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世紀の名優にして“怪優”ウド・キアー語る。アンディ・ウォーホールとの思い出は今も鮮やかに

斉藤博昭映画ジャーナリスト

 映画ファンなら、その名前に脊髄が反応する人もいるのではないか。ウド・キアー。ドイツ出身で、ハリウッド映画でも活躍する、現在77歳の国際的俳優である。

サスペリア』、『マイ・プライベート・アイダホ』、『エース・ベンチュラ』、『アルマゲドン』、『ブレイド』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『異端の鳥』……。出演作の一部を並べても、一筋縄ではいかないラインナップになるし、何より各作品におけるこの人のインパクトの強さは尋常ではない。「怪優」という言葉が、ここまでぴったりハマる人はいないだろう。

 8/26に日本で公開される『スワンソング』は、そんなウド・キアーがアメリカ映画で初めて主演を務めた作品だ。老人ホームに暮らすゲイのヘアメイクドレッサーが、かつての顧客の死化粧を頼まれる物語。「人生最後の仕事」と感動を誘うテーマでありつつ、ウド・キアーの強烈な「味」をたっぷり浴びることのできる逸品でもある。

リヴァー・フェニックスに愛を求める役で

「ニューヨーク・タイムズが『50年ぶりの主演作!』なんて報じていたね」と、ウド・キアーは余裕しゃくしゃくの表情で笑う。

1998年、『ブレイド』のプレミアでのウド・キアー
1998年、『ブレイド』のプレミアでのウド・キアー写真:ロイター/アフロ

「ちょうど30年前かな。初めてアメリカ映画に呼ばれたのが『マイ・プライベート・アイダホ』だ。ベルリン国際映画祭でガス・ヴァン・サント監督に会って、出演をオファーされたんだ。ハンスという役名も、いかにもドイツ人らしい。懐かしいね、キアヌ・リーヴスリヴァー・フェニックスと共演したんだよ。私は助演(サポーティングロール)の立場だったけど、別にキアヌをサポートしたつもりはない(笑)。そのハンスと、今回の『スワンソング』で演じたミスター・パットは、たしかに共通部分があるかもしれない。どちらも私がすんなり溶け込める役だった」

『マイ・プライベート・アイダホ』のハンスは、リヴァー・フェニックス演じる男娼のマイクと関係をもつ役どころ。自身もゲイであるキアーにとっては、30年を経て、『スワンソング』のヘアメイクドレッサーと地続きになった部分があるのだろう。

 NYタイムズで「50年ぶりの主演作」と評されたが、その50年前の作品こそ、ウド・キアーの怪優の原点を作ったと断言できる。1973年の『悪魔のはらわた』と翌1974年の『処女の生血』だ。前者ではフランケンシュタイン男爵、後者ではドラキュラ。厳密にいえばクレジットは2番目なのだが、出演場面の長さと強烈な役どころから、ほぼ主演作と呼んでもいい。原題はそれぞれ「Flesh for Frankenstein(フランケンシュタインのための肉体)」「Blood for Dracula(ドラキュラのための血)」だからだ。

 この2作は、アンディ・ウォーホールがプロデューサーとして作品を細かく監修したことでも知られる。映画ファンにとって、カルト映画の中でも“伝説”レベルの作品だ。ドイツ出身のウド・キアーがなぜこの大役に抜擢されたのか。キアーは、半世紀も前の思い出を、まるで昨日のことのように語り始めた。

きみの人生に与えられた15分は、すでに終わった

「俳優のキャリアを始めた頃、私はローマからミュンヘン行きの飛行時に乗った。すると隣に座った顎髭を生やした男性が、いかにもアメリカ人らしい気さくな感じで、私の職業を聞いてきたんだ。『俳優です』と答え、その頃、野心に溢れていた私は自分の写真を見せた。そうしたら『連絡先を教えてくれ』と言うじゃないか。私は彼の差し出したパスポートに電話番号を書き込んだ。メールやアプリなんて存在しない時代のやりとりだね(笑)。

