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ホンダがロケット開発に参入を表明。公式発表からわかること、そして「小型ロケット」とは

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
2021年4月23日 Honda 社長就任会見より

2021年4月23日、ホンダが宇宙事業に参入する計画を持ち、ロケット開発を進めていることが明らかになった。三部敏宏社長へのインタビューによれば、「小さな衛星を打ち上げるためのロケット」を計画しているという

8000億円規模の研究開発費を持つ大手自動車メーカーの宇宙開発、しかも宇宙輸送への参入とあって期待されるが、公表された事実はまだ少ない。開発目標などについては何らかの推測ができるような段階ではない。ただし、いくつか公式発表からうかがえることがある。民間開発のロケットとして言及のあった米スペースの例とも比較しながら考えてみたい。

「小型ロケット」市場とは

まず、ロケットのクラスだ。三部社長は、イーロン・マスクCEO率いるスペースXの名を挙げ、「我々はあんな大きなロケットを作ろうとは思っていない」「小さなロケット、小さな衛星を打ち上げるためのロケット」と述べたという。

衛星打ち上げロケットは、搭載できるペイロードの質量によって「スモールリフト」(小型、地球低軌道に2000キログラムまで)「ミディアムリフト」(中型、2000~20,000キログラム)、「ヘビーリフト」(大型、20,000キログラム以上)に大別できる。分類は便宜的なもので、世界共通で定義されているわけではないが、この分類で見ればスペースXの主力ロケット「ファルコン 9」は初期型でも地球低軌道へ10,450キログラムを搭載できることから、中型に相当する。ファルコン 9と競合しない小さなロケットであれば、「ホンダロケット」は2000キログラムまでの小型ロケットに相当すると考えてよいだろう。

小型ロケットには、日本ではJAXAのが運用する「イプシロン」、欧州アリアンスペースの運用する「ヴェガ」といった比較的ペイロード搭載量が大きいロケットから、キヤノン電子の衛星を打ち上げた米ロケットラボの「エレクトロン」などがあり、すでに活躍している。

出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より
出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より

さらに小型ロケットの中でも比較的搭載量が小さいクラスには、これから本格的に市場に参入してくるロケットが数多くある。大分空港で航空機からの空中発射を計画している「ランチャーワン」(ヴァージンオービット)、2015年にエレクトロン、ランチャーワンと並んでNASAの開発資金を得た「アルファ」(米ファイアフライ・エアロスペース)、徹底した部品点数削減で打ち上げコスト低減を目指す「テラン 1」(レラティビティ・スペース)、モバイル型の打ち上げ管制システムを開発し、米国内だけでなくイギリスからの打ち上げが可能な「RS1」(ABLスペース)、圧倒的な低価格で超小型衛星の打ち上げ需要を牽引してきたインドの新型固体ロケットSSLV、北海道の大樹町に射場を持つ「ZERO」(インターステラテクノロジズ)、和歌山県に射場を建設中の「スペースワン」(スペースワン)など、枚挙にいとまがないといってもよいほどだ。

出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より
出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より

一方で、「小さな衛星」の打ち上げ需要はどうだろうか。NASAは人工衛星は質量によって「ナノサテライト」(1~10キログラム)、「マイクロサテライト」(10~100キログラム)、「ミニサテライト」(100~180キログラム)と分類しており、また日本では100キログラム以下を「超小型衛星」、100~1000キログラムを「小型衛星」と大別している。

米SpaceWorksの小型衛星市場予測によれば、2024年のナノ・マイクロサテライトの打ち上げ需要は年間約600機、ユーロコンサルの予測によれば、2028年までの小型衛星の打ち上げ需要は年間約860機となっている。この中には、スペースXのように自社で衛星開発と打ち上げの両方が可能で他社のロケットを頼る必要がない、米軍による打ち上げ需要のため米国外のロケットは打ち上げに参入できない、といったケースが含まれていて数字を押し上げているため注意が必要だが、年間数百機の小型・超小型衛星打ち上げ需要が2020年代後半まで続くという期待はある。

出典:SpaceWorks『2020 NANO/MICROSATELLITE MARKET FORECAST, 10TH EDITION』より
出典:SpaceWorks『2020 NANO/MICROSATELLITE MARKET FORECAST, 10TH EDITION』より

