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伊藤詩織さん名誉毀損裁判 判決で名誉は回復されたのか

小川たまかライター
記者会見する伊藤詩織さんと代理人弁護士(11月30日/筆者撮影)

 11月30日、東京地裁。ジャーナリストの伊藤詩織さんが漫画家のはすみとしこさんら3人を名誉毀損などで訴えた民事裁判の判決が言い渡され、はすみさんに88万円、はすみさんのツイートをリツイートした医師と漫画家の男性2人にそれぞれ11万円の支払いが命じられた。

 伊藤さんの勝訴と言える判決だが、被害を受けた側がネット上の誹謗中傷を訴えるには金銭的・精神的な負担が大きく、勝訴しても被害に見合う賠償額が得られるわけではない。また原告代理人弁護士によれば、訴訟中に3人の被告から謝罪や反省の態度はまったく見られなかったという。

判決によって伊藤さんの名誉は回復されたのか

「こういった誹謗中傷の話になると、表現の自由という声も聞こえてきます。この数年、私はSNSが使えなくなったりメールを開けなくなってしまって、アシスタントがすべて対応している状態です。コミュニケーションを仕事とする者にとっては本当につらい状況です。

私の表現の自由が奪われてしまっているんですね。本当はもっといろいろな取材をして発信をしたいけれど、特に日本語では難しいなと思ってしまう。だから表現の自由は、誰の自由を守っているのかということを一緒に考えていただきたいと思います」

 判決後に行われた記者会見の中で、伊藤さんはこのように語った。ネット上での誹謗中傷や嫌がらせは規制が難しく、誹謗中傷を行う側の「表現の自由」が守られるあまり、そのターゲットとなる側が表現・発信の場を失ってしまう状況がある。

 判決では、伊藤さん側が求めた賠償の支払いは一部認められたものの、はすみさんに対して求めた謝罪広告の掲載は認められなかった。一般的に謝罪広告の掲載は賠償よりも認められるハードルが高いという。そうだとしても、判決文の中で「謝罪広告を掲載するよう命ずる必要があるとまでは認められない」と判断された理由が気になった。

 理由は3つ。1つは、この判決が被告に損害賠償の支払いを命じるもの(伊藤さんの勝訴)であるから、この判決によって伊藤さんの名誉は「相当程度」回復されるというもの。

 2つ目は、伊藤さんはラジオやテレビに出演したり、本を出版したりしていることから、「自身の主張を広く社会一般に発信できるというべき」だから。

 3つ目は、はすみさんのツイッターアカウントが凍結されていて現在閲覧できない状態であるからだという。

 2つ目の点について、会見で記者からは「つまりこれって、被害に遭った側が自分で名誉を回復しなくてはならないってことになると思うのですが」と質問が挙がっていた。ラジオやテレビに出ているから主張を発信できるという判断は、現代において最も身近で主体的な発信ツールであるSNSを使えない状況になっている伊藤さんに対して少し酷なのではないかと感じた。

大澤昇平さんからの賠償金は未だ支払われず

 伊藤さんは今年7月に、元東京大学大学院・特任准教授の大澤昇平さんに対する訴訟でも勝訴している。33万円の支払いとツイッター投稿の削除が命じられた大澤さんは、その後もツイッター上で「勝訴しました」「(110万円のうち33万円が認められたことから)7:3で俺が大勝しました」「超優秀だった某保守系弁護士に感謝です」などと投稿し、反省の様子はまったく見られなかった。このようなツイートをリツイートしたり、賛同のリプライを送っているアカウントも存在する。

 現在も大澤さんは削除命令の出たツイートを削除していないし、伊藤さんの代理人弁護士によれば、賠償金は支払われていないという。

 すでに出た判決でこのような状況があり、いまだに伊藤さんへの誹謗中傷がネット上で行われている中で、今回の判決によって伊藤さんの名誉が「相当程度」回復すると言えるのかは少し疑問だ。

はすみさんはインスタで「重く受け止めたい」

 一方、今回の判決について、はすみさんは自身のインスタグラムで「まずは私の巻き添えに遭ってしまったA、B氏にとても申し訳なく思っています。判決に関するコメントは、判決文全てを読んでいないのでできませんが、判決を重く受け止めたいと思います」などと綴っている。

 大澤さんのツイートと比べると、かつて扇動的なツイートを繰り返していたはすみさんが「判決を重く受け止めたいと思います」と綴るのは意外に感じた。はすみさんにとって一番の痛手だったのは、このような訴訟ではなく、4万人以上のフォロワーがいたツイッターアカウントの凍結だったのではないだろうか。

 伊藤さんの件に限らず、ネット上の誹謗中傷で賠償が認められても、被告側がその後も中傷ツイートを続けているケースはある。ヘビーユーザーの場合、周囲から止められてもやめられないこともあるのだろう。司法の判断よりも、一事業者の「凍結」の判断が意味を持つ時代になってしまっているようにも感じる。

RTした男性の1人は「自分こそが被害者」

 伊藤さんの代理人を務めた山口元一弁護士によれば、RTをした男性2人は加害の意識が皆無であり、1人は自分こそが被害者と主張したという。

「私は、気軽にRTしているからこそ、裁判になった途端に平謝りで、どうにか穏便にと言ってくるのだろうと想像していたのですが、実際の反応は真逆でした。やがて、『クリック1つ、タップ1つでできるRTで、深い意図もなく他人の意見を紹介しただけなのに、なんで裁判に引っ張りだされて損害賠償だなんだと責め立てられるのだ』というのが彼らの気持ちなのだ、と理解するようになりました」(山口元一弁護士)

 男性2人は現在もツイッターを続けており、医師の男性は判決後も判決を批判するツイートのRTを繰り返している。

 記者会見が始まる前、伊藤さん側の広報が報道陣に対して「男性2人は一般人なので(実名などが特定されないよう)配慮してほしい」という趣旨の注意を行っていた。伊藤さん側の配慮と男性側の自省のない行動に深い隔たりを感じる。

「イラストを描いてくださった方、感謝しています」

 伊藤さんは会見の最後に笑顔を見せた。2020年6月に会見を行った後、ツイッター上に「#伊藤詩織さんを支持します」というハッシュタグや伊藤さんのイラストが投稿されたことへの感謝を口にしたときだった。

記者会見の様子(11月30日/筆者撮影)
記者会見の様子(11月30日/筆者撮影)

「友達が教えてくれて、イラストを描いてくれた方がたくさんいるということを知りました。絵で励ましてくださった漫画家の方や、イラストを描いてくださった方、とてもうれしかった。心から感謝しています」

 法による規制は最終手段であり、マナーや倫理観で誹謗中傷やデマなどの悪意を防ぐことができれば一番良い。しかし現状では、誹謗中傷を行った側ではなく、被害を受けた側がネットでの表現活動を奪われているケースが少なくない。

「表現の自由は、誰の自由を守っているのかということを一緒に考えていただきたいと思います」

 伊藤さんの言葉は、ネット上で発信を行う誰にとっても他人事ではない。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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