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競泳・萩野公介はメダリストを破り、2つ目の金星なるか?

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真・中村博之)
(写真・中村博之)

会場にいた観客も、コーチも、選手も、記者も、そして自身も驚きを隠せなかった。めずらしく興奮して水面を叩きつけ、日本チームがいるスタンドを指さした。

立ちはだかる五輪メダリストの壁

韓国・仁川での第17回アジア大会。競泳競技はパクテファンアクアティックセンターで9月21〜26日の日程で開催されている。

その初日、最初の決勝種目が男子200m自由形だった。日本チームの先陣を切ったのが、萩野公介。ライバルは2008年北京五輪の400m自由形金メダリストのパク・テファン(韓国)と、2012年ロンドン五輪400m、1500m金メダリストの孫楊(中国)だ。

8月オーストラリア・ゴールドコーストで行われたパンパシフィック水泳選手権では、パクが400m自由形で萩野を抑えて優勝。孫は昨年の事件以降表舞台に出てこなかったが、昨年のバルセロナ世界水泳選手権で400m、800m、1500mを制し、4×200mリレーではアンカーで1分43秒16という驚異的なタイムで泳いでいる。自己ベストタイムでいってもこの2人にまだ及ばないが、9月上旬の日本学生選手権でリレーの1泳で100mを48秒台で泳ぎ、200m個人メドレーでも1分55秒33の日本新記録をマークするほど、泳ぎのスピードが上がっていた。それぞれの調子によっては良い勝負になる、というのがおおかたの予想ではあった。

金星をつかんだラスト5m

ラスト50m、萩野はこれだけの差を詰めた(写真・中村博之)
ラスト50m、萩野はこれだけの差を詰めた(写真・中村博之)

迎えた200m自由形決勝。大会最初の決勝種目で、さらに地元韓国の英雄、パクが出場することもあり、会場は一気にヒートアップ。軽く振動するほどの歓声が上がり、スタート前に歓声が鳴り止まないために、選手が一度スタート台から降りなければならないほどだった。

スタートしてからも、歓声は鳴り止まない。50mのラップタイムをパクが奪って先行する。100mでは孫が前に出るが、その差はほとんどない。パクと孫が仕掛けたのは、125m過ぎだった。徐々に萩野を引き離し、150mのターンでは2人と約1秒の差がついた。

後半、どれだけ萩野が強いとはいえ、実力者2人との1秒の差はあまりにも大きい。パクと孫の金メダル争いになるかと思われたが、萩野にエンジンがかかる。ラスト25mを過ぎてから一気に差を詰めて残り5mで完全に2人をとらえ、最後のタッチでパクと孫をかわしきった。孫との差は100分の5秒、パクとは0.62秒差の1分45秒23の日本新記録。歓声が悲鳴に変わり、ざわつきが会場を包み込むなか、萩野は喜びを全身で表した。

「前半から孫選手とパク選手がいくのは分かっていたので、2人について行けば良いレースができると思いました。まさか自由形で金メダルがとれるとはびっくりです。ベストも更新できたので良かったと思います」

三者三様 特徴のはっきりしている3人

孫の泳ぎは、昨年の世界水泳選手権から少し変わっていた。なめらかに、水面を滑るように、長い手足を存分に使った1ストロークごとにグイっと進んでいく泳ぎだったのが、飛び跳ねるようにリズムを刻む泳ぎになっていた。いわゆる、ギャロップクロールとも呼ばれるリズムだ。彼の良さがなくなったと言っても、過言ではない。一瞬のスピードは上がるかもしれないが、後半に伸びてくる泳ぎではない。

練習をできない時期に増えた体重を絞り込むことはできたが、インナー、アウターともに作り込むことはできなかったように見える。そこに萩野のつけ入る隙があった。

パクは泳ぎ自体は何も変わっていない。地元紙によると、自国開催という大きなプレッシャーがあったのだろう、と報道されている。会場であの声援を聞くとそうとうなプレッシャーはあっただろうと思えるが、2008年、パクが北京五輪で金メダルに挑んだレースに比べればそれほどではないはずだ。

パクはレース巧者である。先のパンパシフィックでの泳ぎも、周りを見ながらうまくコントロールし、萩野につけ入る隙を与えなかった。パクのレース巧者ぶりが存分に発揮されるのは、400mがちょうど良い。200mでは短い印象を受ける。

萩野も少し特徴的な泳ぎだが、水の中はとても基本に忠実だ。入水後の腕の位置が必ず水面近くでキープされ、ヒジを立てて水をキャッチした瞬間、一気に後ろに押し出す。しかし、長い距離になると、少し右のヒジが曲がり、手がゆらゆらする瞬間がある。体力的なことを考えると、楽にフォームを維持するひとつの方法なのだろうが、そのワンテンポの遅れがスピードを鈍らせている可能性がある。

ただ、昨年や今年の日本選手権、パンパシフィックなどから、萩野のフォームが変わったわけではない。彼の成長は、自由形のレースの仕方を覚えたことだ。

思い返せば、初めて400m自由形で日本選手権を優勝したとき、前半の200mよりも後半の200mのほうが速い、というラップタイムだった。つまり、力の出し方が分からず、本来の力を出し切る前に終わってしまった自由形のレースが多く見られた。

しかし、日本選手権も含め、国際大会での自由形のレースを経験してきたことが、彼の成長を促しているのは間違いない。

金をつかみとれるのか? レース展開に注目

(写真・中村博之)
(写真・中村博之)

アジア大会の競泳競技は今日(23日)が3日目。400m自由形の決勝は20時16分開始予定だ。萩野、孫、パクによる三つ巴の戦いが再び行われる。

午前中の予選で孫は楽に、自らの調子を再度確かめるように泳ぎのリズムを変えながら泳ぎ、1番残り。萩野は2番で、パクが3番目。決勝では、3コースにパク、4コースに孫、5コースに萩野という並びとなった。

おそらく、孫がレースを引っ張り、パク、萩野がついていくかたちの展開になるだろう。勝負は後半の250mを過ぎたところになると予想する。ラスト50mまで我慢すると、おいていかれる可能性が高い。スパートをかけるタイミングが重要になるだろう。

実力通りの結果になるのか、それとも予想を覆すレースとなるのか。その時を楽しみに待ちたい。

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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