H3試験機2号機「リスク承知」の相乗り小型衛星を選定 キヤノン電子地球観測衛星を搭載へ
2023年6月27日の文部科学省 宇宙開発利用部会において、日本の新型基幹ロケット「H3」試験機2号機(H3TF2)に2機の超小型衛星を搭載し、無償で打ち上げることが報告された。1機はキヤノン電子が開発する50キログラム級の光学地球観測衛星「CE-SAT-IE」。もう1機は宇宙システム開発利用推進機構、セーレン、ビジョンセンシング、アークエッジ・スペースが共同で開発する3Uサイズのキューブサット「TIRSAT」。いずれも試験機の打ち上げ失敗リスクを受け入れた上でJAXAの呼びかけに応じたものだ。実質的に「H3ロケットでの最初の衛星打ち上げ」となる見込みの2機の衛星は何を目標とし、どのような機能を持つのか、搭載までの経緯を解説する。
2023年3月に起きたH3試験機1号機の打ち上げ失敗と光学地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」の喪失を受けて、H3TF2には予定していた地球観測衛星「だいち4号(ALOS-4)」を搭載しないことが決まった(5月24日宇宙開発利用部会)。衛星の位置には衛星を模擬したダミーペイロードを搭載するが、さらにピギーバック衛星(相乗り衛星)を受け入れることになった。
ピギーバック衛星とは、ロケットの主な衛星の他に重量の余剰分を利用して搭載される小型の人工衛星。国内外でさまざまな例があるが、日本ではこれまで2009年のH-IIA 15号機では主衛星「いぶき(GOSAT)」に加えて大学などが開発した5機の超小型衛星を、2014年のH-IIA 24号機では主衛星の「だいち2号(ALOS-2)」に加えて4機の超小型衛星を搭載した実績がある。ピギーバック衛星は主衛星と異なり目標の軌道を選べないなどの制限があるが、さらにH3TF2では試験段階ロケットへの搭載というリスクもある。万が一、打ち上げが失敗して衛星を喪失したとしてもJAXAからの補償は得られないことを承知の上で応募するという条件がついていた。
H3TF2でのピギーバック衛星の募集は、わずか1週間という非常に短いスケジュールで行われた。募集期間が短いだけではなく、2023年の秋には衛星をJAXAへ引き渡さなくてはならない。またH3TF2は1号機と飛行計画を大きく変えないことでスケジュールの短縮を図っており、だいち3号が目指していた高度約670キロメートル、南北方向の軌道を目指す衛星が対象となる。搭載できるのは実質的に開発がほぼ完了している地球周回衛星に限られているといってよく、JAXAからのRFI(相乗り衛星候補に係る情報提供要請)に応えることができたのは4機の衛星だった。うち、技術とスケジュールの点で選定されたのがキヤノン電子の「CE-SAT-IE」と、4社共同開発の「TIRSAT」だった。
キヤノン電子のCE-SAT-IEは、キヤノン電子が2017年から運用する超小型地球観測衛星CE-SATシリーズの衛星。2017年6月打ち上げのCE-SAT-Iは50キログラム級と超小型ながら、超小型望遠鏡部分にキヤノン製のカメラ(EOS 5D Mark III)を利用してコストを下げ、地上分解能※1メートルの高解像度撮影が可能だ。2020年10月打ち上げのCE-SAT-IIBは30キログラム級とより小型になり、超高感度カメラの搭載によって地上の夜間光や月明かりでの撮影も可能になっている。
※画像から対象物を判別できる解像度。画像の1ピクセルがおよそ1メートルの物体に相当し、1メートル以下であれば高分解能に分類される。
H3TF2に搭載されるCE-SAT-IEは型番からしてCE-SAT-Iの後継機で、分解能はだいち3号に並ぶ0.8メートルだ。米マクサーの高分解能衛星「WorldView」シリーズや仏エアバス・ディフェンス・アンド・スペースの「プレアデス・ネオ」衛星は分解能0.3メートルだがそこまで超高分解能衛星ではなく、また観測できるエリアの幅や波長の多様性なども限定的だ。それでも失われた「だいち3号」に代わって国産地球観測衛星として活躍すると期待される。
日本の光学地球観測衛星は、2011年に「だいち(ALOS)」が運用終了してから空白期間が続いている。キヤノン電子の衛星はこれまで商用衛星として運用されているが、CE-SAT-IEは災害時の緊急観測や、地理空間情報の整備、3D都市データ作成研究など「だいち3号」が担うはずだったデータの空白を少しでもリカバリするという役割も持つ。実質的に、H3ロケットで打ち上げる国産地球観測衛星の第1号となる可能性がある。注目され、認知度を上げることで商用利用を広げたいねらいも考えられる。
一方で、約3トンと大型のだいち3号では可能だが小型衛星ではできないこともある。そのひとつが観測波長帯の多様化だ。だいち3号では可視光の青・緑・赤の波長に加えて、青よりも波長の短い「コースタル」、赤と近赤外の間の「レッドエッジ」、その外側の「近赤外」を加え、6つの波長帯での観測が可能だった。
CE-SATシリーズはこれまでRGBの観測が主で赤外線などの波長には対応していない。CE-SAT-IEの性能がシリーズの延長線上にあるならば、同様に赤外線には非対応だ。そこで小型衛星ならではの限界を補完するかのように、もう1機ピギーバック衛星として選定されたTIRSATがある。TIRSATは赤外線の波長の中でも、可視光よりも長い波長域で地表の熱の変化を測る熱赤外(Thermal InfraRed)に対応した衛星だ。キューブサットと呼ばれる規格化された超小型衛星の一種で、3Uサイズはおよそ10×10×30センチメートルになる。
衛星から観測する熱赤外のデータはこれまで農業や環境の分野で利用されてきたが、近年では大量の熱を放射する製鉄所の稼働を調査するなど、経済活動のモニタリングに関する応用が広がっている。TIRSATの実証目標には次のようにある。
超小型衛星の機能がピンポイント的な観測に向いていることを考えれば、TIRSATの熱赤外データは経済状況のモニタリングが主だと考えられる。1週間で応募可能な衛星という限られた条件の中ではあるが、可視光のCE-SAT-IEと熱赤外のTIRSATで、できる限りだいち3号の空白を埋める組み合わせを考えたといえるだろう。JAXAの石井康夫理事によれば、短期間で搭載可能という厳しい条件の中で、だいち3号の機能を一部ではあるがカバーする組み合わせの衛星を選定できたのは「奇跡的といってもよい」ことだった。偶然の要素もあるとはいえ、その成果を最大化できるように、無償で衛星を打ち上げる見返りとして観測データの提供を要望し、JAXAが入手したデータについては公開する調整を進めているところだという。
同じ宇宙開発利用部会では、だいち3号の後継機の検討案が発表された。JAXAが中心となる衛星データ利用コンソーシアムからの提言として、だいち3号と同機能の衛星を2機同時に開発する案(打ち上げは2027年度)、官民共同で光学+LIDAR小型衛星によるコンステレーションで置き換える2案(いずれも打ち上げは2026年度)が示された。3案のどれになるとしても、あと3年の空白期間の延長は避けられない。その間、災害時の緊急観測などが発生することを考えれば、2機の衛星に求められる役割は大きい。