ノルウェーが政権危機!16年ぶりの信任投票に?火種の国家予算案と環境問題、首相の素質とは
国会をまとめられない首相の支持率が急落
ノルウェー国家予算案を巡って、連立内閣が解散の危機に瀕している。ノルウェーは来年9月に国政選挙を控える。今回の騒動を巡って、1日に発表されたVG紙の世論調査では、最大野党・労働党のヨナス・ガーレ・ストーレ党首を次期首相にという支持率は50.5%。現首相で保守党のアーナ・ソールバルグ党首の支持率は34.5%と急落。44.6%が、以前ほど首相を信頼できないと回答した。
現地メディアが毎月行う世論調査では、首相の右派陣営と、ストーレ党首の左派陣営の支持率は五分五分。来年に政権交代となるかは予測が難しい状態が続いていた。
なぜ、来年度の予算案がここまで大きな注目を浴びるのか。それはノルウェー独特の政治の舞台背景がある。
国家予算案の明暗が、選挙を動かす
与党にとって最も重要な仕事は、国家予算案。高い税金を払う国民は、自分たちのお金がどのように振り分けられるのか、報道機関を含め、監視の目が非常に厳しい。教育支援、難民支援などにどれほどの補助金がまわされ、また環境対策の要となるガソリン税がどれほど増税されるのか。自分たちへのサポートが少ないと感じると、各団体はすぐさま批判の声をあげる。
簡潔に書くと、毎年冬のクリスマス前には、このような定番の流れが起こる。国会を舞台にしたお祭り騒ぎのようなもので、筆者は「国家予算案劇場」と心の中で思っている。
これが、ノルウェーの国家予算案シアター
- 与党による予算案は10月発表(連立政権による保守党と進歩党が作成)
- しかし、それでは大多数をとれないので、閣外協力している少数政党2党(自由党とキリスト教民主党)の同意が必要
- 難民と環境支援において進歩党と少政党2党は大きな距離がある→議論開始
- 同時に、予算案に影響を及ぼせない各野党も、採用されないのはわかっていながら、「俺たちだったら、こういう予算案にする!」と各自の予算案を発表(“ほら、自分たちが与党になったほうがいいでしょう”と国民にアピール)
- 各企業や団体も、「これでは私たちは十分に活動できない!足りない!」、「この予算案は我々の業界には最高だ!」と公式コメントを発表
- 4党で協議を重ね、連日その進行状況が大きく報道される。メディアは「危機」という言葉を好んで使用。実際はそれほど危機状態ではないこともある
- 11月後半あたりに、なんだかんだで来年度の予算案が国会に提出される
国中で、国家予算案が一大イベントかのように注目する。首相も報道機関も、国民や、まだ有権者ではない子どもにも理解してもらおうと、できる限り、簡単にわかりやすく説明しようとする。税金をどうばらまくか、各政党はそのアピールに必死となる。
現地報道だけをみていると、どの政党も「仲が悪そう」だなという印象を受けるが、これは現場の空気感と大きく異なる。政治家、報道陣、団体や企業のトップたちにとっては、スリリングで楽しいゲームのようなものだ。批判=個人の否定ではないので、遠慮なく議論しあう。議論した後は、何もなかったかのように、廊下で笑いあい、仲良くコーヒーを飲んでいる。外国人の筆者からすると、だから劇場のようにみえる。
そもそも、今の連立政権はよく4年目を迎えたなと思うほど、政策には距離がある4人の集まりだ。「気候変動問題は人間が原因なのか?」発言が多く、移民や難民に否定的な進歩党。人権問題になると鼻息が荒くなるキリスト教民主党。環境税増加のためなら、空港ひとつ閉鎖され、失業率があがってもよしとする自由党(詳細)。支持率は最も高いが、仲介役に徹しなければいけない保守党。一つ屋根の下に、この4人家族が一緒にいるのだ。
まとめなければいけない保守党のソールバルグ首相は大変だ。台所で喧嘩する子どもたちをなだめて、どうにかして一緒にウェディングケーキを作らなければいけない。しかし、どのような形のケーキ(国家予算)ができあがっても、どこかからは批判される、損な役回りともいえる。それが首相。
どの政党も、交渉中に、どこかで我慢して、一歩足を引かなければいけない。だが、ケーキ作りで自己主張が通らなければ、「負け組」として報道され、支持者をがっかりさせ、次の選挙で勝てなくなる。だからこそ、どの党も協議のテーブルでは必死に交渉する。
選挙は4年ごと。今年の国家予算が特に注目を浴びる理由は、これがこの政権をみる最後の1年になるかもしれないから。来年開催される国家予算案の記者会見で立っているのは、別の首相かもしれない。今回この個性の異なる4党をまとめることができなければ、首相にはリーダーの手腕がないことになる。
政権が協力体制にある小政党の主張を尊重しなかったときは、その支持者たちを、つまり一部の国民の意見を無視したことになる。それはノルウェーの目指す民主主義ではない。
毎年のことであれば、どれだけわーわーと喧嘩しているように見えても、なんだかんだで予算案は締め切り前に提出されていた。だが、今年は雲行きが怪しい。
本来の締め切りは過ぎている。最終的な締め切りは採決する12月5日(月)だ。もし、うまくいかなければ、この日はノルウェーの政治の歴史の教科書に、汚点として載ることになる。
首相がするべきではなかった、最後通牒とは?