 その男が『私は監督のポール・モリセイで、アンディ・ウォーホールと映画を企画している』と言う。ウォーホールはすでに有名だったので、なんだか作り話のような気もしたが、それから数週間後、本当にNYのポールから電話がかかってきた。『ソフィア・ローレンの夫、カルロ・ポンティ製作で映画を撮るので、イタリアに来られないか?』というオファーだ。役はフランケンシュタインで、撮影は3週間で30万ドルの製作費だという。喜んで引き受けたよ。

 イタリアの現場へ行くと、そこにはアンディ・ウォーホールも来ていて、私は彼の愛犬と写真を撮ったりした(笑)。そして撮影の最終日、アンディにかけられた言葉は今も忘れられない。フェデリコ・フェリーニが撮影しているスタジオの横のバーで話したのだが、彼は『世界の誰もが15分間だけ有名になれる。きみの15分間は今、終わったな』と言う。私は自分の俳優人生がこれから下り坂になると予告されたようで、ちょっと悲しい気分になったよ。

 ところがその直後、ポール・モリセイ監督が私の元に来て『次の映画でドイツ人のドラキュラ役が必要になった。減量できるか?』と聞いてきた。私は『なんの問題もない』とその場で出演を快諾し、サラダと水だけの食生活を何日も続けることになった。体力が衰えたため、直立姿勢が辛くなったので、車椅子にも頼ってドラキュラを演じたわけさ(笑)。この2作をきっかけに、パリなどでアンディとは何度も会うことになった。アンディやポールから学んだ、本当にやりたい仕事への妥協しないアプローチ、芸術へのエネルギーは、今の私にも息づいている。

 そういえば私はアンディのキャンベルスープのアートを持っている。最初は300ドルでも誰も買わなかったんだよ。今じゃ300万ドルの価値があるなんてねぇ…。信じられない(笑)」

ドラキュラを演じるウド・キアー(YouTube予告編より)
ドラキュラを演じるウド・キアー(YouTube予告編より)

 アンディ・ウォーホールから受け継いだ、妥協のないチャレンジ精神は、その後のウド・キアーの俳優人生に脈々と受け継がれている。

 鬼才ラース・フォン・トリアー監督との30年にもわたる仕事で、最高の思い出を聞くと「TVシリーズの『キングダム』で、母親の胎内のセットで台車に載せられ、そこから引っ張られ、産声を上げた。映画の歴史でも、生まれる瞬間を演じた俳優は、おそらく私一人だろう」と、キアーは誇らしげに語る。

ドイツ人でオファーされやすいヒトラー役

 また『アイアン・スカイ 第三帝国の逆襲』など、ウド・キアーといえばアドルフ・ヒトラー役を思い浮かべる映画ファンも多い。ドイツ人であることでオファーされやすいのか。今後Amazonプライムで配信される、アル・パチーノ共演のシリーズ「ナチ・ハンターズ」のシーズン2でもヒトラー役だ。

「ヒトラーは4〜5回、演じてきたが、どれもコメディ要素が強かった。今回の『ナチ・ハンターズ』はコメディではないが、その分、演技の限界が試されたと思う。演技というのは非現実的な何かに挑戦できる。だから私はこれからも止められないんだよ」

 仕事のない時間は、パームスプリングスの自宅で「ガーデニングをしながら、ペットの世話をするのが日常」だと話すウド・キアー。zoomでつないだ自宅のリビングルームには、デイヴィッド・ホックニーロバート・メイプルソープダリ、そしてもちろんウォーホールのアートが飾られている。

 この人が出ているだけで、映画は独自の輝きを放つーー。

 出演した長編映画は160本を超えると言われ、TV作品や短編も数えきれないほど。そのキャリア、そしてウォーホールから受け継いだ信念が濃厚なまでに凝縮され、主人公と俳優ウド・キアーの人生がシンクロするのが『スワンソング』である。その点に異論を唱える人はいないはずだ。

『スワンソング』でキアーが演じるミスター・パット。なぜ頭にシャンデリアを…!?
『スワンソング』でキアーが演じるミスター・パット。なぜ頭にシャンデリアを…!?

『スワンソング』 

8月26日(金)より、シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 配給:カルチュア・パブリッシャーズ

(c) 2021 Swan Song Film LLC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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