安室奈美恵さんも採用していた「テイラースウィフト」方式について
「安室奈美恵のサブスク停止 真の理由は前事務所への恨み、完全引退、それとも“配信世代”息子の一言?」という記事を読みました。昨年の11月に、安室奈美恵さんの過去作品のほとんどがストリーミング・サービスで提供されなくなった件の話です。結局、理由はよくわからないということで、最後に「いかがでしたか」と書いてありそうな感じです。
とは言え、「(アルバム"Finally"において)前事務所時代の曲の全てを、歌、演奏ともに新たに録音したのです。これは『テイラー・スウィフト方式』とも呼ばれ、かつての音源の権利を持つ前事務所に、売上が流れないためのやり方です」という「芸能プロ関係者」の発言がちょっと気になりました。
これは、過去作品の原盤権が投資ファンドに売却されたことをよしとしないテイラー・スウィフトさんが2008年のアルバム"Fearless"を2021年に全曲再録音(新解釈による「セルフカバー」ではなく旧録音とそっくりの再録音)したことを指しています。「テイラー・スウィフト方式」と名前が付いていることは知りませんでした(やったのは安室さんの方が先なのですが)。
この「テイラー・スウィフト方式」については過去記事で著作権法上の論点について解説しています。結論から言うと米国でも日本でも著作権法上は問題ありません。原盤権(日本では「レコード制作者の権利」という著作隣接権で、米国では「サウンドレコーディング」として著作権で守られます)は、録音をやり直すと新たに権利が発生し、仮に過去の録音とそっくりであっても特に著作権法上の問題は生じません。なお、レコード会社とアーティストの間で、同じ曲の再録音を行わない契約上の縛りがあることが通常ですが、期限(たとえば3年)が定められていることが普通なので期間を過ぎる、あるいは、特別に許可をもらえばクリアーされます。
ところで、楽曲に関する権利(著作権)と録音された音源に関する権利(原盤権)を明確に区別するという方式は、作曲家が作った楽曲の楽譜を出版社が販売し、演奏家は楽譜を忠実に演奏するという時代であれば良かったのですが、譜面に表れない様々なサウンドや実演家のアドリブが重要な役割を果たす今日の音楽に本当に合致しているのかという議論は生じます。たとえば、ジャズでは、楽曲はあくまでも素材であって、アドリブソロこそが音楽芸術としての肝になっている(そしてアドリブはいわばリアルタイムの作曲行為であるとも言える)わけですが、演奏家は著作権収入を得られないという問題があります。別の例で言えば、マイケルジャクソンの"Beat It"の完コピカバーをやると、作詞作曲家であるマイケルジャクソンには印税が入りますが、間奏のソリスト(素晴らしいメロディだと思いますし、この曲に大きな付加価値を与えているでしょう)であるエディヴァンヘイレンには一銭も入らないという問題が生じます。