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サッカー北朝鮮代表が獲得した賞金がミサイル開発に使われる可能性は!?~田嶋幸三会長の賞金未払い発言~

金明昱スポーツライター
アンデルセン監督指導の下、金日成競技場で練習する北朝鮮代表(筆者撮影)

 東アジアの王者を決める歴史ある大会を前に、なんとも後味の悪いニュースが飛び込んできた。

 東アジア・サッカー連盟会長を務める日本サッカー協会の田嶋幸三会長が7日、東アジアE-1選手権に出場する男女の朝鮮民主主義人民共和国代表(以下、北朝鮮代表)には大会の賞金が支払われないと明らかにしたのだ。

「われわれ(東アジア連盟)としては国際情勢、国連決議を踏まえて支払うことはできないと決めている」

 田嶋会長はそう言いつつも、北朝鮮代表の入国が特例で認められたことについて、「東京五輪の前に、日本ではスポーツと政治が離れていることを示すいい機会。政府には感謝している」と述べていた。

 スポーツと政治が離れていることを示すのであれば、大会に参加した北朝鮮代表に賞金を支払うべきで、発言自体がかなり矛盾しているとも思えるのだが……。

 それこそ、アジアのサッカーをけん引してきた日本サッカー界の長でもある日本協会会長の発言だっただけに、かなり残念でならない。

大規模改修工事された金日成競技場のスタンド(筆者撮影)
大規模改修工事された金日成競技場のスタンド(筆者撮影)

「本来、賞金未払いを呑むわけがない」

 当初、この報道が出たとき、私は「北朝鮮協会は賞金が出ないのを了承したうえで来日した」と思っていた。そのことについて、北朝鮮サッカー協会関係者に確認すると「本来はそんな条件を呑むわけがない」とはっきりと言っていた。

 つまり、北朝鮮代表チームが来日したあとに、東アジア・サッカー連盟が北朝鮮に賞金を支払わないことを決めたということになる。

 それが事実だったとして、そもそも賞金を支払う意思がなければ、最初から北朝鮮代表を呼ばなくても良かっただろう。

 ただ、北朝鮮代表はこの報道があったあとも、通常通りの日程を消化する形を取った。

 北朝鮮代表は初戦の日本代表を相手に、好機を何度も作り出して相手ゴールを脅かした。日本のGK中村航輔(柏レイソル)がビッグセーブを連発し、北朝鮮は最後まで得点することができず、ロスタイムに日本の井手口陽介(ガンバ大阪)に決められて0-1で敗れた。

 北朝鮮代表にはJ2プレーヤーが3人おり、そのうちのカマタマーレ讃岐の李栄直がスタメンフル出場し、ロアッソ熊本の安柄俊も途中出場して、試合を盛り上げた。

 Jリーグでプレーする選手が北朝鮮代表にいることから、日本のサッカーファンも十分に楽しめた試合だっただろうし、北朝鮮に対するイメージも大きく変わったに違いない。

 そんなすがすがしい試合とはまったく関係のない「賞金未払い問題」から、大きな誤解が生まれているのも事実だ。

FIFAの支援により新たに張り替えられた金日成競技場の人工芝(筆者撮影)
FIFAの支援により新たに張り替えられた金日成競技場の人工芝(筆者撮影)

W杯出場後、国を挙げて強化

 もっとも、東アジア・サッカー連盟が賞金を支払わないと決めた理由は「もしかしたら(賞金が)核やミサイル開発に使われるのかもしれない」と考えるのが一般的だろうか。

 正直、サッカー大会で得られた賞金をミサイル開発に使うとはとても考えにくい。

 というのも、北朝鮮は国をあげてサッカーの発展のために多額の強化費を投入しているからだ。すべては世界のサッカーシーンに登場するためだ。

 北朝鮮国内のサッカーを取り巻く状況が大きく変わったのは、2010年南アフリカW杯に44年ぶりに出場を決めてからだ。国民のサッカー熱や関心が大きく高まり、その後、国がサッカー強化のために全面的なバックアップを始めた。

 私が平壌で実際に目にしてきたサッカー施設には、確かに多額の投資が行われていた。それは国の支援だけでなく、国際サッカー連盟(FIFA)の協力も大きい。

FIFAのゴールプロジェクトが支援

 FIFAは1999年から「ゴールプロジェクト」をスタートさせた。これは発展途上にある各国サッカー協会への経済的援助で、世界のサッカー協会からの要請を提案の形で受けて審査し、サッカー施設やサッカー協会の建設を支援している。

 北朝鮮は2001年にFIFAから45万ドルの支援を受け、金日成競技場の人工芝を張り替えており、スタンドも全面的に改修工事を行っている。

 さらに代表選手のトレーニングセンターもFIFAの援助により大きく様変わりした。私が8年前に訪れた代表戦選手のトレーニングセンターで、当時の北朝鮮代表を南アフリカW杯出場に導いたキム・ジョンフン監督がこんな説明をしてくれた。

