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「まずは一冠」。リーグ杯王者の堅守を支えるGK山下杏也加、新たなサッカーで高まる存在感

松原渓スポーツジャーナリスト
2年ぶりのリーグ杯王者に輝いた日テレ・ベレーザ(写真:松尾/アフロスポーツ)

【2年ぶりの戴冠】

 21日(土)に行われたなでしこリーグ杯決勝戦は、日テレ・ベレーザ(ベレーザ)がINAC神戸レオネッサ(INAC)を1-0で下し、2年ぶりのタイトルを獲った。

 夜7時のキックオフ時でも気温は30度を超え、じっとりと蒸すようなピッチコンディションが選手たちの体力を奪っていく。そんな中、試合終盤の85分にゴールをこじ開けたのは、エースのFW田中美南だった。FW宮澤ひなたとのパス交換から、MF長谷川唯が上げた右サイドからのクロスを、頭で丁寧に流し込んだ。

 今年のリーグ杯は、春から夏にかけて集中する代表活動期間と重なっており、代表選手が多いチームにとっては不利な日程だった。なでしこジャパンに9名、U-20日本女子代表に3名と、リーグ最多の代表選手を送り出すベレーザにとっては特に難しい状況だったのだ。それでも、予選を7勝1敗と圧倒的な強さで決勝まで進出できた最大の要因は、控えメンバーも含めた総合力の高さだ。

 インサイドハーフで攻守を牽引したMF長谷川は試合後、チームメートへの感謝を強調した。

「試合に出ていない選手がレベルアップして、試合の経験を積みながらここまで勝ち上がれました。ベンチの力が上がるからこそ、出ている選手の責任や競争力も高まって、全体のレベルが上がったと思います」(長谷川)

 今シーズンから指揮をとる永田雅人新監督は、決勝までの全9試合で、下部組織のメニーナの選手を含め、(ケガの2名を除く)28名中、25名の選手を起用。若手や新戦力を適材適所で抜擢し、経験を積ませながら最高の結果を導き出した。 

【流れを引き寄せたセービング】

「このまま延長に入りそうだな、という中でゴールを決めてくれたので。普段はあまり喜ばないんですけど、今日は嬉しくて飛び出しちゃいました」

 試合後、GK山下杏也加はそう言って少し照れた。ポジション柄、試合中にゴールの喜びの輪に加われる機会はそう多くない。むしろ、喜びを噛みしめ、試合終了に向けて、そのリードを守るために集中力を研ぎ澄ます。だが、この試合は特別だった。

 反射神経と身体能力の高さを生かしたセービングで後方に安定感を与え、セットプレーや1対1では、迫力のある仁王立ちで相手を威嚇する。山下は、代表選手が勢ぞろいするピッチでも一際のオーラを放っていた。

 この試合は、INACが通常よりも低い位置で守備をスタートしていたため、ベレーザの最終ラインは余裕を持ってパスを回せていたが、その分、がっちりと固められた相手ゴール前を崩すのは容易ではなかった。

 そんな中、前半15分に右サイドから危険なセンタリングを入れられた場面で、山下がしっかりと体を張ってクリアしたプレーは、INACに傾きかけた流れを引き戻した。そして、“相手の攻撃の後にチャンスあり”とばかりに、21分と49分には矢のようなキックを相手陣内中央まで飛ばし、カウンター攻撃の起点になった。

 永田監督が採用する戦術では、最終ラインの設定が昨年よりも高い。それだけに、GKのプレーの質も、より問われるようになったと山下は言う。

「全体が攻撃的なポジションを取るので、そのぶん後ろはリスクが高くなるし、キーパーもビルドアップに参加するので、自分のミスで失点する確率は去年より上がりました。ただ、そのリスクを負わない限りベレーザのサッカーは出来ないので、パスの成功率を上げることと、小柄な選手が多いので、失わないようなボールを蹴るようにしています」(山下)

守護神として存在感を増す山下杏也加(リーグ第5節 写真:森田直樹/アフロスポーツ)
守護神として存在感を増す山下杏也加(リーグ第5節 写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 22歳の若き守護神が、言葉や立ち姿に漂わせる余裕は、若い選手が自分を鼓舞するためのそれとは明らかに違う。それは、実績から見ても分かる。山下がベレーザの正GKになった2015年からベレーザはリーグを3連覇しており、山下は3年連続のリーグ最少失点を支えてきた。

 高倉ジャパンでは、2016年6月のチーム立ち上げ時から継続的に呼ばれ、今月末のアメリカ遠征にも招集されている。4月のアジアカップの活躍で、代表の正GKの座を巡るポジション争いで一歩リードした感があるが、ここに至るまでにはサブもメンバー外も経験しており、決して順風満帆に来たわけではない。

