ベルギー王女も発表授与式に参加した国際学生オンラインゲームジャムが示す未来
ゲームジャムのテーマは「バランス」
2022年12月5日から9日までアストリッド・ベルギー王国王女殿下が率いる経済ミッションが来日した。約600人規模の企業関係者で構成され、東京では岸田首相との会談も実施されるなど、さまざまな行事が行われた。その最終日に多忙なスケジュールを縫って、京都国際マンガミュージアムで行われた「Belgium×Japanゲームジャム2022」の発表授与式に王女殿下が来館し、参加チームを顕彰した。このイベントはビデオゲームに関する人材教育に新しい歴史を開いた。
すでに過去記事でも紹介しているとおり、ゲームジャムは経歴もスキルも多様な参加者が一堂に会し、短期間でテーマに即したビデオゲームを開発して公開するイベントだ。2000年代から欧米で始まり、2010年代に入ると開発ツールやスマートフォンの普及などを背景に、日本でも浸透した。ビデオゲームの開発を学ぶ大学や専門学校の中には、授業の一環としてゲームジャムを取り入れる例も多い。コロナ禍にともないオンラインで開催されるゲームジャムも増加傾向にある。
もっとも、ベルギーと日本の学生を対象としたオンラインゲームジャムとなると話は別だ。そこには言葉と時差という二重の壁があるからだ。しかし、2022年12月2日~4日にかけて、48時間で開催された本ゲームジャムでは、両国あわせて約200人の学生が参加し、合同チームを結成。全20チームのうち19チームがゲームを完成させ、会場で展示した。発表授与式では6チームが受賞し、グランプリのチームには王女殿下から直接、賞状が手渡された。
本ゲームジャムはベルギー王国フランス語共同体政府 国際交流新興庁(WBI)、ワロン地域ゲーム協会、リエージュ大学ゲームラボ、日本のBitSummit実行委員会、そして京都精華大学が共同開催したものだ。「経済ミッションにあわせて、環境問題をテーマとしたゲームジャムを開催したい」という依頼がきっかけで、双方の教育関係者が中心となり、オンライン会議を重ねながら準備が進められた。筆者もその一人として準備と運営にかかわった。全ゲームはネット上で公開されている。
ゲームジャムのテーマは「バランス」で、環境問題を筆頭に、エネルギー問題、移民問題、そして戦争と、現代社会がかかえるさまざまな課題を背景に設定された。これらの問題を解決するためには、一方の意見に寄りすぎないこと、すなわち「中道」の精神が大切というわけだ。そのうえで「火・水・土・風・空気のエレメントを取り入れること」「日本とベルギーの文化を取り入れること」「言語の壁を越えてプレイできること」などのサブテーマが設けられた(公式サイトはこちら)。
グランプリ&プリンセスミッション賞:Ecooks
鏡のように動くキャラクターを漫画風のコマ割りの中で操作し、エアコンを消す、ゴミを捨てるなどの行為を通して食材を集め、料理を創り上げるパズルアクション。日本とベルギーの文化をうまく取り入れたゲーム内容や、ゲームジャムのテーマをうまく昇華したロゴやキャラクターデザインが評価された。
ゲームデザイン部門賞:PanicPlanetKeeper
お風呂に入ってストレスを解消することが生きがいの主人公が、環境とのバランスをとりながら生活を続けていくマネジメント&サバイバルゲーム。プレイヤーは環境と自分のストレスの双方を管理しながら、木を切り、水をくみ、植林し、木を育てていく。ゲームプレイを通して持続可能な社会のありかたを考察させる意欲作。
ゲームビジュアル部門賞:RE:Cycle
地球を汚染する廃棄物を3マッチパズルの要領でリサイクルしていくパズルゲーム。ステージ上のタイルを、火・水・土の属性に配慮しつつ並べ替え、削除していく。属性のバランスに注意しながらタイルを消していく点がミソ。日本とベルギーの文化を融合させた、水彩画風の背景やキャラクターが評価された。
ゲームサウンド部門賞:Secret Garden
4つのエリアを探索し、庭園に隠された5種類のエレメントを探し出すアドベンチャーゲーム。ベルギーの伝統的な人形劇や、段ボール風の草木、日本の庭園風景などからインスパイアされた世界観、ゲームの前後に挟まるイベントシーンなどに加えて、鐘の音が探索のヒントになる要素が評価された。
コンセプト部門賞:Prends garde, Kiko !
