短気は損気。米ツアーの珍事と「武士の情け」
【怒りで看板を叩き、負傷】
米ツアーで珍事が起きた。自分のプレーに激怒した選手が看板を右手で叩いて右手と右腕を痛め、棄権しようとしたら、米ツアーが「武士の情け」をかけ、その選手は残りホールをプレーせずに救われたという珍しい話だ。
今週はトッププレーヤーたちが世界選手権シリーズのブリヂストン招待に出場している一方で、そこに出られなかったランク下位の選手たちは、俗に言う「裏大会」、いわゆる同週開催のバラクーダ選手権で熱い戦いを繰り広げている。
すでに来季シード権争いは大詰めを迎えている。フェデックスカップランキング125位以内に入ってシード権を維持できるか、それとも126位以下でウエブドットコム・ファイナル4戦行きになるか、その瀬戸際にいる選手たちは必死の思いで終盤戦の1試合1試合に臨んでおり、バラクーダ選手権は、まさにその正念場となっている。
その3日目。アルゼンチン出身の34歳、アンドレス・ロメロは11番、12番で連続バーディーを奪った直後に13番、14番は一転して連続ボギー。自分の不甲斐なさに腹が立ったというロメロは15番のティグラウンドで、そこに立っていた広告看板を思い切り右手で叩いた。
その瞬間、ロメロの右手と右腕に激痛が走り、その場で救急隊を呼んで応急手当を受ける事態に発展してしまった。
ゴルフカートに乗せられ、手当を受けるロメロは首をうなだれ、ショボン。右腕全体にテーピングと厚紙で作った“臨時ギプス”がはめられ、見た目はかなりの“重傷”になった。
【米ツアーの寛大な特別処置】
問題は、そこから先だ。
ロメロは現在、フェデックスカップランキング155位。ここで途中棄権してしまうと、せっかく予選を通過して決勝に出ているのに、獲得できるフェデックスカップポイントはゼロになってしまう。
ロメロ自身は、左腕だけでもプレーを続行しようと最初は思ったそうだ。だが、あまりにも右手が痛すぎて、すぐさま途中棄権をしようと決意しかけていた。
しかし、米ツアーのルール委員、マーク・ラッセルは寛大な処置を取った。ロメロと彼のキャディを他選手やギャラリーから少し離れた茂みに呼び、ロメロに特別処置を施した。
この大会は通常のストロークプレーではなく、スコアに応じて配分されるポイントを競い合う形式だ。アルバトロスなら「プラス8」ポイント、イーグルなら「プラス5」、バーディーは「プラス2」、パーは「0」、ボギーは「マイナス1」、ダブルボギー以下は「マイナス3」。
自分で自分を“負傷させた”ロメロは15番以降の4ホールを残しており、たとえ傷病が原因であっても、プレー続行が不可能となれば、通常のストロークプレーなら間違いなく失格だ。
だが、ラッセル氏は「とても珍しい状況だが、この大会はフォーマットも特殊なので、ロメロは残り4ホールすべてでダブルボギー以上を叩いてマイナスの最大ポイント(マイナス3ポイント)を喫したという扱いにする。18番まで終わったら、すぐに病院へ行って検査と手当を受け、それで回復して明日の最終日はきちんと(両手で)プレーできることを祈る」。
【短気は損気】
ラッセル氏の言葉の意味をもう少しわかりやすく説明すると、こうなる。
『残り4ホールは、まともにプレーできなくても、ちょこん、ちょこんと一応、球を打ち、ダブルボギー以上になったら、そこでピックアップして、マイナス3ポイントってことにすれば、それでいい。失格にはしないし、棄権もしなくていい。その上で、明日の最終日にベスト尽くしてくれればいい』
そういう意味の寛大な処置だった。
ポイント方式の試合であること。シード権がかかっている大事な時期の試合であること。フェデックスカップポイントがたとえ1ポイントでも大きな意味を持つこと。それらの事情を汲んだ上で、無茶をして右手が選手生命に関わるほど悪化させることだけは避けさせたいという配慮も加わり、ラッセル氏と米ツアーがロメロに示した「武士の情け」だった。
いろんな偶然性が重なった上での例外中の例外の特別処置。「甘すぎる」という反論も出るかもしれないが、ランク下位から這い上がろう、食い下がろうと必死になっているからこその「あやまち」ということで、ここはロメロのマナー違反を批判するより、米ツアーの「武士の情け」を英断と讃えるべし。
そう思った矢先、“仮想プレー”で18番を終え、15番から18番まで「3ポイント×4=12ポイント」を失って66位となったロメロは、結局、自分の右腕は最終日をプレーできる状態ではないと判断し、自ら棄権。せっかくの米ツアーの「武士の情け」は生かされず、幻と化してしまった。
ヤケを起こしたり、キレたりしても、何の得もない。文字通り「短気は損気」。プロゴルファー諸氏、どうか、お気をつけあれ。