 4月のアジアカップで、山下は決勝戦までの5試合中、準決勝以外の4試合に出場。グループリーグのオーストラリア戦では失点に絡んだが、決勝のオーストラリア戦ではPKストップなど、神がかったファインプレーで、優勝に大きく貢献した。

【飛躍を予感させるシーズン】

 緩やかに右肩上がりのグラフを描いているように見える山下の成長曲線は、クラブでのプレーと密接に関係している。

 ベレーザで指導して2年目になる野寺和音GKコーチは、山下の強みと伸びしろについて、こう話す。

「彼女は普段からプレーについてよく考えていますね。特に、ポジショニングとかディフェンスの使い方については、僕と意見がぶつかることはないですが、彼女の考えを聞いた上で、『こっちのほうがいいよ』と提案するようにしています。あとは、ゲームで、スイッチが切り替わった時の集中力はすごいです。昨年よりも状況判断が速くなっているので、キックの質が上がればさらに良くなると思います」(野寺コーチ)

 野寺コーチの言葉からは、山下の「芯」の強さも伝わって来る。また、元々、緊張や重圧で動じる性格でもない。ただ、その強さが試合の中では裏目に出てしまうこともあったようだ。

 昨年末の皇后杯決勝の後、山下はシーズンを振り返り、自身の課題についてこんな風に話していた。

「試合中に熱くなりすぎて、(失点シーンなどで、味方の)選手に当たってしまうことがあるんです。もっと冷静になって、その選手が今後のサッカー生活に活かせるような言葉を伝えられるようになりたいです」(山下/2017年末)

 だが、今年の山下には、その課題は当てはまらない。

 永田新監督の下で新たな戦術にトライするため、チームの全員がチャレンジャーとして同じスタートラインに立った。そして、「新たな挑戦にミスはつきもの」だ。

 そんな中で、山下自身も新たなプレースタイルを吸収するために日々チャレンジしており、「ミスに対する考え方がクリアになり、ストレスを感じなくなった」(山下)のだという。

【アメリカ遠征に向けて】

 積極的なチャレンジの結果として起こる失敗を恐れないーーそれは、代表で、山下自身が大切にしてきたことでもある。アメリカやオランダなど、強豪国に立ち向かった時には、その経験を濃密なものにするために、自分が持っているあらゆる引き出しを駆使してチャレンジすることを楽しんでいるように見えた。

アジアカップでの山下の活躍は、そういった積極的なミスの積み重ねの上に導かれたものだった。

 先日、幕を閉じたロシアW杯で印象に残ったプレーを尋ねた際の答えは、山下らしかった。

「高い技術を持っている選手でも、チャンピオンズリーグ決勝のような大舞台ではミスをしてしまうことがあります。そんな中で、フランスの(GKウーゴ・)ロリス選手の落ち着きが印象的でした。2失点目は(彼の)ミスだったのですが、(そのプレーから、)チャレンジしないよりも、大きい舞台でチャレンジして結果を残そう、というものが伝わってきて。そういうメンタル(の強さ)とか瞬時の判断は、本当に勉強になりました」(山下)

 ミスをすれば批判もされるが、恐れからは何も生まれない。その肝の据わり方や、プレー中に時折見せる独特の「間」の作り方も、型にはまらない山下の魅力だ。

 GKは派手なセービングが目に付きやすい反面、無失点に抑えても、そのための細やかな努力は伝わりづらく、華やかな攻撃陣の陰になりがちだ。かつてFWとしてプレーした経験もある山下は、どう感じているのだろうか。リーグ杯の決勝戦の後、気になっていた質問をぶつけてみると、山下は柔らかい笑顔でこう答えた。

「たまに、(FWの)田中さんに嫉妬することもありますよ(笑)。でも、地味なポジションに見えるかもしれませんが、GKにはGKの良さがあります。それに、代表選手になれたので、これで良かったな、と思っています」(山下)

 この後、山下はなでしこジャパンの一員としてアメリカ遠征に向かう。日本は、7月27日(金)にアメリカ、30日(月)にブラジル、8月3日(金)にオーストラリアと対戦する(全て日本時間、NHK BS1で生中継)。昨年の同大会で、山下は2試合に先発し、日本はブラジルに1-1で引き分け、アメリカには0-3で敗れた。

 アジアチャンピオンとして臨む今大会で、山下がこの1年間の成長をどのように見せてくれるのか、期待は高まる。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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