混戦のなでしこリーグ。首位に快勝の千葉、継承される「走る・闘う」を進化させた藤井サッカーで台風の目に
【敵地で快勝】
夏を思わせる日差しに照らされたバックスタンドの前で、鮮やかな黄色のユニフォームが一回転する。
勝利後に行う恒例の「でんぐり返し」パフォーマンスに、バックスタンドのサポーターの歓声がこだました。
4試合負けなしで迎えた5月11日(土)のなでしこリーグ第8節、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(千葉)が、アウェーで首位の浦和レッズレディース(浦和)を2-0で下した。
この結果を受けて千葉は、首位に浮上した日テレ・ベレーザ(ベレーザ)に勝ち点「3」差の5位となった。
今季、好調の浦和から複数得点を奪ったのは、リーグ4連覇中のベレーザだけだった。また、この日の前日(10日)に発表されたW杯代表メンバーに、浦和からはFW菅澤優衣香、GK池田咲紀子、DF南萌華の3選手が選出されている。千葉からは選ばれなかった。
試合後はいつも内容を厳しく振り返り、真っ先に分析と課題を指摘することが多い藤井奈々監督だが、この日は違った。
「選手が自分たちで考えてサッカーをするようになって、楽しんでいるなと感じていました」と話す表情は、いつになく嬉しそうだった。
「アイデアや技術は相手が上だと理解した上で、怯(ひる)まずに、魂や根性の部分で張り合いを持つこと。一発目(の競り合い)で負けてもチャレンジを続ければ相手が嫌がるから、諦めないで戦うこと。今回、(千葉からはW杯の)代表メンバーに選ばれなかったけれど、次のチャンスに向けてアピールをする意味でも大事な試合だよ、と選手たちに伝えました」(藤井監督)
立ち上がりからボールを持たれる時間が多かったが、粘り強く守ると、先制点は前半15分に生まれた。MF鴨川実歩が相手のパスミスを奪ってすかさず前方にスルーパスを送り、軽やかに抜け出したFW小澤寛(ひろ)が右足を一閃。チーム一の快足を誇る20歳は、「最初のシュートは思いっきりいけ!と(監督から)言われていたので、思いっきり振り抜きました」と、爽やかな笑顔で振り返った。
このゴールで勢いづいた千葉は、22分にも追加点を決める。相手陣内でのミスを見逃さず、FW山崎円美が冷静に決めてリードを広げた。
後半も浦和にボールを持たれる時間は長く、あわやという場面を何度か作られたが、センターバックのDF千野晶子とDF市瀬千里を中心に、身体を張って守り抜いた。
そして、試合終了間際の90分には、ケガで離脱していたFW成宮唯が約10ヶ月ぶりにピッチに立ち、勝利に華を添えた。
【受け継がれる「走る、闘う」スピリット】
千葉が勝利を引き寄せた2つの要因はまさに、千葉のチームカラーでもある。その意味では、狙い通りの勝利だった。
一つは「粘り強い守備」だ。
球際では全員が、どの局面を切り取っても全力で戦っていた。90分間を通して一貫したその姿勢は清々しく、試合をより見応えのあるものにしていた。
守護神のGK船田麻友は今季、リーグ戦7試合に出場し、うち5試合を無失点に抑えている。安定したセービングとコーチングで後方に安定感をもたらしているが、前節(5月6日)のアルビレックス新潟レディース戦(△0-0)の試合後には、守備の安定感の秘訣をこう話している。
「前線からボールをしっかり追ってくれて、ディフェンス陣は最後の最後まで体を張ってコースを限定してくれることが、守りきれている要因です。自分は最後のところで仕事をしているだけですから。勝つための条件の一つが無失点に抑えることなので、そういう意味では(GKは)責任重大だと思っています」(船田)
もう一つは「走力」だ。
千葉は今季、下部組織の選手も合わせて登録メンバーが22名と少ない。加えて、新加入で即戦力となったセンターバックのDF田中真理子と、前節まで不動のボランチとして出場していたMF西川彩華がケガのため、浦和戦ではベンチ外だった。その結果、7名まで登録可能なベンチメンバーが5名しか埋まらず、うち2名がGKという厳しい状況だった。結果的に交代は終了間際の一回で、ほぼ全員が90分間フル出場だった。
そして、試合当日は最高気温が28度の夏日ーーそれでも、千葉の走りの質は最後まで落ちることはなかった。
その根底にあるのは「走る・闘う」という、千葉の伝統とも言えるチームスピリットだ。昨シーズンまで、FW深澤里沙(現・ちふれ ASエルフェン埼玉/2部)とDF櫻本尚子(現・ノジマステラ神奈川相模原)の、経験豊富な2人がそのスピリットを象徴する存在だった。2人が去った今、ピッチに立つ全員がそれを体現している。
