「あんな大学に税金を投入するなんて無駄遣いだ」ということなるわけですが、LM-7さんが公表された図は、これを力強く裏付けているようにも思えます。LM-7さんご自身も、そのような見解の可能性をブログで示唆されています。このような図はできれば、あまり見たくない、という大学関係者も多いことでしょう。全くもって、心臓によくありません。
しかし、私のような偏屈なオジサンは、ついつい、「ンー、ホントかよ」と疑ってかかる癖があるので、少々、他の可能性はないものか、という疑問をここで述べてみたいわけです(本当であれば、このような疑問を垂れ流すだけではなく、ちゃんとデータを分析して検証するのが、研究者の社会的な役割なのでしょうが、データを整備するだけで骨が折れますので、今回は、これでご容赦いただければ幸甚です)。
「見せかけの相関」というマジック
このようにデータを二次元にプロットする(散布図を描く)ということは、研究者ならずとも、一般によく行うことです。ふたつの変数の間の関係性を、簡単に可視化できますから、データを手にしたら、何はなくともプロットしてみる、というのはデータの情報にアプローチするための常套手段です。
ただし、散布図を描いて見るにあたっては、気をつけなければならないことがあります。いわゆる「見せかけの相関」というやつです。実際のところ、互いに何も因果関係がないはずなのに、プロットしてみると綺麗な相関が出てきてしまうことがあります。例えば、有名な例としては、チョコレートをより多く消費する国からはノーベル賞受賞者が多く輩出されている、という話があります。これを素直に受け取ってしまえば、日本国民にチョコレート消費を奨励すれば、我が国のノーベル賞受賞者はさらに増える、ということになるのではなかろうか、思いたくなってしまうわけですが、常識で考えて、そんなことはないだろう、ということはなんとなく想像がつきます。このようなことが起きるのは、ノーベル賞受賞者数とチョコレートの消費量に同時に影響を与える何か他の要因があるからだと考えるのが普通です。例えば、国民の一人あたり所得など、経済的な豊かさという要因が、チョコレートの消費を促し、ノーベル賞受賞者の研究環境の整備を促すのであれば、両者には一見、正の相関があるように見えてしまうわけです。しかし、真の原因は経済的な豊かさですから、このような相関は「見せかけの相関」と呼ばれるのです。
さて、偏差値が表しているのは、その大学の入試の難易度(合格可能性のある偏差値の水準)なのですが、これはその大学を志願する学生の能力の分布から決まってきます。また、学生ローンを返還できるかどうかも学生の(稼得)能力に依存して決まります。とすると、偏差値と学生ローン滞納率の両方に「学生の能力」という第三の変数が影響を与えている事になります。ということは、偏差値と滞納率の間に成立すると言われている相関関係は、ある種の「見せかけの相関」ということになります。しかし、ここではそういう厳密な話ではなく、偏差値というのはざっくりとその大学における学生の能力を示す(代理)変数なのだと読むことにしましょう。
そうしてみますと、理屈としては、低偏差値大学に多く在籍していると思しき低学力学生は稼得能力が十分ではなく、結果として返還の滞納を招く、というのは特別無理のないシナリオに見えます。ですが、他の要因もあるのではないか、というのが、本稿での私の意見です。しかも、その他の要因のいくつかは、偏差値と滞納率の間で、さらに見せかけの相関を強く見せる作用がある可能性があり、このような図で以って、低偏差値大学への支援のあり方を再検討、という一足飛びの話にするべきではないだろうと思うわけです。事実、データを眺めてみると、似たり寄ったりな偏差値の大学の間でも、滞納率が高い大学と低い大学があるようです。もう少し、細かくみてみる必要があるのでしょう。
他の要因の可能性を考えてみよう
私がLM-7さんが作られた図をみて、ふと思った滞納率に影響を与える諸要因には以下のようなものがあります
- 大学所在地
- 医療系、福祉系、工学単科系大学などの職業人養成大学の存在
- 留学比率
- 親の経済力
大学所在地
ひとつずつ考えてみましょう。まず、大学の所在地ですが、LM-7さんが作られた図表で滞納率の高い大学の名前をみてみると、どうやら首都圏や関西圏以外の、いわゆる地方大学と呼ばれる学校が目立つようです。これは次の可能性を示唆しているのかもしれません。
大都市圏以外の大学を卒業した場合、就職で都市部に出てくることもありますが、卒業生のかなりの割合がその地方に留まるでしょう。そもそも、その地元出身だから、その大学に通うということもあるはずです。しかし、現実には、地方の労働市場環境というものには厳しいものがあります。地元国立大学や伝統私学以外の卒業生が安定的な職を得られる可能性が低い、という地域もあるでしょう。
