新型コロナ禍、コンビ解散。ピンチでつかんだチャンスに元「ゆったり感」中村ひでゆきが花を咲かせた理由
お笑いコンビ「ゆったり感」を昨年解散し、ピン芸人として活動している中村ひでゆきさん(43)。新型コロナ禍で仕事量が激減し、お年寄りにお弁当を宅配するアルバイトを始めたことをきっかけに練り上げていった“高齢者漫談”で新たな道を歩んでいます。コロナ禍、解散というピンチの中で得たものに、花を咲かせる方法とは。
チャンスのタネ
新型コロナ禍で、仕事が一気になくなりました。ただ、結婚して子どもいますので、収入がないでは済まない。
そこで始めたのが高齢者の方にお弁当を宅配しながら安否確認をするアルバイトだったんです。
一日に80人くらいの方にお届けするんですけど、そこでいろいろな話もするんです。マンションの8階にお住いのおばあちゃんがいるんですけど、その日はエレベーターが故障していて、階段で部屋まで行ってお弁当をお渡ししたんです。
8階まで行くのはなかなか大変だったので、そんな話をしていたら「健康的でいいじゃないの。良い運動になるし」とおばあちゃんがおっしゃったんです。「じゃ、おばあちゃんも一回階段で行ってみてよ」と軽口を叩いてみたら「私たちは体力を温存しておかないといけないのよ。もうすぐ三途の川を渡らなきゃいけないから」という返しがきたんです。
こちらの予想をはるかに越える返しだったんで、これは面白いなと。もちろん、それぞれのキャラクターがあるんですけど、結構、口の悪いタイプのおじいちゃん、おばあちゃんもいるんです。
「あんたのとこのお弁当、美味しくないわね」とか「魚ばっかりで、肉が少ないじゃない」とかズバズバ言ってくる人も多くて。
最初は普通にやさしく謝ったりもしていたんですけど、少しこちらが前に出たら、先ほどみたいな面白い返しをされる方もいらっしゃる。
そして、向こうがきついことを言って、こちらが普通に謝ってたんだったら、向こうが“悪い人”になっちゃうなと。だったら、つっこんだほうがいい。つっこんで笑いにしたほうがいいという芸人的な発想が出てきたんです。
これもね、本当に人によります。あまり話好きでない方もいらっしゃいますし、おとなしい方もいらっしゃいます。そういう方にグイっといくことはもちろんありませんけど、そこは人柄を見ながら、いく時にはいくようにしたんです。
「魚ばっかり」と言われたら「かたいものは食べにくいんだから、それでちょうどいいんだよ」とか空気を慎重に見ながらツッコミ的な言葉を入れるようにしていきました。
そうすると、明らかにこれまで以上にいろいろな話をしてくださるんです。そしてまた、その返しが面白い。「オッ」と思うくらい面白いものも多かったので、それを少しずつ書き溜めていったんです。
そこから昨年コンビ解散となり、ピンで何かをやらないといけないとなりました。そこで役立ったのが書き溜めてきたメモだったんです。
解散して、自分がどんな人間なのか。何が好きなのか。何に向いているのか。そういうことを突き詰めた時に、実は人をいじったり、そこを起点に話をするということだなと。となると、このメモが次の展開の大きな武器になる。そう思って、ネタに練り上げていき、ツテを頼って高齢者施設などで披露させていただく。そこから今に至るという流れなんです。
生涯の仕事
正直、コンビ時代よりも今のほうが収入は増えています。コロナ禍で仕事がなくなって、コンビも解散して、ピンチに思えるところで食い扶持を得るために始めたことがまさかこんなことになるとは。本当に何があるか分からないし、面白いし、ありがたいことだと思っています。
今は仕事の8割ほどが高齢者漫談で、一番忙しいのが9月なんです。敬老の日があるので、その前後に集中しやすいですし、9月にできなかったところを10月、11月にさせてもらったり。秋に仕事が多いルーティンにはなっています。
あと、今は本当にストレスがないというか、芸人になって一番楽しくお仕事をさせてもらっているかもしれません。コンビの時は常にストレスとかプレッシャーがあったんです。
近い年代のコンビが賞レースで結果を出したり、テレビで売れたりしたら、その都度、なんとも言えない気持ちになる。周りが気になる。何がしんどいって、このストレスも非常に大きかったんです。
ただ、今の道は同業他社がほとんどいない。毒蝮三太夫さんや綾小路きみまろさんがある意味同業者なのかもしれませんけど(笑)、キャリアや実力が違いすぎるので、この年代だと同じことをやっている人がいない。
一から飛び込み営業的に施設の方にお話をさせてもらいに行くこともありますけど、それでも自分が選んだ道だし、自分だけの道だし、しっかりやらないといけないのは当然なんですけど、今までみたいなストレスはなくなった。この感覚が本当に楽しくて。
あと、お弁当宅配のお仕事は今も続けています。これは施設に行かせてもらって痛感することなんですけど、そうやって宅配をしながら安否確認をする仕事を僕がしていることでおじいちゃん、おばあちゃんが親しみを持って接してくださる。
そこがなく、ただ単に“高齢者あるある”みたいなことをやっていたら、絶対に受け入れられなかったと思います。そこも結果的に良かったと思いますし、より一層、感謝を込めて宅配のお仕事もさせてもらっています。
そして、賞レースで結果も出していない。メディア的に売れたわけでもない。そんな僕でも、現地に行ってお話をさせてもらうと、涙を流して喜んでくださる方もいらっしゃいます。「また次、必ず会いに来るので、それまで死なないでよ」と言って実際に次も呼んでいただいた時、お会いするとなんとも言えない感情もこみ上げてきます。
ピンチの中から始まったことですけど、きちんとお一人お一人と向き合って真正面からお話をさせてもらうことで、そこに花が咲いていく。そんなことを感じてもいます。
言葉にするとアレですけど、一人でも多く、おじいちゃん、おばあちゃんに喜んでもらいたい。本当にそれしかないです。そして、一生できる、一生やりたいお仕事と出会えた。こんなこともあるんだなと思います。
この先、こっちがじいさんになって「あんたのほうが大丈夫か」と言われたら、それはそれでまた面白いですしね(笑)。その年齢まで続けられるよう、しっかりと積み重ねをしていきたいと思っています。
(撮影・中西正男)
■中村ひでゆき(なかむら・ひでゆき)
1981年3月12日生まれ。埼玉県出身。本名・中村英将(読み同じ)。吉本興業所属。2004年、NSC東京校9期生の同期、江凸崎馬門とお笑いコンビ「ゆったり感」を結成。23年にコンビ解散後はピン芸人として活動している。家族は妻と子供3人。アルバイト経験を生かした高齢者漫談で独自の道を歩んでいる。