「小さなロケット、小さな衛星」の市場では、旺盛な需要を見越してこれから3年以内にデビューする小型ロケットがしのぎを削るという状況だが、さらに中型・大型ロケットに多数の小型衛星を相乗りさせる「ライドシェア」がまとめ打ち上げ需要をさらっていくという見通しがある。ライドシェア市場にはスペースXがすでに参入しているが、さらに今年後半以降にデビューする欧州の大型ロケット「アリアン 6」、日本の「H3」もライドシェア打ち上げを計画している。

小型ロケットは、新規参入ひしめく市場で同クラスのロケットだけでなく、より搭載量の大きいロケットとも戦わなくてはならない。ホンダのロケットは新規参入になるため、道のりは厳しい。

一方でホンダの強みといえば、企業としての存続性はベンチャー企業より圧倒的に高いことだろう。スペースXの初期のロケットで小型の「ファルコン 1」開発費は、約9000万ドル(現在の価値で約97億円)。2002年のスペースX創業から2008年の4号機打ち上げ成功までに3回の打ち上げに失敗し、DARPAなどから得た資金は底をついていた。イーロン・マスクCEOが所有するテスラも同様の資金難にあり、電気自動車の収益でロケット事業を支えられるような状況でもなかった。NASAから国際宇宙ステーションへの民間物資輸送計画で開発資金の一部を得ていたものの、それでも4号機の打ち上げ成功がなければ、スペースXという企業は存続できなかったのだ。

ホンダは四輪事業の収益悪化といった問題を抱えているとはいえ、創業間もないベンチャー企業とは異なる。ただし、コストダウンによるシェア獲得を目指すと、いずれは「人件費が圧倒的に小さい」というインドとの競争にぶつかる。ホンダがロケットのエンジン開発から機体製造まですべて手掛けるとして、2020年代後半になるであろう試験機打ち上げまでどんな開発目標を定め、どのようにモチベーションを維持していくのか問われるだろう。

採用情報から見えること

ホンダの企業サイトには、すでに宇宙事業を睨んだ採用と思われる募集が掲載されている。

研究開発

空の次世代モビリティ研究開発(テスト領域)

職務内容

新型モビリティの推進器(エンジン)燃焼テストにおける

・テスト仕様の策定(要求項目、手法等)、および検証計画の立案

・テスト結果の解析および性能評価

・設計担当への仕様変更提案

・シミュレーションによる推進器(エンジン)性能検討、解析(MBD)

・テスト設備の仕様策定および導入

※国内の研究機関、ベンチャー企業等と協働していただきます。

※社内航空機エンジン開発部門と協働していただきます。

【求める経験、スキル】 ※以下、いずれかのご経験をお持ちの方

・推進器・燃焼機関(エンジン等)のテスト経験

【上記に加え、あれば望ましい経験、スキル】

・高圧ガス製造保安責任者資格をお持ちの方

・ディーゼルエンジンの研究開発経験

・航空宇宙工学に関する基礎知識

募集内容によれば、ロケットエンジンの開発・試験エンジニアと思われる。「国内の研究機関、ベンチャー企業等と協働」という文言があり、研究機関はJAXAなどが考えられるが、ベンチャー企業とはどのような相手を想定しているのだろうか。

一つ考えられるとすれば、射場を運営する企業の存在がある。今年4月、北海道大樹町でスペースポート(宇宙港)事業を目指すSPACE COTAN(スペースコタン)が発足した。大樹町といえばロケット開発企業インターステラテクノロジズが拠点を持っているが、「航空業界で例えると、スペースコタンが空港を運営する企業で、インターステラ社がエアラインです」(スペースコタンCEO 小田切義憲氏)との発言がある。他のロケット企業も参入が可能であることから、エンジン試験や試験機打ち上げなどを目指して射場運営企業と協業するということならばあり得る。

また、望ましい経験、スキルとして「ディーゼルエンジンの研究開発経験」が挙げられている。ただし、過剰な意味を見出すのは注意が必要だろう。一般的にいってディーゼルエンジンはそのままロケットエンジンに応用できるとは考えにくく、ディーゼル燃料はエネルギー密度や冷却性能の点でロケット燃料には不向きだ。ロケット燃料には、点火器を使わない自己着火式のものがあり、ディーゼルエンジンと一部考え方が似ていることから、そうした分野で経験を持つ自動車のエンジニアにも採用の間口を広げるということならば考えられる。

これまで、公表された情報から、ホンダの宇宙事業について考えてみた。小型ロケット市場には激しい競争が存在するものの、ホンダの年間研究開発費はファルコン 1ロケット開発費の80倍以上ある。資金と、航空機事業を成功させた経験を持って、宇宙開発に力強く参入するという期待が高まる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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