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韓国で(もちろん日本でも)、政権支持率を上げるために必要な「仮想敵」『工作 黒金星と呼ばれた男』

渥美志保映画ライター

今回は公開中の韓国映画『工作 黒金星(ブラックヴィーナス)と呼ばれた男』をご紹介します。90年代、対北朝鮮工作をしていた実在のスパイ「黒金星」の回想録を映画化した作品なのですが、描かれるのは「スパイもの」ではなく、どの国にもある政治の闇。映画は南北の政治家が「体制維持」と「私腹を肥やす」目的で、ひそかに手を組んでいたことを暴露しています。

ここ数年の韓国映画では、骨太な「社会派エンタテイメント」が好調です。流行の端緒を作ったのは、2017年に国内映画興行成績のNo.1を獲得した『タクシー運転手』。1979年の朴正煕大統領(朴槿恵前大統領の父)の暗殺を経て活発化した民主化運動が、軍と激しく武力衝突した光州事件に、何も知らずに迷い込んだタクシー運転手を主人公に、いざとなれば国が国民を平気で殺す現実を描き出します。

これをきっかけに拡大した民主化デモの中で起きた、1987年の学生運動家が拷問死事件と、それに続く6月民主抗争を描いた『1987、ある闘いの真実』は、昨年の国内映画興行ランキングで2位を獲得しています。

そして今回ご紹介するのは、昨年の興行ランキングで5位を獲得した『工作 黒金星と呼ばれた男』。韓国初の民主投票で選ばれた盧泰愚、そして金泳三の政権下の物語です。

韓国の国民的スター、ファン・ジョンミンさん
韓国の国民的スター、ファン・ジョンミンさん

主人公の「黒金星」ことパク・ソギョンは元軍の将校で、その優秀さを買われて工作員に。韓国に潜入する北のスパイの目を欺くために、前歴を塗りつぶすかのように数年間酒と借金にまみれ、守銭奴の商売人という別人キャラクターを作り上げ中国へ向かいます。

当時の中国は、北朝鮮の外貨獲得の最前線。韓国では‘90年に「北朝鮮産」は輸入とみなさず関税もかからないという法律が制定され、それを利用した「産地偽装ビジネス」を北朝鮮の貿易代表部が主導。産地偽装しやすい中国産やロシア産の農産物を中心に産地偽装し、利ザヤで外貨を稼いでいたんですね。

ところがこれが中国の公安に摘発され、北朝貿易代表部は多額の罰金を支払う羽目に。黒金星パクはこの罰金を肩代わりすることで信頼を得て、ビジネスマン視察を装って北朝鮮国内に入国します。窓口となったのは、北朝鮮で外貨獲得の作戦を一手に仕切る、対外経済員会所長リ・ミョンウン。金正日と直接やりとりができる男です。

将軍様も登場
将軍様も登場

映画はこのふたりのやりとりをスリリングに描きながら、並行して韓国国内の政治状況を追ってゆきます。取りざたされるのは「北風」――世論の風向きを保守へと変える――と呼ばれる、選挙時期や政権支持率低下のタイミングで必ず起こる北朝鮮がらみの事件だ。

日本人が記憶する最も大きな事件は、盧泰愚政権誕生の選挙期間中に起きた大韓航空機事件でしょう。北朝鮮の工作員・蜂谷真由美こと金賢姫が逮捕され、自殺防止の猿轡を口に厳重に貼りつけた姿で移送の飛行機から降りる姿が何度もテレビ放映されたのは、なんと大統領選挙の前日。これが投票行動に影響を与えないはずはありません。そしてその逮捕を演出したのが大統領直属の国家安全企画部(通称・安企部)。ちなみにその前身は、金大中氏拉致事件や朴正煕暗殺を実行した悪名高い韓国中央情報部、いわゆるKCIAです。

こちら、イ・ソンミンさん
こちら、イ・ソンミンさん

韓国映画が上手いのは、そうした社会派映画を、たんなるマジメ一辺倒の“お堅い”映画にしないこと。韓国を代表する演技派俳優のふたり、『国際市場で逢いましょう』のファン・ジョンミンと、中井貴一でリメイクされた大ヒットドラマ『記憶』のイ・ソンミンが、スリル満点の駆け引きを繰り広げつつ、だが「敵国の人間の中にも人間らしい感情がある」というわずかな望みに期待し、ある一点でようやく互いの立場を確認しあいます。そこがこの映画の言わんとする真実――どの国の政治にも「体制維持」「私腹を肥やす」のみに執心する連中はいて、そういう人たちにとって「仮想敵」がいることは、むしろ便利だってこと。何か都合の悪いことが起これば、人々の嫌悪や恐怖をあおれば、目を背けられるからです。

国が言うところの「正義」を信じてきた、でもその実、完全にはしごを外されていることに気づいた二人の、そこら始まる攻防は、スリルとサスペンスの連続です。韓国映画が時に歌い上げるように描く南北の友情のファンタジーには鼻白むこともあるのですが、この作品では華やかな史実の片隅にひっそりと描き出します。もちろんこのあたりは完全なフィクションなのでしょうが、このエンタテイメント性があってこそ、フィクションの中に織り込んだ事実を世に知らしめることが可能になります。

今、日韓対立が激化していますが、両国の政治こそほんとにこうした政治悪の典型にも思えます。この映画は韓国の政治に関して描いたものではありますが、ぶっちゃけこうした映画で暴かれる分だけ、韓国のほうがマシのような気も。ぜひこの作品をごらんいただき、どの国にも限らない、政治という得体のしれないものの正体に触れていただきたいなーと思います。

『工作 黒金星(ブラックビーナス)と呼ばれた男』

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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