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世界を恐怖に陥れたトコジラミ、北朝鮮では「いつもの光景」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の防疫活動(労働新聞)

 ナンキンムシとも呼ばれるトコジラミがフランスで猛威をふるい始めたのは、今年9月ごろからのことだ。フランスの国立食品環境労働衛生安全庁は、2017年から2022年の5年間に、フランスの全世帯の11%でトコジラミが発生していると明らかにしている。また、世帯収入や家の清潔度と相関関係は認められないとしている。

 パリは、ユーロモニターインターナショナルの調査で、2022年に世界で最も訪問客数の多い都市に選ばれていることから、コロナ明けの国を跨いだ移動の急増で、全世界に広がるのは時間の問題だ。韓国では先月下旬から大流行しており、半ばパニック状態となっている。

 韓国や日本では1970年代ごろに姿を消したトコジラミだが、北朝鮮では退治されることもなく、ずっと人々を苦しめ続けている。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、会寧(フェリョン)など道内の各地域では以前からトコジラミが多く、薬を撒いても効果は一次的なもので、数日もすればまた現れると述べた。

 農家ではほぼどの家にもトコジラミがいるほどだという。昼夜を問わず壁を這っているが、村全体に薬を撒いて退治しなければさほど効果がないため、見つけたら指で潰す程度だという。

 トコジラミに刺されると、赤く腫れ上がり、激しいかゆみを感じて夜も寝られなくなるものだが、北朝鮮の人の中には、刺されすぎたせいか、特に何も感じない人もいるという。

 会寧市内にある労働鍛錬隊(短期刑の受刑者が入所する刑務所)にも、トコジラミが非常に多いそうだ。

「鍛錬隊では朝から晩まで労働に苦しめられるが、唯一の安息の時間である睡眠時間にトコジラミに苦しめられる。鍛錬隊生(受刑者)が対策を立ててほしいと要求しても、暴行を振るわれるだけなので、出所の日まで耐えるしかない」(情報筋)

 教化所(刑務所)の受刑者、管理所(政治犯収容所)の受刑者とは異なり、労働鍛錬隊の受刑者は公民権が剥奪されず、人間扱いを受けられているが、一般国民が薬を得られない中で、受刑者の衛生に気を使う人はいないという。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

 労働鍛錬隊の外でも、コレラやチフスなどの感染症が度々流行している。設備の著しい老朽化により断水が続いているため、飲水として井戸や川の水を使うことしかないのが一因だ。平安南道(ピョンアンナムド)と黄海道(ファンヘド)で行われた調査で、飲用に適した水が1割に満たないことが明らかになっている。

 井戸や川を汚染するのは人糞だ。足りない化学肥料を補うために、人糞から作った堆肥を肥料として使うしかないが、これが水を汚染する。また、充分に発酵していない堆肥には寄生虫の卵が残る。それを使って栽培された作物を食べた人は、寄生虫に感染してしまう。

 そんな現状を考えると、トコジラミによる被害など取るに足りないものだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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