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なぜ森保監督「兼任体制」は継続されたのか? 日本サッカー界の最重要テーマを読み解く

元川悦子スポーツジャーナリスト
東京五輪まで分業体制を担う森保監督と横内コーチ(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

2019年から暗雲立ち込めていた森保体制

 2019年11月の日本代表とU-23の親善試合、年末のEAFF E-1選手権(釜山)、今年1月のAFC・U-23選手権(タイ)と立て続けに結果が出ず、森保一監督のA代表・U-23日本代表の兼任体制に対する疑問の声が高まっていた日本サッカー界。

 その後、新型コロナウイルス感染拡大によって東京五輪が1年延期となり、2022年カタールワールドカップアジア予選も後倒しになるなど、あらゆる代表活動がストップ。兼任問題も議論が進まないまま、ここまで来ていた。

 その間、6月にアジアサッカー連盟(AFC)が2次予選を10・11月に行うことを発表。最終予選を2021年3月から開始する意向も明らかにした。五輪代表(来年はU-24代表)の方は年内活動なしに決まったから、森保監督は2次予選4試合に集中できるが、問題は2021年。3月・6月のカタール大会最終予選の時期に、五輪代表の活動がバッティングしてしまうのだ。

2021年3・6月はA代表と五輪代表の活動日程が丸被り

 五輪延期に伴い、五輪代表が活動できるのは、3・6月と7月の直前合宿だけ。3・6月は選手を見極め、チームを固める意味でも非常に重要なタイミングとなる。その強化体制をどうするかを、3月に就任した反町康治新技術委員長率いる関係者がこれまで協議を重ねてきた。そして、9日の技術委員会・理事会を経て、「兼任維持」の方向性を打ち出すに至った。

 といっても、その兼任は、これまでのようにA代表と五輪代表を目まぐるしく行き来する形ではなく、森保監督は7月の直前合宿と本大会だけ五輪代表の指揮を執るという「限定的」なものとなった。「日本サッカー界としては、あくまでカタールワールドカップ出場が最優先。A代表監督である森保監督にはまずそちらに集中してもらう」というのが、反町新体制の技術委員会の意思なのだ。

「森保監督はあくまでA代表優先」

 森保監督不在となった五輪代表の方は、これまでも代行監督を務めてきた横内昭展コーチが正式に「監督」となって指揮を執ることもハッキリした。森保監督と横内コーチはマツダで選手だった頃から信頼関係を築いてきた同士であり、お互いへのリスペクトは非常に強い。その2人が改めて分業に同意したのも、1つの大きな決め手になった。

「現段階で五輪までのスタッフを大きく変えて生産性があるのか。仮に変えた場合は、今まで積み上げてきた成果が失われ、選手に多くの混乱が生じる可能性が高い。そのリスクを踏まえると、全く別のスタッフが入り、違う2つのチームを作るのは現実的ではない。A代表と五輪代表のタテ関係をスムーズにして、継続性を大事にする方が得策だ」と反町技術委員長は強調したのだ。

「五輪までのスタッフを変えても生産性はない」

 その背景には「ワンチーム・ツーカテゴリー」という考え方がある。森保兼任体制が始まった時から「A代表と五輪代表は一体化したチーム」という基本概念があり、指揮官も五輪世代から冨安(健洋=ボローニャ)、堂安(律=PSV)、久保(建英=マジョルカ)といった若手を次々とA代表に引き上げた。昨年のコパアメリカ(ブラジル)やE-1でもA代表と五輪代表をミックスしたチームで戦ったが、「年長者と若い世代を融合させ、今後への布石を打ちたい」という思惑は確かに見て取れた。

 こうしたアプローチが確固たる成果を残しているとは言い切れない部分があったが、今後は「A代表優先」という絶対条件の中で、推し進められていくことがハッキリした。それは強調しておきたい点だ。2つの活動が重なった時、これまでは「冨安や堂安、久保をどちらに招集するか」という議論が毎回のように起きていたが、彼らはあくまでA代表メイン。それを森保監督が手元に置いて見ることになる。反町技術委員長は彼ら3人以外に田中碧(川崎)、橋岡大樹(浦和)、安部裕葵(バルセロナ)、三好康児(アントワープ)、板倉滉(フローニンゲン)、中山雄太(ズウォレ)、大迫敬介(広島)を例に挙げていたが、彼らもA代表が軸になる想定なのだろう。

冨安、堂安、久保らは森保監督の下、A代表優先へ

 横内昭展コーチが「監督」となって指揮を執る五輪代表の方は、彼ら以外のメンバーが呼ばれ、五輪・A代表へのステップアップを目指してしのぎを削ることになる。予備軍としては小川航基(磐田)や相馬勇紀(名古屋)、上田綺世(鹿島)らがいるが、彼らは横内監督や川口能活GKコーチらの絞り込みに合格しなければ、五輪本大会に行けない。

「実際に森保さんに見てもらっている選手の方が有利じゃないか」という声も出そうだが、反町技術委員長によれば、森保監督と横内コーチは日々意思疎通を図り、情報交換を続けていくというから、五輪本大会で最強チームを作れるかどうかは2人の信頼関係次第ということになる。

五輪当落線上の選手は横内監督にアピール

 マツダでプレーしていた選手時代から彼らの間には絶大な信頼関係があり、久保建英も「横内さんの言うことは森保さんと全く同じ」とコメントしていたくらいだから、選手選考についてはほぼ問題はないだろう。不安があるとしたら、五輪本番直前に森保監督が五輪代表に戻ってきて指揮を執ること。昨年11月のU-23コロンビア戦(広島)で0-2と完敗した時のようにならないかという危惧もある。ただ、その段階での森保監督は「総監督」的な形でサポートに回る可能性が高い。あくまで横内監督を立てつつ、マネージメントしていくのではないか。

 こうして日本サッカー界は東京五輪に向かうことになったが、やはり最重要テーマはカタールワールドカップ出場だ。五輪はその過程に過ぎないし、場合によっては中止という事態もあり得る。それだけ五輪の位置づけが低下したと言っても過言ではないかもしれない。この先、予期せぬ事態が起きたとしても「森保監督はA代表に集中」という基本方針が決まっていれば、代表強化体制が揺らぐことはない。それを改めて打ち出したことには意味があるのではないか。

今後のカギは森保・横内両氏の信頼関係

 ここから先は、森保監督がA代表指揮官として確固たる結果を出せるかが最重要テーマになってくる。彼に託されるのは8大会連続ワールドカップ出場権獲得であり、カタール大会でのベスト8進出だ。2019年9~11月の2次予選序盤戦を見ていると、タジキスタンやキルギスといった格下の国に苦戦する場面も見られるだけに、安穏とはしていられない。コロナ禍で主力選手たちを取り巻く環境も難しくなっているだけに、計算通りに行かないことも多くなってくる。その困難を果たして乗り越えられるのか。A代表活動再開はまだ先になるが、この空白期間にできる限りの体制強化を行って、今後につなげてほしい。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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