【ひとり温泉】における「おいしい情報」は共同浴場で――。地元の人が通うお店に、絶対!ハズレなし
「おいしい情報」は共同浴場から(佐賀県・武雄温泉)
私がこの仕事を始めたのは20年以上前だが、当初はまだ好景気ゆえに、編集者とカメラマンと私、3人分の取材費が出た。それがいつの間にやら、私が一眼レフを持ち、ひとりで取材に出かけ、被写体となる時は三脚を立てて自分を撮影するようになった。これが“ひとり旅”の始まり。最初は必然に迫られてのことだった。
でも、私に合っていた。誰にも気兼ねなく、自由自在に動ける。その日の天気次第、気分次第、行動範囲も全て自分で選べる。もちろん取材も撮影も全てミッションを担うが、人に気を遣わなくていい分、取材成果もすこぶる上がった。旅する時間も濃密になっていったように思う。
先日、私の“ひとり旅”の様子を誌面にするために、佐賀県武た けお 雄温泉に出かけた。武雄温泉は、2022年の九州新幹線西九州ルート開通に向けて、駅前で大工事が行われていた。
宿に荷物を預けて、さて、どんなスポットに立ち寄ろうかと考える。
私の“ひとり旅”を読者に伝えるために、旅そのものを俯瞰してみて気付いたことがある。現地での情報取集をとても重んじているのだ。宿の仲居さんのほんの一言や、たまたま入ったレストランオーナーの考え方、町の古書店で手にした郷土資料などが情報源。
ただ、最も私が頼りにするのは、地元の人が入りに来る共同浴場での会話だ。
武雄温泉は旧長崎街道沿いにあり、古くは宮本武蔵やシーボルトが滞在した温泉地として知られる。町のシンボルは、近代建築の祖であり、東京駅を設計した辰野金吾が手がけた楼門だ。朱色の楼門は品格があり、威風堂々たる姿。その先に共同湯・元湯が鎮座する。大正7年に作られた共同湯で、その歴史は湯気が天井から抜けていく伝統的な湯小屋の作りからもわかる。
毎日、夕方になるとライトアップされる。その光が楼門を照らすと異国情緒が漂い、楼門や元湯周辺を歩きたくなる。楼門の前にある「東洋館」に宿を取れば、館内からも楼門が眺められ、散策もしやすい。
地元の人たちが元湯に早朝に来ることは知っていたから、翌朝、オープンの6時半に訪ねた。撮影しながら、来る人、来る人と会話が弾んだ。そうそう、これこれ。無色透明で匂いもないやわらかい単純温泉は、お喋りするにはもってこいのお湯。
武雄に里帰りしたお姉さんや90歳のおばちゃん、さらに九州を一周している旅人とお湯を共にしながら、お喋りに花が咲く。みなが一様に、「武雄のソウルフードは『餃子会館』の餃子!」と私に教えてくれた。
その後、宿の朝食をいただき、撮影した武雄バーガーも食す。バンズがふっくらと甘く大変美味だったが、私は武雄のソウルフードが気になって仕方ない――。
ええぇい! タクシーを停めて、運転手さんに「餃子会館」と言うと、「はい」と答えてくださったから、やはり地元では知られた店なのだ。
餃子会館の建物の前には、だだっ広い駐車場があった。昼を過ぎていたから空きはあるが、ピーク時は満車になるらしい。
それでも1階は満席で、2階に通された。メニューを見ると、「もしもしラーメン」という文字が目に入る。「もしもしって?」と首を傾げた。店員さんに聞いてみると、「以前は電電公社の横に店があったんですよ」とのこと。豚骨スープにもやしとワカメと麺が入り、さっぱりとした味は万人受けするフードコートのラーメンを思い出した。
待ちに待った餃子がやってきた。一皿に8つ並び、400円なり。一口では入りきらない大きさの、まん丸な餃子。一見、揚げ餃子にも見えるけれど、口に含むと、焼き餃子。箸で持ち上げると重量あるぞぉ。皮は厚くもっちり。噛み締めると詰まった具がふわっとほどける。しゃきしゃきの状態のきゃべつ、たまねぎ、にらとひき肉は心まで満たしてくれた。この存在感だと飽きないのかなと思いながらも、「これが武雄の味かぁ~」と、武雄温泉をぐっと身近に引き寄せることができた気がした。土地の人の日常を味わってこそ、取材なりである。
興味の赴くまま、どんどん突っ走れるのが“ひとり旅”の面白さ。旅先での出会いや体験をそのまま書いていく私としてもネタの宝庫。やっぱり“ひとり旅”はやめられない。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。