鎧を着込んだ武将ペンギン「KIKO」を操作し、海中や砂漠に飲み込まれないように注意しながらジャンプを繰り返し、ゴールをめざすアクションゲーム。ただ走るだけではなく、世界の気温をKIKOのスピードで調節していく点がミソ。走るのが速すぎても、遅すぎても世界が破滅してしまう点が評価された。
マーケティング部門賞:vardent
二段ジャンプできるキツネと、ブロックを崩せるマリノア犬(ベルギー原産の牧羊犬種)。二種類のキャラクターの操作を切り替えながら、鍵を探して扉を開け、ステージをクリアしていくパズルアクションゲーム。ゲームもさることながら、プロモーションムービーの完成度が高く評価された。
草の根の産官学連携で進められた準備
本ゲームジャムはさまざまな点でユニークなものになった。▼学生が一度も実際に顔を合わせることなく、オンライン(主にDiscordが使われた)でゲーム開発が行われたこと▼言語の壁を翻訳ツールなどで乗り越えたこと(ベルギー内でもワロン地域はフランス語を公用語としており、日本の学生同様に、英語に苦手意識をもつ学生が多かった)▼時差による自発的な国際分業(日本とベルギーは8時間の時差がある)▼環境問題というシリアスなテーマが設定されたことーーなどだ。
運営スタッフの一人として、草の根の産官学連携で運営された点にも触れておきたい。毎週開催されたオンライン会議では、大使館のスタッフが通訳をつとめたり、ゲーム会社のスタジオマネージャーが資料をとりまとめたりと、さまざまな立場の人々が一堂に集まり、手探りで進められた。イベントと同じく運営もまた、「ゲームジャム」スタイルで行われたのだ。さまざまな偶然と人の縁が、本ゲームジャムを成功に導くことになった。
ゲームジャムが外交政策の一環として位置づけられた点も特筆すべきだろう。デジタル化担当長官のマチュー・ミッシェル氏は壇上で、ビデオゲームをただの娯楽とみなすのは誤りで、さまざまなデジタル技術の牽引役であり、デジタルとアナログの双方の世界をつなぐ牽引役だと強調した。そのうえで、ビデオゲームを巡るエコシステムが「スマート国家」の実現に有益であること、そして若い才能を伸ばすうえでさまざまな支援を続けていくと述べた。
門川大作・京都市長も本ゲームジャムの開催意義を、漫画・ゲーム文化の発祥地であり、1997年に「京都議定書」が採択された地であるという、京都の街をめぐる文脈になぞらえて説明した。また、約30万点の漫画と関連資料の収蔵を誇る(その中にはベルギーの国民的マンガ『タンタン』シリーズも含まれる)京都国際マンガミュージアムで、発表授与式が開催できた点についてもアピール。アストリッド王女と夫君のローレンツ・オーストリア=エステ大公の似顔絵をプレゼントするサプライズもあった。
ビデオゲーム開発を通した国際交流と人材育成の時代
アーケードゲームの古典的名作『パックマン』が鬼ごっこをモチーフにしたように、ビデオゲームには現実世界の抽象化と誇張化という側面がある。ここから転じて現実世界の社会課題をモデル化し、プレイヤーの能動的な参加を通して、学習に活用する試みが、さまざまな形で進められている。アナログゲームにまで視野を広げれば、災害避難所の運営について学ぶボードゲームをはじめ、日本でも徐々に活用が広がっている。今回のゲームジャムもそうした文脈に位置づけられる。
もっとも、社会課題をモデル化するうえで、何を重視するかは国や地域によって異なる。そのために必要なことは、異なる立場の人々が互いに議論を続けながら、合意形成を進めていく対話のプロセスだ。本ゲームジャムでは言語や時差の問題などから、企画会議が十分に深まらず、既存のゲームに環境要素をむりやり当てはめたものも見られた。もっとも、今回のゲームジャムは第一歩にすぎず、回を重ねていくごとに、より洗練されたゲームが期待できるだろう。
ちなみにベルギー側によると、グランプリを受賞したチーム(ベルギー人5名、日本人3名)に対し、ベルギーの学生を日本に派遣する、日本の学生をベルギーに招待する、などの計画も予定されているという。発表授与式も日本の学生のみで行われ、最後まで顔を合わせることなく終わった学生たちに対して、思わぬ副賞になりそうだ。こうした試みが続いていくことで、ビデオゲーム開発を通した相互交流と人材育成、そして社会課題の解決が進むことを期待したい。