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ひとり親の面倒をみて、家業を継ぐ兄を演じて。そして、すでに閉店した酒屋の最期を残せたこと

水上賢治映画ライター
「中村屋酒店の兄弟」で主演を務めた長尾卓磨  筆者撮影

 俳優としても活動する白磯大知が、独学で脚本を書きあげ初監督した映画「中村屋酒店の兄弟」。

 第13回田辺・弁慶映画祭をはじめ国内映画祭で受賞を重ねた本作は、今はもうない一軒の酒屋を舞台にしている。

 その酒屋は都内にあった「中村屋酒店」。ただ、同店は、本作において単なる撮影場所では片付けられない場になった。

 出発点は別のところから始まっている。中村屋酒店をモチーフにシナリオが書かれたわけではない。

 だが、不思議なめぐりあわせで本作は、中村屋酒店の歴史でありお店を切り盛りしてきた夫婦の歩みを封じ込めることになる。

 それは白磯監督のみならず、キャストの望みが結実してそういう形になったといっていい。

 かつてあった酒店が物語にも、監督にも、キャストにも大きく影響を与えて生まれた映画「中村屋酒店の兄弟」。

 本作については、昨年劇場公開された際、主演を務めた藤原季節、白磯大知監督のインタビューを届けた。

 それから約1年半が経って、同作の配信上映が決定。

 そこで藤原とともに主演を務めた長尾卓磨に改めて話を訊く。全五回。

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

弘文の忍耐強さや人間性を出せれば

 前回(第二回はこちら)に続き、今回も弘文と和馬の兄弟関係の話から。

 この二人は、仲が悪いわけではないが、ものすごく良いというわけでもない。ある種ドライな兄弟関係で。特に長尾が演じた弘文は、弟に対して一歩ひいたところがあって、なにか威厳を振りかざしたりすることもなければ、変に同情したりすることもない。

 適度な距離をとって、弟を尊重しているところがある。

 そのスタンスは、ラストなので明言できないが、すばらしい愛情あるシーンへつながっていく。

「弘文は、たぶんこれまで家族になにも言わないで諦めてきたことがたくさんあったのではないかと。

 言いたいことも口にすることなくグッとのみこんで生きてきた。

 どんなことも人のせいにしないで逃げないで受け止めて生きてきた。

 その忍耐強さや人間性を出せればと考えて演じていました。

 ただ、僕自身はたぶんあのように弟を送り出すことはできないんじゃないかなと。

 あのようにできたら格好いいんでしょうけど、たぶん無理ですね。

 余計なことをたぶん言っちゃう。なかなか弘文のようにはなれない。

 ただ、なかなかこうはなれないですけど、いい兄弟だと思います」

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

一丸になって取り組めた感触がある

 弘文という人物を演じ切って、こんなことを感じている。

「作品を見ると、反省点がいろいろでてくるんですけど、あのとき、最大限のものを出し切れたと思っています。

 これは僕だけじゃなくて、スタッフもキャストも出し切れたんじゃないかなと思います。それぐらい一丸になって取り組めた感触があるんですよね。

 だから、反省点はあるんですけど、後悔はない。

 で、作品に関して言うと、奥行きのある作品になったといいますか。

 あの実家の酒屋で、兄の弘文は母とどのように暮らして、どのような一人の時間を過ごしてきたのか、弟の和馬は東京に出て、どんな日々を送り、どんな苦悩を味わったのか、そういうことが直接的に描かれているわけではないけど、彼らの言葉や表情からにじみ出てきて想像できる。

 そういう余白のあっていろいろと想像して感じることのできる豊かな作品になったのではないかと思います。

 あと、さらに深読みすると、これからの社会についても考える機会になるというか。

 たとえば、町の酒屋さんをはじめ八百屋とか魚屋とか個人のお店がこのまま消えていってしまって、コンビニやチェーン店だらけになっていいのかな、とかちょっと考える要素が作品には含まれている。

 そういう意味でも、奥行きのある作品になったのではないかと思っています」

『中村屋酒店の存在』をしっかりと作品に残すことができた

 では、ここからは本作の重要な要素になった「中村屋酒店」の話に移る。

 冒頭で触れているように、本作の舞台となった中村屋酒店はもうない。

 だが、本作は中村屋酒店をモチーフにシナリオが書かれたわけでもないが、奇しくもお店の歴史と切り盛りしてきた中村夫妻の歩みを封じ込めることになった。

「白磯監督には、消えゆくものを映像に残すことが作品の出発点にあった。彼の中で、とりわけ消えゆくものとして寂しく感じていたのが町の酒屋さんだった。

 それをまさに体現することなったわけですけど、白磯監督も(藤原)季節君もインタビューで話していたと思いますが、当初は誰ひとり、中村屋酒店が閉店することは知らなかった。

 季節君がたまたまご夫婦とお話ししているときに、そういう話がポロっと出て。

 季節君から僕らは話をきいて、知ることになったんですよね。

 最初に『取り壊される』と聞いたときは驚いたし寂しかったです。

 でも、知ったことで全員が、『失われゆくものを残したい』という気持ちをより強くもって撮影に取り組んだと思います。

 その思いが結実して、最終的には、『中村屋酒店の存在』をしっかりと作品に残すことができたと思っています。

 中村屋酒店のご夫妻もおかげさまで喜んでくださいましたし、いい形に残せたのではないかと思います」

(※第四回に続く)

【「中村屋酒店の兄弟」長尾卓磨インタビュー第一回はこちら】

【「中村屋酒店の兄弟」長尾卓磨インタビュー第二回はこちら】

「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル
「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル

「中村屋酒店の兄弟」

監督・脚本:白磯大知

出演:藤原季節 長尾卓磨 藤城長子

橘 美緒 千葉龍都 新井秀吾 高橋良浩 中村元江

撮影:光岡兵庫

撮影助手:山田弘樹、森本悠太、斎藤愛斗

録音:小笹竜馬

照明:岩渕隆斗、小松慎吉

制作:徳平弘一、長野隆太、光岡兵庫、樋井明日香、白磯大知

編集:キルゾ伊東、白磯大知

音楽:総理(響心 SoundsorChestrA)「とある兄弟」

ロケ地協力:中村屋酒店、清水宅

公式サイト:https://nakamurayasaketennokyoudai.com/

U-NEXTにて独占配信中

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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