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日本サポーターは「掃除人の仕事を奪っている」のか? ちょんまげ隊長ツンさんが語るカタールの人々の反応

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
ちょんまげ隊長ツンさんは、いまや中東全体でも注目される存在だ【宇都宮徹壱】

 ワールドカップなどの国際大会で、日本のサポーターが自分たちの出したゴミ拾い集めて持ち帰るのは、サッカーファンの間ではある種の風物詩となっている。ところが、そこに噛み付いてきた御仁がいたようだ。

 いわく「そもそも海外で評価されてるということを喜ぶ奴隷根性が嫌い」だそうで、日本サポーターの行動は「ただの自己満足」でしかなく、さらには「掃除人の仕事を奪ってる」のだそうだ。

 果たして彼らは、海外の人々から褒められたくて、スタジアムのゴミ拾いをしているのだろうか? そして彼らの行為は、清掃を生業としている人たちの仕事を本当に奪っているのだろうか? その疑問に答えていただいたのが、ちょんまげ隊長ツンさんである。

 ちょんまげカツラにプラ板の甲冑姿のツンさんは、日本代表のゴール裏ではよく知られた存在。サポーター活動と並行してツンさんは、2011年の東日本大震災以降、サッカーで培ったコネクションを生かした被災地支援活動を展開している。

 特筆すべきは、ワールドカップと被災地支援を融合させた活動。2014年のブラジル大会、18年のロシア大会、そして今回のカタール大会では、それぞれ「トモにブラジルへ」「トモにロシアへ」「トモにカタールへ」と銘打ち、被災地の子供たちを大会に招待して、現地で国際交流を経験するプロジェクトを続けている。

 そんなツンさんに「なぜ日本サポーターは試合後にスタンドの清掃をするのか」について、サッカーファン以外にもわかりやすく語ってもらった。

■「別に僕らは特別のことをやっているつもりはない」

「ドイツ戦は『トモにカタールへ』に参加した若者たちと観戦していました。サッカー仲間たちがチケット確保に協力してくれたおかげで、前から3列目の座席だったんです。招待したのは8人で、下は高校1年から上は大学4年まで。8人中6人が初めての海外旅行だったんです。そこでいきなり、日本の逆転勝利を現地で見ることができたんですからね。君たち、どんだけ持っているんだと(笑)」

 8年前の「トモにブラジルへ」は4人、4年前の「トモにロシアへ」は3人、そして今回は最多の8人。参加者の出身地も、北は宮城県女川町から南は熊本県球磨村まで、5カ所の被災地から若者を募った。

 単に人数が増えたことに加え、燃油代の高騰や円安などの影響もあり、プロジェクトの費用集めにツンさんたちはかなり苦労したと聞く。目標金額達成までのストーリーは、それ自体がドラマティックだが、本稿ではあえて深入りしない。

 というわけで、本題。そもそも日本代表のサポーターが、スタジアムでのゴミ拾いを始めたのは、いつからなのだろうか? 私が認識している限り、日本がワールドカップに初出場した1998年フランス大会には、すでに始まっていた。その前年のアジア最終予選で、サポーターが撒いた紙吹雪を自分たちで片付けたのが始まりとされており、四半世紀の歴史があることは間違いない。

 こうした歴史的背景に加え、日本のサッカー観戦文化には「スタジアムでゴミを出したら、そのままにしない」という不文律が、半ば習慣化されている。ツンさんも「別に僕らは特別のことをやっているつもりはない」とした上で、その理由についてこう説明する。

「日本代表を応援している人たちって、どこかのJクラブのサポーターであることが多いんです。それぞれ大切なスタジアムがあるわけですから、アウェイでお邪魔する時も絶対に汚すことはしない。土足で椅子に立つことなんて、あり得ないわけですよ。一方で、ワールドカップのような国際大会だと、普段Jリーグを見ない人もけっこう来ますから、そこはわかっている人たちが中心となって、ゴミ拾いをするようにしている感じですね」

■開幕戦での清掃活動が世界中に拡散された背景

 日本のサポーターが試合後、自主的に後片付けをしている理由は、これでご理解いただけたと思う。その根底にあるのは、海外の人々に褒められたいなどという「奴隷根性」とは、まったく異なるもの。おそらく海外メディアが、彼らの行為を広く報じたことで、こうした誤解が生まれたのであろう。