とすると、このような地方大学の存在は、滞納率と偏差値の間での見せかけの相関を形作る可能性があります。地方大学の多くは、地理的な競争力もあって、比較的、偏差値が低い場合が多いわけですが、このような大学で滞納率が高いのは、偏差値のせいではなく、その地域の労働市場環境が直接の原因、という可能性も考えられるわけです。
ちなみに、このような仮説がもし真だとすると、最近、まとめられた政府の有識者会議のご提言(23区内には大学の定員増を認めない、卒業生や大学4年生は地方に送れ、等々)というものが、果たして理にかなったものなのかどうか疑わしく思えてくるわけですが、その件はまた別の機会に論じることとしましょう。
医療系、福祉系、工学単科系大学などの職業人養成大学の存在
LM-7さんが作られた図には、偏差値の程度に関わらず、滞納率が極めて低い大学が存在しています。これらの大学名を見ると、即座に「ああ、そりゃそうだ」と思うのですが、これらの多くは医療福祉系などの職業人養成大学です。このような大学を卒業した場合、大変に羨ましいことですが、卒業後の就職先の選択で困らない可能性が高いわけです。その結果として、滞納率が低くなるということは十分にあるでしょう。
そもそもとして職業人養成をはっきりとした目的として設立された大学は、その他の社会科学系、もしくは人文系学部を主体とした大学とは、属する母集団が異なる、と考えたほうが良いかもれしません。また、総合大学の中には、社会科学系、人文系学部とともに医療福祉系の学部を擁する大学も数多くあります。このような大学では、自然と滞納率が低く算出される可能性もあります。
親の経済力
高い偏差値の大学の卒業生は滞納率が低く、低い偏差値の大学の卒業生は滞納率が高いということになっていますが、この両者に影響を与える第三の要因として、学生の両親、保護者の経済力というのかあるでしょう。
卒業後、どのような不安定な就業環境になったとしても、親の経済力に頼ることができる学生は、奨学金ローンの返還を親に代行してもらうことが可能です。また、そもそもとして、高偏差値の大学に入るためには、幼少期より恵まれた環境で教育を受けたほうが、進学の確率はグッと高まるはずであり、そのような環境を子供に与えてあげられる親というのは、経済的にも恵まれていることが多いでしょう。
となると、親の経済力もまた滞納率と偏差値の双方に影響を与えて、見せかけの相関を形作る要因ということになる可能性があるわけです。また、さらに、親に経済力が無いがゆえに、都市部の大学に子供を送るのではなく、地元の自宅から通える範囲の地方大学に進学させる、という選択をするようなことがあれば、さらにこの影響は強まります。
留学意欲
中堅(おおよそ偏差値50程度)大学の中に、優れた教育を行っていると思われるのに、滞納率が相対的に高い大学がいくつか見受けられます。それらのいくつかに共通する特徴は、外国語教育、特に英語の運用能力の向上を重要視し、その一環として、海外大学への短期、中期留学を推進しているということであるように思えます。偏差値下位の大学には、あまりこのような教育方針は見受けられないので、これは一部の中堅大学に多く見受けられる特徴と言って良いでしょう。
一般に外国大学での経験や語学習得は、卒業生の職業選択の幅を広げますが、その結果として、短期的には不安定な就業状況に身を置かざるをえない、というケースもあるかもしれません。その場合は、その期間だけ返還が滞る可能性もあります。また、中期的な留学の場合、卒業年次を一年延ばすか、もしくは大学の単位認定制度を利用して4年で卒業するか、などの選択を学生自身が行わなければなりませんが、在学期間の延長を選択した場合、手続きのミスで滞納扱いになるケースもあるでしょうし、4年で卒業するにしても、新卒一括採用の制度が定着している我が国の新卒採用市場の流れに乗り損ねる学生も出る可能性もあります。このような事情があると、留学が盛んな中堅大学で滞納率が見かけ上、高まってしまうということが起こりうるかもしれません。
簡単化された議論には要注意
偏差値ないしはそれで示される学生の能力と奨学金滞納率の関係には、いろんな要因が絡み合っているようにも思われます。ですので、わかりやすい図が描けたからといって、即座にそのような議論のエビデンスが得られた、考えるのは非常に危険なことです。もう少し落ち着いて、データを丹念に検討する必要があるでしょぅ。
ここで議論した事以外にも、国公立と私学の偏差値を同一線上において良いものか、見たところ明らかに不均一分散がありそうな中で線形回帰して良いのか、などいくつか考えてみたいことはありますが、それはひとまず置いておきましょう。
さて、そもそもとして、このデータが公表された時、私は、殆どの大学の卒業生はちゃんと奨学金を返還しているのだな、という感想を持ちましたが、その中でも、いかにしてその効率をあげていくのかは、重要な議論かもしれません。また、給付型奨学金の創設が議論される中で、学生ローンとしての「奨学金」の存在意義をどこに置くのか、という議論も必要でしょう。いずれにせよ、シンプルな、直感に訴えかける議論は、わかりやすいだけに注意が必要です。