首相率いる保守党と進歩党が、恐らくするべきではなかったタブーは、10月の国会予算案の記者会見直前に発表した、ガソリン税などにおける「最後通牒」だ。これは、現地では「車の包み」ともいわれている。
(排ガスを出す)車の運転手の味方とされる進歩党は、環境税といわれる、大気汚染者への罰金(増税)を嫌う。そのため、車の運転手にとって痛手とならないように、「我々はこれ以上は一歩も引かない」という、譲歩できる限りの税を記した「車の包み」=「最後通牒」を、「政党同士の協議が始まる前に」記者会見で発表したのだ。
これは、環境政策にこだわる2政党との話し合いの場を無視した、民主的ではない手法ともいえる。この最後通牒は異例のものとして、報道陣も驚かせた。こういうことは、各政党が話し合って決めるものではないのか?と。
結果、いつもの劇場に暗雲が立ち込めることとなる。
小政党2党が交渉のテーブルから離脱「我慢の限界!」
今週、自由党がまず協議のテーブルから離脱することを発表。翌日、12月30日にキリスト教民主党も「4党揃っていないと意味がない」と、事実上交渉のテーブルから席を離れた。
政治家にとって悩みの種、エコになろうとすることの難しさ
環境税、ガソリン税など、環境のためにとされる政策は、必ずしもポピュラーなものではない。それがすぐさま目に見える形で、市民にとって便利な生活にはつながらないからだ。また、飛行機や車の利用者、石油・ガス業界で働く人々など、一部の人々を「攻撃」することになってしまう。誰もが「環境のためなら自分の生活が不便になっていい」と考えているわけでもない。
緑の党が権力を握ったノルウェーでは混乱が起きている。なぜ苛立つ人が多いのか。車や石油を敵にまわす代償
排ガスを抑えるための増税や政策は、支持率下落につながることもある。小政党は好き勝手に主張しやすいが、保守党や労働党のように、まとめ役となる大政党にとっては、すぐさま受け入れられるものではない。
続く話し合い。政権交代は避けたい
「交渉のテーブルを離脱した」とされている2党だが、実はそれからも毎日4党は交渉を続けている。
連立内閣が崩壊し、最大野党の労働党へと政権交代となることは、どの政党も望んではいないだろう。本来であれば、選挙というプロセスを得て、与党となることを望む。労働党党首も、「今首相になるつもりはない」と、現首相にはなんとかして、選挙まで国を維持してもらいたいと考えている。
なにより、誰も得をしないだろう。クリスマス前に、このような政権崩壊の危機は、国民にとって迷惑なだけだ。
16年ぶりの信任投票となれば、ノルウェーの歴史の教科書に残ることに
もし、首相が4党をまとめることができなければ、16年ぶりの信任投票が行われることになる。信任投票が最後にノルウェーで行われたのは2000年。その時も同じく環境政策における意見対立が原因だった。
首相のリーダーとしての実力に、国民が不安を覚えたことは間違いないだろう。国会中にポケモンGOをしていたっていい、Facebookでの投稿に夢中になっていてもいい。首相として最低限の仕事をして、国を混乱に落とさなければ。
笑いが止まらない?右翼ポピュリスト政党
記事を書き終えた直後、国営放送局が最新の世論調査を発表。進歩党の支持率は16.5%と前月から2.9%上昇した。これには、「車の包み・最後通牒」に加えて、トランプ大統領が誕生して、リストハウグ移民大臣(進歩党)が「エリート議論」を爆発させたことも関係している(長くなるので別の機会に書く)。
右翼ポピュリスト政党は独自路線で国会をかき乱す天才かもしれない。政権交代となり、野党になっても、自分たちの政治を貫いたことで、支持率が下がることはないだろう。
数日後、首相は誰に?
12月末、ソールバルグ首相は、無事にクリスマスや年末年始の祝辞を述べているだろうか? 暴走する4党をまとめるのは大変だと思うが、今その手腕が審査されている。
英国のEU離脱やトランプ大統領の誕生など、「まさか起こるはずはないと思っていた」こと。最後の一撃は、まさか母国で?ノルウェー国民は、自分たちの政権から、このようなクリスマスプレゼントは望んではいないだろう。
Photo&Text: Asaki Abumi