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パリ五輪にロシア人選手が参加か否か決めるのは誰か。迷走するIOC【1】ウクライナ戦争とオリンピック

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が、来年2024年のパリ・オリンピックで、ロシアとベラルーシの選手たちが「中立の旗」の下で競技を行える計画を発表し、波紋を呼んでいる。

1月31日、バルト3国とポーランドは、パリ・オリンピックからロシアとベラルーシの全選手を排除することを要求するウクライナを支持し、IOCを当惑させた。

ラトビアのリンケビクス外相は、ポーランド、エストニア、リトアニアとの会議の席上で、「ロシア人とベラルーシ人の次回大会への参加を認めるという決定は、不道徳で間違ったものだ」と述べた。

ラトビア・オリンピック委員会は、ゾルツ・ティクメル会長を通じて、「ラトビアは侵略国と一緒に大会に参加しない」と、すでに大会のボイコットを予告している。

IOCは同日の夜、声明で立場を改めて表明した。

「ロシアとベラルーシの国家と政府に対する制裁は譲れない」とIOCは繰り返し強調し、この2カ国でのスポーツ・イベントの開催禁止、すべての競技会での国歌と国旗の使用の禁止、すべてのスポーツ・イベントからの両政府代表の追放を挙げた。

そして選手は、ウクライナ戦争を積極的に支持していないことが条件で、競技に参加できるのだと述べた。

誰が権限をもっているのか

これからますます波乱が予想されるオリンピックだが、まず原則的な話をしたい。

誰が、ロシアとベラルーシの選手が参加できるか否かを決める権限をもっているのか。

実は、IOCにもバッハ会長にも決定権はない。決定は、国際競技連盟が下すことになる。現在、競技別に、夏季と冬季を合わせて全部で40の正式競技の国際連盟がある(承認競技のほうは36ある)。これらが各競技の国際大会を規制できる、唯一の組織なのだ。

ただし、国際競技連盟は、IOCの「勧告」には従う傾向が強い。そういう意味でIOCとバッハ会長は、とても大きな権力をもっている。

パリ五輪委員会にも、開催国フランスのマクロン大統領にも、パリ市長アンヌ・イダルゴにも、決定権はない。ただし影響力はもっているということだ。各国の政治家やスポンサーも大きな影響力をもっている。影響力は、大きければ「権力」となる。

政治家は自分の国をボイコットさせて、自国のアスリート全員を五輪に参加させない措置は取ることはできる。

ロシア人選手を出場禁止にしたIOC

ウクライナ戦争が始まってから、IOCは迷走中である。

ロシアがウクライナに侵略したのは、昨年2022年の2月24日だった。

その日のうちにIOCは、強い非難声明を出した。北京オリンピックは2月20日に終わっていたものの、3月4日からはパラリンピックが続く。

ロシア政府は、「オリンピック休戦」という精神を踏みにじったのだ。IOCが非難するのは当然だろう。

翌日には国際競技連盟に対し、ロシア領内で予定されているすべての競技を中止または移転するよう正式に要請した。

そして4日後の2月28日、IOCは、ロシア人とベラルーシ人の競技会出場を禁止することを、国際競技連盟に勧告したのだった。

各競技の連盟は、スポーツによってカラーが全く異なり、それぞれ個性がとても強い。大問題になった連盟もあれば、比較的あっさり決まった連盟もある。

結果として、40ある国際競技連盟のうち、39の連盟はIOCの勧告に従った。

たった一つの競技だけが、両国の選手の出場を禁止しなかった。柔道である。

そして日本オリンピック委員会の長は、よく知られているとおり、柔道アスリート出身者である。

東京の講道館柔道場を訪れたオリンピック柔道金メダリストの山下泰裕氏、プーチン大統領、安倍首相(当時)、森元首相がデモンストレーションを見ている。2016年12月16日。
東京の講道館柔道場を訪れたオリンピック柔道金メダリストの山下泰裕氏、プーチン大統領、安倍首相(当時)、森元首相がデモンストレーションを見ている。2016年12月16日。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

各競技の連盟の決定とは

読者の方々の中には、好きなスポーツの国際的な大会で、ロシア人(やベラルーシ人)が出場していないと知っている方は多いのではないか。

背景には、IOCの出場停止勧告があったのだ。そして各スポーツの国際競技連盟の判断があった。

では、このIOCの「ロシア人とベラルーシ人を競技会出場停止」の勧告は、詳細にはどういう結果になったのか。

The Danish Institute for Sports StudiesのJens Weinreich氏が素晴らしい調査を行ったので紹介したい。

(※ベラルーシは省略。2022年4月時点)

(1)ロシア人選手について。

40組織のうち、39が、選手を出場停止にした。

そのうち

◎「チームだけ出場停止」と答えたのが8組織。バスケット、サッカー、バレーボール、ハンドボール、アイスホッケー、テニス、卓球、自転車競技。

「チームだけ」というのは、世界では国籍(パスポート)を複数もっている人は珍しくないので、個人の国籍では判断しないという意味だと思う。例えばロシア国籍とジョージア国籍をもっている人が、ジョージアのナショナルチームに参加しているのなら、出場できるという意味だろう。