「監督から、『ベクトルを合わせろ、同じ方向を向いて全員で戦え』と、ずっと言われています。人数が少ない中で、チーム全員で同じ方向を向いて戦わないと勝っていけませんから」。
チーム在籍歴の長い船田の言葉には力強い響きがあった。
同様に、主力選手は長く千葉でプレーしてきた選手が多く、連係の良さも強みだ。たとえば守備の要としてチームを牽引する千野、攻撃的な守備と対人の強さが光る闘将・DF上野紗稀、小柄だが正確なキックと広い視野を備えたMF瀬戸口梢、豊富な運動量で千葉のカウンター攻撃を支えるDF若林美里、一人で複数を抜いていくドリブルやダイナミックなシュートを持ち味とする鴨川などは、5シーズン以上をともに戦ってきた。代表選手はいないが、その他にも個性豊かなキャラクターが揃っている。
千葉について対戦相手の選手たちに聞くと、多くの選手が「走れるチーム」という印象を口にするが、中には「こちらが走らされるチーム」と表現する選手もいる。
それは今季、千葉の走りの「質」が高まっていることも一因だろう。
【走りの質を高めたもの】
現在、1部の10チームの監督のうち、東京ヴェルディとベレーザ出身の指導者が7チームを占めているが、藤井監督もその一人だ。現役時代はベレーザでプレーし、代表の高倉麻子監督やノジマステラ神奈川相模原の野田朱美監督とは元チームメートでもある。そして、対戦相手だった浦和の森栄次監督はベレーザ時代の恩師に当たる。
15年から千葉の育成年代を指導し、17年の全日本女子ユース(U-18)サッカー選手権で日本一に導いた藤井監督は昨年、トップチームの監督に昇格した。
今季、1部は「ボールを主体的に持って相手を動かす」攻撃的なスタイルを採り入れている監督が多いのが特徴だ。だが、藤井監督は違う。
「ジェフの良さは攻撃ではなく、粘り強い守備から入ることです。また、駆け引きを覚える中でダイナミックなプレーが生まれたり、パスやキックの質を上げることで相手を剥(は)がしていけると思います」(藤井監督)
チームの良さである走力と粘り強さを大切にしながら、1年目の昨季は駆け引きの技術を高めることを強調。会見やインタビューでは、「ゲームを読む目と、ボールを持つ体力をつけることが必要です」、「もっとボールと人が効果的に走るようにしたい」など、独特の表現も印象に残った。
そして、オフザボールの動きの質やボールの受け方などの基本を徹底することで、走りの質を高めた。それによって守備の質が上がり、結果的に攻撃の時間も増えたと感じる。
藤井監督は凛として目力が強く、試合後のコメントは簡潔で理路整然としている。ミスや詰めの甘さに関しては容赦なく指摘する。一方、選手の個性を性格も含めて把握しており、言葉の中に、選手が成長していることに対する喜びが感じられることもある。
浦和戦では、ケガで欠場した田中と西川の主力2人に代わって市瀬とMF曽根七海の19歳コンビがピッチに立った。ゴールを決めた小澤も加えた3人の若手選手に話が及ぶと、言葉に熱がこもった。
「下部組織から上がった選手たちが、ジェフレディースの魂を受け継いだことをしっかり見せて、(千葉の)アンダーも変わってきたということをお客さんに感じさせるような思い切りの良いプレーをしようと伝えました」(藤井監督)
今年、登録された22名のうち8名が千葉の下部組織出身だ。この割合は、ベレーザ(下部組織出身の選手が27名中22名)、浦和(22名中15名)に次ぐ数字である。クラブの育成哲学が着実に実り始めている証だろう。
直近の3シーズンの千葉の成績は、10チーム中6位(16年)、6位(17年)、7位(18年)と、常に中位から下位を漂ってきた。その要因の一つが引き分けの多さだった。その中で悔しい思いをしてきた選手が多いからこそ、今年、千葉の選手たちは引き分けを「負けなかった」ではなく「勝てなかった」と捉える。
今季、千葉のここまでの成績は4勝2分け2敗。
次節は5月19日(日)に、ホームのフクダ電子アリーナで3位のINAC神戸レオネッサと対戦する。代表選手5名を擁し、3年連続リーグ2位の強豪だ。12時キックオフのこの試合の後には、千葉の男子トップチーム(J2)の試合があり、ダブルヘッダー開催により、観客数が増えることは間違いないだろう。
リーグ中断期間前最後の重要な一戦でもある。
W杯後に再開される後半戦を良い形で迎えるために、千葉は連勝を飾ることができるだろうか。