「上辺だけ見ていれば、パフォーマンスと見られることは仕方ないと思っています。ただし僕らは、清掃するためにカタールまで来たわけではない。基本的には日本戦で、自分たちが出したゴミを拾っているだけなんですよね」

 そう語るツンさんだが、実は今大会では日本代表とは関係ない11月20日の開幕戦(カタールvsエクアドル)でも、急きょゴミ拾いを実施している。

 その日、ツンさんを含む日本サポーターおよそ20人が、会場のアル・バイト・スタジアムで観戦。事前にツンさんは「ゴミ袋を持参したほうがいい」と、仲間に周知していた。スタンドの座席にはボトルホルダーがなく、床に置いたコップが倒れて水浸しになるため、荷物が濡れるのを防ぐのが目的だった。

「ところがカタールが負けた腹いせなのか、けっこうなゴミを残したまま地元の人たちが帰ってしまったんですよ。『今日からワールドカップが始まったのに、こんなに散らかしっぱなしでいいんだろうか?』って思って、日本戦ではないんだけれど、みんなでゴミ拾いをすることになったんです」

 やがてツンさんは、自分たちの清掃の様子を動画撮影している、若い男性の存在に気がつく。服装からして、明らかに中東の人だった。

「彼からしてみれば、きっと不思議だったんでしょうね。日本とは関係のない試合で、なぜ日本人が掃除をしているのが、撮影しながらいろいろ聞いてきたんですよ。そのうち、彼なりに理解してくれたみたいで、最後には感動して何人かとハグしていました(笑)。あとで知ったんですが、その人、中東でも超有名なインフルエンサーだったんです」

 その動画は、こちらのInstagramでアップされている。王族にもリツイートされたおかげで、11月25日の時点で1200万再生を突破。カタールを含めた中東諸国、さらには世界中に拡散され、日本サポーターの活動は海外のさまざまなメディアでも取り上げられるようになっていった。

■なぜ地元ボランティアは日本サポーターに感謝したのか?

 以上の経緯を理解すれば「海外で評価されてるということを喜ぶ奴隷根性」という批判が、まったく当たらないことは明らか。少なくとも本件が、彼らの自作自演で拡散されていたわけではないことは、ご理解いただけたと思う。

 それでは「掃除人の仕事を奪ってる」という批判については、どうか。先に結論を述べておくと、そもそも大会の清掃を担当しているのは大会ボランティアであり、清掃を生業としている人々ではない、という説明で事足りる。しかも当のボランティアからも、日本サポーターの活動には感謝の言葉が述べられている。ツンさんがTwitterにアップした、こちらの動画をご覧いただきたい。

 彼らはなぜ、日本サポーターに感謝していたのだろうか。「これは僕の考えですが」と前置きした上で、ツンさんはこう解説する。

「今大会のボランティアは、ほとんどが国外からカタールに働きに来ている移民の人たち。カタールは、人口の9割が移民労働者というお国柄なんです。多数派の彼らからすれば、カタール人が散らかしたものは自分たちで片付けてほしいという本音が、実はあったんじゃないですかね。だからこそ、日本人のやっていることに、強いシンパシーと感謝の念を抱いたんじゃないかと思っています」

大会組織委員会から、スタジアムでの清掃活動を評価された日本サポーター。日本代表の快挙と同じくらい誇らしい今大会でのトピックスだ【ツンさん提供】
大会組織委員会から、スタジアムでの清掃活動を評価された日本サポーター。日本代表の快挙と同じくらい誇らしい今大会でのトピックスだ【ツンさん提供】

 日本サポーターの清掃活動は、現場のボランティアだけでなく、上部組織からも高い評価を受けている。ドイツ戦から2日後の25日、ツンさんたちは大会組織委員会のSC(The Supreme Committee=最高委員会)から、サスティナビリティ部門の授賞式に招待された。受賞に際して、ツンさんはこう述べたそうだ。

「この賞は僕らというよりも、僕らの先輩たちが続けてきたことが評価されたと考えています。ですから日本代表とJリーグのサポーターを代表する形で、受け取らせていただきます」

 私たちが誇るべきは、ワールドカップでドイツに逆転勝利した、日本代表だけではない。われらが代表を現地で盛り上げ、試合後には自分たちが出したゴミをきれいに持ち帰るサポーターもまた、日本が世界に誇るべき存在なのだ。明日のコスタリカ戦を前に、そのことだけはお伝えしておきたく、急ぎ原稿にした次第だ。

<この稿、了>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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