この中では、特にテニスが目をひく。他の競技はチームの競技と言えるが、テニスは個人性が強いスポーツである(続編で執筆予定)。

◎「IOCに従う(独自の返答なし)」と答えたのが1組織でダンススポーツ。

そして、前述のように、唯一、柔道(IJF)だけが停止にしなかった。

ロシアのプーチン大統領と長年親交のあるマリウス・ビゼール会長(ルーマニア)の下で、禁止令に踏み切れなかった。ビゼール会長は、ロシア人とベラルーシ人が連盟の旗の下で、中立的な立場で競技を続けることを望んだ。

そして、3月中旬に、両国の連盟は自ら辞退した。この作戦はビゼール会長との間で練られたものと言われている。

日本らしい物事のやり方という感じがするが、背後では実際に何があったのだろう。

(2)ロシア人職員(役員)の資格について

40の組織のうち、ロシアの職員(役員)を永久に資格停止にしているのは7つだけである。

リュージュ、ボブスレー&スケルトン、バイアスロン、カヌー、スポーツクライミング、陸上、そしてラグビーだ。

スケートボードの国際競技連盟は、昨年4月1日「ロシアとベラルーシの選手と役員の国際大会への参加を、即時かつ追って通知するまで、認めない」と明白に宣言した団体だ。東京2020五輪男子パーク決勝で
スケートボードの国際競技連盟は、昨年4月1日「ロシアとベラルーシの選手と役員の国際大会への参加を、即時かつ追って通知するまで、認めない」と明白に宣言した団体だ。東京2020五輪男子パーク決勝で写真:ロイター/アフロ

(3)競技大会におけるロシア人職員(役員)について

これが最も意見が割れている。

28の組織は、停止した。

9の組織が停止をしなかった。

サッカー、ホッケー、スキー、ボクシング、アイスホッケー、柔道、射撃、テニス、カーリングである。

体操は「下のほうの職員(役員)は停止で、最高位級の職員(役員)は残る」と答えた。

ダンススポーツは、こちらも「IOCに従う(独自の返答なし)」と答えた。

バドミントンは回答しなかった。

(4)ロシア国の連盟について

40の組織のうち、戦争中のロシア国の連盟を停職処分にしたのは7だけである。

ボブスレー&スケルトン、バイアスロン、スポーツクライミング、テニス、陸上、ラグビー、トライアスロンだ。

ただし、陸上は2015年から、トライアスロンは2021年から、ドーピングが理由で既に停止になっていた。陸上は、4項目すべてで「停止」である。

トライアスロンのほうは、「(2)ロシア人職員の資格」だけ、停止していない。

ボブスレー&スケルトンとバイアスロンは、「次の会議まで」という条件付きである。

前言を翻すIOC

考えてみると、このIOCの勧告はおかしい。

もともとIOCという組織は、歴史的にスポーツの中立を謳ってきた組織である。

それは五輪憲章に明確に表現されている。

「政治的中立を維持」、そして「オリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」と書いてある。

だから今、IOCが「中立」を言い出したのは、むしろ元に戻ったというべきだろう。問うべきは「なぜ昨年、ロシアとベラルーシの選手を競技会に出場停止にするよう勧告を出したのか」のほうが、適している。

五輪の理念からすれば、この勧告は「政治的中立」と「国籍や政治的な意見で差別してはいけない」という神聖な原則を放棄したものだったからだ。

スポーツとオリンピズムの歴史家であるローザンヌ大学教授パトリック・クラストルは、『ル・モンド』のインタビューでこう答えている。

「IOCは、スポーツ外交の重要な担い手となった多くの連盟やアスリートに追い越され、競技者不足で大会が中止されることを恐れていたのです」。

民主主義国家や多くの選手やチームが、ボイコットをして出場しなくなることを恐れた。それなら、ロシアやベラルーシのチームの追放を提唱したほうがいいと考えたーーと。

「IOCは現実主義者」であり、「スポーツのシステムを最も危険にさらすことのない解決策を選んだのです」。

IOCがロシア人選手の参加を望まなかったのは、国際的な世論のためだった。

中立か、人権・人命か。

今、スポーツは、ますます国籍を超えた、平和と連帯のためのツールになっている。戦争に反対する声が、アスリートから出る時代になっているのだ。彼らの声は、メディアやSNSを通じて、世界に拡散される。

オリンピックは、国別に競技を行っている以上、国家の影響は免れることができない。そしてスポーツは、国威のための「ソフトパワー」として利用されてしまう。

国家のためにメダルを取らせるように、国は選手に薬物さえ投与させる。写真はドーピングテストでトイレで尿を採取するための検査キット。2013年東京の日本アンチ・ドーピング機構のもの。
国家のためにメダルを取らせるように、国は選手に薬物さえ投与させる。写真はドーピングテストでトイレで尿を採取するための検査キット。2013年東京の日本アンチ・ドーピング機構のもの。写真:ロイター/アフロ

前言を翻して、今度は「五輪の中立」を言い出したIOC。このような右往左往のIOCの姿勢が、混乱を招いている。今、五輪の原則にもとづいて「元に戻した」からといって、反発や混乱はいっそう深刻になるだけではないだろうか。

ウクライナ戦争は、オリンピックが、スポーツ界が、変わるべき大きな転機となるかもしれない。

それでは戦争が始まってから今日に至るまでの1年弱、スポーツ界で何が起きていたのだろうか。戦争で、何が問題として浮き彫りになったのだろうか。

【2】ウクライナ戦争と五輪 に続く。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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