「ここは1982年から代表の合宿所として使用されてきました。2004年にFIFAのゴールプロジェクトによって大きく整備され、立派な施設に変貌を遂げました」

 全6面の広大なピッチと敷地内には男子と女子の宿泊施設があり、ウェイトトレーニングルームも完備されていた。当時はそこに協会本部とユース代表選手の宿舎も建設中だったが、今では立派な建物に完成しているに違いない。

 のちに聞いた話だが、FIFAは協会の建物とトレーニングセンター敷地内の合宿所の補修工事に41万ドルを支援している。

平壌国際サッカー学校の室内練習場。小学生くらいの少年と少女が熱心に練習していた(筆者撮影)
平壌国際サッカー学校の室内練習場。小学生くらいの少年と少女が熱心に練習していた(筆者撮影)

平壌国際サッカー学校も建設

 さらに、2013年5月に開校した平壌国際サッカー学校(アカデミー)の建設のためにも、FIFAは50万ドルを支援しているという。

 私も先月11月に平壌国際サッカー学校を取材してきたが、サッカーだけに専念できる優れた環境が整っていた。敷地面積は約1万2000平方メートルで、校舎、寄宿舎、厚生施設が併設されている。

 ここではサッカーの実技だけでなく、普通の学校と同じ授業も行われていて、8歳から15歳の男子70名、女子50名がほどが在籍していると言っていた。

 選抜方法はすべてスカウトで行われる。全国各地の学校に送り込まれたスカウトマンが、各地のサッカー大会や練習を視察に訪れ、センスのある選手をアカデミーに呼ぶという。

 もちろん、アカデミーの最終目的は国家代表の選出だが、そこにたどり着くのはほんの一握りだ。

6カ月に1回テストで競争

 在日本朝鮮人蹴球協会理事長で朝鮮サッカー協会副書記長も務める李康弘理事長が、こんなことを教えてくれた。

「朝鮮代表の強化やイタリア・セリエBのペルージャでプレーするハン・グァンソン(今季7ゴールを記録中)など、海外でプレーする選手が出ているのは、やはりサッカーアカデミーの功績が大きいです。アンダーカテゴリーの代表選手もすべてこのアカデミーの選手。彼らには優れた環境の中でサッカーができる反面、厳しい競争にも置かれています。6カ月に1回はテストがあり、1年で結果が出なければ、ふるい落とされます。つまり、また地元の学校に戻らないといけない。毎年、そうして入れ替えを行っていくのです。そうなると、最初から最後まで残るのは片手ぐらいしかいません」

平壌国際サッカー学校のグラウンド。1対1でゴールに向かう練習を徹底的に叩き込まれていた(筆者撮影)
平壌国際サッカー学校のグラウンド。1対1でゴールに向かう練習を徹底的に叩き込まれていた(筆者撮影)

 つまりは、ピラミッド式の競争で、アカデミーで学ぶ選手を競わせているということになる。そうすることで強いハングリー精神が養われる。さらにイタリアとスペインのアカデミーとも提携して海外に選手を送り込んだ実績もある。そうしてイタリア進出を成功させたのが、ペルージャに所属するハン・グァンソンやチェ・ソンヒョクだ。

 さらに北朝鮮代表は25年ぶりの外国人指揮官となるヨルン・アンデルセン監督を招へいしたが、彼との契約金も協会の強化費だ。公式に公開はされていないが、決して安い金額ではないだろう。

 今回の東アジアE-1選手権では、男子で25万ドル(約2800万円)、女子で7万ドル(約784万円)の優勝賞金が設定され、2~4位にも賞金が出るという。東アジア全体のサッカーのレベルアップを考えたとき、こうした賞金は参加チームに対しては平等であるべきだと思う。

 さまざまな分野で資金が必要となるのがサッカーの強化だ。こうした大会で賞金を獲得できるならば、強化費にあてたいと思うのは至極当然のことではないだろうか。

ペルージャのFWハンが育つ北朝鮮の土壌

 世界のサッカーシーンを見渡すと、東アジアの国では日本は中田英寿、韓国にはパク・チソンなどが欧州のビッグクラブでその名を馳せた。それこそアジアが世界に誇れる選手たちだろう。

 そして今大会、クラブチームの都合で来日できなかったが、今季イタリア・セリエBで7ゴールを決めている北朝鮮代表で19歳のハン・グァンソンが、いずれ世界に大きく羽ばたこうとしている。

 ハン・グァンソンの成長の陰には母国の支援によるサッカー強化やFIFAの支援があり、着実にその恩恵を受けて欧州で成功を収めた選手だ。これはFIFAが掲げる一つの理想の形ではないだろうか。

 世界に羽ばたく選手が育つ土壌がある北朝鮮サッカー界に対し、それでも東アジア・サッカー連盟は「国際情勢、国連決議」の括りで、賞金を支払わないと締め付けてしまった。これで果たして、東アジアのサッカー発展に貢献していると堂々と言えるだろうか。

 東アジア全体のサッカーのレベルアップのために存在する東アジアE-1選手権。本来の目的を見失わないためにも、もう一度、田嶋幸三会長の言葉の意味を考える必要があるのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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